黒髪のウィーズリー成長記 - 春風
ホグワーツ特急

「ロン、お鼻に何か付いてるわよ」
「ママ、やめて!」
すっ飛んで逃げようとするロンを、モリーががっちり捕まえて、鼻の先をハンカチで擦り始めたが、ロンはもがいて逃れた。

「あらあらロニー坊や、お鼻に何か付いてまちゅか?」
「うるさい!」
「パーシーはどこ?」
「こっちに歩いてくるよ」

パーシーがこちらに大股で歩いて来た。既に兄は真新しい黒をしたホグワーツの制服に着替えていて、胸にはPの字の入った銀色のバッチが輝いている。

「母さん、あんまり長くはいられないよ。僕、前の方なんだ。Pバッジのは監督生はコンパートメント二つ、指定席になってあるんだ…」

──また始まった。
ランは内心舌を巻いた。もう耳にタコが何個もできている。


「おお、パーシー。君監督生になったのかい?」
「そう言ってくれればいいのに。知らなかったじゃないか」
フレッドがわざと驚いたように、大袈裟に言った。

「待てよ。そう言えば、なんか以前に一回そんなことを言っていたな」
「二回かな…」
「一分間に一、二回かな…」
「夏中言っていたような…」
「黙れ」
パーシーが唸る。
彼が監督生になったという一家にとって非常に喜ばしいニュースは、夏休みの間、何度も本人の口から聞かせれた話だ。フレッドとジョージがこう囃し立てるのも無理はないと、言い合う兄達三人を見てランは苦笑した。パーシーの真面目な点はランも尊敬しているが、どうも彼には融通が利かないところがある。


「さあ、みんな。楽しく過ごしなさいね。着いたらふくろう便をちょうだいね」

モリーがいち早くパーシーの頬にさよならのキスをする。パーシーが颯爽と足早に前の車両へと向かうと、モリーは双子の兄へと向き直った。


「さて、あなたたち…今年はお行儀よくするんですよ。もしも、またふくろう便が来て、あなたたちが…あなたたちがトイレを吹き飛ばしたとか何とか言ったら…」
「トイレを吹っ飛ばすだって?俺たちそんなことしたことないよ」
「すげえアイデアだぜ!ママ、ありがとさん」
とんでもなく良い案を貰ったとでも言うかのように双子同士でハイタッチを交わす二人を見て、ランはこの兄達ならばやり兼ねないと思った。

去年、ホグワーツからは、双子がとんでもない大きな悪戯を何かしら仕出かす度に、隠れ穴へとふくろう便が送られて来ていたのだ。
ホグワーツからふくろう便が来る度にらモリーがハラハラとしながら開封してたのを、ランは鮮明に覚えていた。そしてきっと──今年もそうなるであろうことも、ランは分かっていた。


「バカなこと言わないで!ロンとランちゃんの面倒見てあげてね」
「心配御無用。鼻垂れロニー坊やは俺たちに任せて」
「うるさい」
「ランは必要ないさ!むしろ、俺らをランが面倒見るべきだね」
「そうしようかしら」

ランがクスクスと笑うと、それを見たフレッドとジョージは嬉しそうに笑い、両脇からランと肩を組んだ。このどうしようもなく悪戯好きでユーモア溢れる彼らのことが、ランは大好きなのだ。母と妹と離れることはとても寂しいが、この兄達と、そして双子の弟と、これから同じ学校に通えることは、とても幸せなことだと思っていた。


*****

「ねえ、ママ。誰に会ったと思う?今列車の中で会った人、だーれだ?」
「駅で側にいた黒い髪の男の子、覚えてる?あの子はだーれだ?」
一家の中で誰よりも早く先に空きのコンパートメントを探しに行ったランは、当然、その男の子を見ていない。モリーが不思議そうに双子へ尋ねた。

「だあれ?」
「「ハリー・ポッター!」」
「…!!」

──ハリー・ポッター
その名を聞いたランは…ランだけではない、モリーとジニーもそれぞれ思い切り目を見開いた。

「……」
まさか自分と同学年だとは思ってもいなかったランは、少し複雑そうに眉を寄せた。

「ねえ、ママ!汽車に乗って見て来てもいい?ねえ、ママ、お願い…!」
「ジニー、もうあの子を見たでしょ?動物園じゃないんだから、ジロジロ見たら可哀想でしょう。でもフレッド、本当なの?なぜそうだと分かったの?」
喚き立てるジニーを、モリーが宥めた。未だ駄々を捏ねるジニーの頭を、ランはそっと撫でてやる。

