とある訓練兵Aについての周囲の考察 - 春風
紅茶の神様

あぁもう!そんなに強く叩いたら痛いじゃないですかー!
そう叫ばれた声は、クリスタのパンを貰おうとしたサシャがユミルに頭を叩かれたことに対する抗議だ。涙目のサシャが頭を抑えてユミルを睨み付けるものの、ユミルは全く動じない。


「じゃあ、叩いたお詫びに、この私からこのパンを奪い取れたらくれてやるよ」
「!パ、パン!!」
「わ、オイ!いきなり飛び付くな!」


ユミルのその言葉に、猛獣と化したサシャがユミルの手にあるパンに向かって高速で手を伸ばすが、ユミルは華麗にその伸びて来る手を躱す。
サシャの食い物に関しての執着の仕方は異常だ。そりゃあ、俺だって腹一杯食べたいって思いはあるけど。だって訓練厳しいしさ。でも、流石にサシャ程までは食い意地は張ってねーし。何だ、あれか、やっぱあれか、やっぱ狩猟民の出身だからか。

それでも尚、目を爛々と輝かせてパンを追い掛けるサシャを、ユミルはニヤニヤと笑いながら見ている。…うわ、何て悪人面なんだ。追い駆けっこでもするような攻防戦に、思わず笑ってしまう。中々両者共に譲ろうとしない。
最終的には、ユミルがサシャの口にパンを乱暴に突っ込むことで攻防戦の幕は下ろされた。


「…そう言えば、紅茶を淹れて下さった彼女、とても綺麗な声だったような気がします」


ユミルからの戦利品(のパン)を口に含みもぐもぐと咀嚼しながら、こう…スッと耳に馴染むような……と身振り手振りを付けて説明するサシャ。
あ、そう言えば。この前ミカサが、えーっと…何て名前だっけ…名前は忘れたけど、あの眼鏡の女の説明をしていた時にも、綺麗な声だって言ってるのを聞いたんだっけ。でも、あの地味な女が夜中に紅茶なんて飲んでる筈ないか。

でもそんなことより、そんなに美味しい紅茶だったなら、俺だって飲んでみてぇよ。そんなの、サシャだけなんてズルいじゃねぇか。


「サシャ、今度その紅茶女に会ったら絶対に名前聞いとけよ。もしかしたらその女、美味しい紅茶を入れる神様かもしれねぇ!」
「成る程!それも一理ありますね!コニー、彼女は紅茶の女神様かもしれません!」


馬鹿…とジャンが呟いて、ハッとユミルが鼻で嘲笑った。クスクスと小さな笑い声が食堂全体へと広がる。辺りをキョロキョロと見渡すと、少し離れた場所に座っていたアルミンと偶々目が合って、苦笑を向けられた。
あれ、俺何か変なこと言ったか?

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春風