とある訓練兵Aについての周囲の考察 - 春風
要警戒対象人物

けれど、本格的に訓練期間が始まってから俺は拍子抜けすることとなる。何故なら、俺の予想に反して、ラン・シノノメの全体成績は丁度真ん中より少し下くらいに保たれていたのだ。座学は非常に優秀らしいと耳にはしたが、何よりも実技がその足を引っ張っているのだとか。要するにあの女は、特別に成績優秀でもないということが提示されたのである。
そして今や彼女は、地味で薄気味悪い女だと周囲から避けられている。分厚い眼鏡の下にある瞳は誰も見たことがないと言われ、彼女の評価で良い物を俺は一度も聞いたことがない。


「(成績を見た限り、特に警戒しなければならない相手でもないのかもな…)」


ただ一つ気になるのが、通過儀礼にて教官に対して兵士としての在り方を完全否定したラン・シノノメは、その考えを改めてはいないということだ。何故ならあの女は、今でも心臓を捧げる敬礼をしようとしない。

優秀ではないが、良く言えばとても強固な、悪く言えば酷く頑固な考えを持っている、見た目が地味な女。ラン・シノノメに対する俺の認識は、今やその程度の物に成り下がろうとしていた。


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「アルミン、いけるぞ!後少しだ!」
「ありがとうライナー…頑張る、よ…!」


現在俺達は、20kgの装備を背負って4時間以内に20km先迄辿り着かなければならないという、過酷極まりない兵站行進の最中である。仲間を励ましながらも、俺は何とか時間内に到着地点迄辿り着くことが出来た。

荒い呼吸を整えつつ、集合場所へと足を進める。すると、誰もが疲労困憊であるこの場には相応しくない、タッという軽やかな足音を立てて、誰かが数メートル先に立ち止まった。その人物に、額に滴る汗を手の甲で拭いながら、何気なく目を向ける。
すると、その人物に驚愕した。


「…な、に…?」

その人物とは、ラン・シノノメだった。しかし驚いたのは、シノノメの様子にある。シノノメは、いつものように無表情で、顔色を一つも変えずにいるのだ。
成績上位者に入っている俺達だって、もう息が切れ切れだ。況してやあのミカサでさえもが少し息を乱していると言うのに、息切れ一つもせず汗の一滴も垂らさず平気な顔(と言っても眼鏡の奥の様子までは読み取れないが)をして立っている。


「………」


俺の視線には気付いていないのか 、シノノメは荷物を抱え直すと、音もなくその場から去って行った。


「…アイツ、化け物かよ……」


俺が感じた違和感は、やはり間違いではなかったのだ。やはり、あの女は化け物だ。この一件を経て、俺はラン・シノノメに対する警戒度数を最大限にまで引き上げたのだった。
ラン・シノノメ。去り行くその小さな背中の後ろ姿に、底知れぬ恐怖を感じた。

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春風