「本人に聞いた、傷跡を見たんだ。ホントにあったんだよ……稲妻のようなのが」
「可哀想な子…道理で一人だったんだわ。どうしてかしらって思ったのよ。どうやってプラットフォームに行くのかって聞いた時、本当にお行儀が良かった」
「そんなことはどうでもいいよ。『例のあの人』がどんなだったか覚えてると思う?」
モリーは急に表情を厳しくした。ランも、流石にそれには何も言えなかった。

「フレッド、聞いたりしてはダメよ。絶対にいけません。入学の最初の日にそのことを思い出させるなんて、可哀想でしょう」
「大丈夫だよ。そんなムキにならないでよ」


──ボーッ!!
出発を告げる汽笛が鳴った。ホームに溢れていたホグワーツの生徒達は、各々慌てて車両に乗り込んだ。

「急いで!」
モリーに急かされて、双子の兄達とロンは汽車によじ登って乗り込んだ。ランもそれに続こうとしたが、袖口をジニーに掴まれる。


「お姉ちゃん…!行かないで…!」

縋るジニーはボロボロと涙を流していた。
列車は既に動き始めている。しゃがみ込んだランは、そっと妹を抱き締めた。少しだけ体を離して、ジニーの肩に手を置き、その目を覗き込む。

「泣かないで、ジニー。可愛い顔が台無しよ。私、ジニーが寂しくないように、毎週ふくろう便を送るわ」
「…絶対?」
「うん、絶対よ。私が今まで約束を破ったことなんてある?」
「ううん、ないわ」

漸く泣き止んだジニーをもう一度抱き締め、そっと額にキスを落とす。


「泣くなよジニー。ふくろう便をどっさり送ってあげるよ」
「ホグワーツのトイレの便座を送ってやるよ」
「ジョージったら!」
「冗談だよ、ママ」

汽車が滑り出した。
モリーは、最後に長女へと向き直った。その細い肩に、大きく膨よかな手が──母の手が、ポンと乗せられる。


「ランちゃん、あなたは頑張り過ぎるきらいがあるから、辛くなったらいつでも帰って来なさいね。決して何事も抱え込もうとしないこと。いいわね?」
「うん、分かった。…ありがとう、母さん」
「さあ、急いで」

モリーの頬にキスをして最後の別れを告げたランは、急いで列車に飛び乗った。

ホームからモリーが手を振る。ジニーは半べその泣き笑い顔で汽車を追い掛けて走って来たが、追い付けない速度になると、立ち止まって手を振るのが見えた。


ランは、二人の姿が見えなくなるまで入り口で手を振っていた。汽車がカーブを曲がった所で二人が見えなくなり、ランは漸く自分のコンパートメントに戻ろうとした。しかし──その扉の前の廊下に、一人の少年が眉を下げた困り顔で、大きなトランクを足元に置きながらキョロキョロと周囲を見渡して立ち竦んでいるのを見つけた。
そこで、ランと目が合う。立ち止まっているランがここのコンパートメントの持ち主だと分かったのか、少年の顔が少し明るくなった。


「その…君、ここって…空いてる?」
その少年は、ランの荷物が置かれている向かい側の席を指差して尋ねた。

「他はどこもいっぱいなんだ。…あの、君が嫌じゃなきゃで、いいんだけど」

ランと目が合ったその少年が、少し気まずそうに髪をかき上げる。そこで、ランは見つけた。
クシャクシャの髪の毛、エメラルドの美しい瞳。そして、額にひっそりと刻まれた──稲妻型の傷。

「……」

ランはポカンと口を開けて呆けていた。
生き残った男の子の話は、幼い頃から何かある度に嫌という程に聞かされていた。それこそ、耳にタコができるほどに。だからこそランは、きっとその少年は周囲からチヤホヤされて、傲岸不遜な鼻持ちならない男子に育っていることに違いないと考えていた。
しかし、その想像していたものとは全くの正反対な彼の様子。


「あ、そうだ!挨拶がまだだったよね。僕、ハリー・ポッター。は、初めまして……よろしく」

低くなりきっていない声音は不安定だが、耳へ心地良く響いてくる。ジッと見つめられるのは嫌なのだろうか、前髪を何度も何度も撫で付けて、その傷を隠そうとしていた。


「…私、ラン・ウィーズリー。こちらこそ宜しくね。私もちょうど、一人では寂しいと思っていたところなの」

微笑んで手を差し出したランの白い手を、ハリーはパッと表情を明るくして、嬉しそうにはにかみながら握ったのであった。

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春風