とある訓練兵Aについての周囲の考察 - 春風
髪が綺麗な謎多き同室者

クリスタがラン・シノノメという女の存在を気にし始めたのは、入団式から2週間くらいが経った、皆が徐々に訓練に慣れ始めて来た時期の頃のことだった。

隣に並んで歩いていたクリスタが、ふと足を止める。それに気が付いた自分も足を止めて、クリスタに尋ねた。


「オイ、どうした?」
「ねぇユミル。あの子の髪、とっても綺麗…」
「はいはい、そーかよ」


クリスタをあしらいつつも、横目でチラリとその女を観察する。
まぁ…確かに、クリスタが綺麗だと褒めたのにも頷ける。肩甲骨の辺りまで無造作に伸ばされた、けれども艶を放つ清潔感のあるその黒髪は、訓練の邪魔になるという理由で長髪にする者が少ない訓練兵団員の中では、より一層目を引くものであった。

地味で陰気そうな女だが、髪だけは誰よりも綺麗だな。あの女を初めて見た時、私は素直にそう感じた。


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けれど、ラン・シノノメという女に対して私が違和感を抱き始めたのは、ここ最近行われた兵站行進の訓練の時のことである。

体力面において劣るクリスタの補助しながら、ひたすら走り続ける。体力はある方だと私自身自負してはいるが、重い荷物を背負って20kmという距離を走るというのはかなりキツいものがある。
額から玉のような汗が滴り落ちる。それを乱暴に拭い去った。大量の汗を吸った服が肌にへばり付くこの感触が、非常に鬱陶しくて不愉快極まりない。

自分達の位置確認の為に、少しだけチラリと後ろを振り返った。その直後、何気無く目にしたそれに、私は瞠目することとなったのだ。


「…な」


視界に映り込んだのは、例の女であるラン・シノノメである。問題であるのは、その女の状態にある。


「(あの女……これだけ走っておいて、息切れ一つしていない…?)」


そう。ラン・シノノメは、まるで機械のように規則的な動きで、顔色一つも変えずに走っているのだ。無表情のまま淡々と足を進めるその姿を見て、私の体に自然と鳥肌が立った。


「アイツ、何者だ…?」


思わずボソリと呟いてしまったそれは、私の目の前を走るクリスタには聞こえていなかったようで、少し胸を撫で下ろす。
まぁ、目を付けておくに越したことはないだろう。そう判断して、今日は私もラン・シノノメを密かに観察するのだ。

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春風