とある訓練兵Aについての周囲の考察 - 春風
正体不明の優しい女性

「オイ、芋女。とっとと起きろ」
「ぐえっ」


ユミルの足から繰り出される強烈な蹴りをお腹に喰らって、私の口からは蛙が潰されたような声が漏れる。そんな私自身の声に、幸せ過ぎる夢から意識を浮上させてハッと目を覚ました。
何で!後少しで湖いっぱいの美味しい紅茶に溺れることが出来たのに!嗚呼、思い出しただけで涎が…。

寝起き早々に口から涎を垂らす私を見て、クリスタが「早く支度を終わらせちゃって、いつもより早目に食堂に行こっか」と言ってふわりと微笑む。嗚呼、貴女はやっぱり天使ですか。


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「おーサシャ、今日の夢はどうだった?」
「おはようございます。コニー、それがですね…」


毎朝、朝食の時間に今日見た夢をコニーに報告することが、いつの間にか私の日課となっている。コニーの向かいの椅子を引いて今日も先程の幸せな夢を報告しようと口を開いたが、“紅茶”というキーワードが何処か頭に引っ掛かって首を傾げる。
…ハッ、思い出した。そうだ、忘れては駄目だ。“紅茶”と言えば、昨日の夜のことを皆に報告をしないと。


「皆さん、聞いて下さい。大ニュースなんです。昨日の夜、紅茶を淹れて下さった優しい方がいて、その紅茶がですね、もう!本当に!とっても美味しかったんです!」
「ふん、お前のことだからどうせ腹空かせ過ぎて幻覚でも見たんじゃねーの?」
「なっ!違いますよ!」


隣の席に座ったユミルに全力で抗議すると、朝から煩ぇんだよと頭を叩かれた。でも、納得がいかない。私だって、現実と非現実の区別ぐらいは付く。食べ物に関することであるならば、それは尚更だ。


「大体、淹れてくれた奴って誰なんだ」
「それが、見たことがない人だったんです」
「ハッ!益々幻覚じゃねーか」
「そんな、違います!あのまろやかな甘味が幻覚な訳がありません!」


ユミルに向かって必死に抗議するものの、彼女は取り合ってくれない。コニーだけは、ふむふむと何か考え込むような様子だ。
昨夜の彼女の容姿を思い出そうと、記憶を振り絞る。うーん…。


「…あ。確か、長い黒髪の女性でした!」
「ふーん。…長い黒髪、ねぇ」


そう言ったユミルがチラリとある方向を見たけれど、特に大したことないだろう。すると突然クリスタが、ユミルに頭突きをした。ゴッ!という鈍い音が響く、かなり痛そうだ。


「今夜もいてくれませんかね〜」


あの紅茶がまた飲みたい。あんなに美味しい紅茶を淹れる人が、良い人じゃない訳がない。

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春風