とある訓練兵Aについての周囲の考察 - 春風
無意識に気になる例のあの子

「ラン・シノノメには注意しろ」


ワイワイと混み合った食堂で、周囲の同期等に聞かれないようにと声を潜めたライナーにそう言われたのは、今日の夕飯の時のことだった。

アイツは、女の皮を被った化け物だ。
そう続けたライナーに対して、胸の内に何だか良く分からないモヤモヤとした感情が湧き上がって来るのを感じる。けれど、その感情に名前を付けることが出来ない僕は、彼の言葉に黙って首を縦に振る他ないのだ。


「(………嗚呼)」


こんな情けない自分に、つくづく嫌気が差す。


**********


いつだっただろう、ある日の座学を終えた時のことだった。


「………あの」


ふと、声が聞こえた。背中越しに耳にしたそれは甲高くもなく、けれども男のもの程に低くはない。だとしたらこの声は女の子のものだろうと、そういう面についての分野を極めて苦手とする僕の脳を、その分野については極めて突出して数の少ない僕の脳内知識を元に思考を巡らす。
女の子のあの高い声はどちらかと言えば苦手とする僕だけれど、この女の子の声は聞いていて苦にならないなぁ、とぼんやりと考えた。


「(でも、こんな声の女の子なんていたっけ…?)」
「……あの」
「!!」


突然声と共に背中に軽く触れられた感触に、思わずビクリと肩を揺らしてしまう。何て情けない姿なんだと自覚してはいるけれど、これが僕なのだ。まさか自分に声が掛けられているとは思ってもみなかった僕は、ギョッとして素早く後ろを振り返った。僕の背中を軽く叩いた張本人であろう相手は、その元から小さな体を更に小さくして少し驚いた様子でいた。

どうやらつい先程まで僕の脳内の大部分を占めていた声の持ち主は、この女の子らしい。すると、僕の不躾な視線に耐えられなくなったのか、その女の子は僕と視線を合わそうとはせずにおずおずと声を発した。


「その…これ、貴方の?」
「…え?」


そう言うと共にスッと差し出された手を見て、思わず声を上げてしまった。いつの間に落としていたんだろう、彼女の手の内にある鉛筆は、間違いなく僕のものである。この前下ろしたばかりだから、まだ長くて新しいものだ。
親指で支えて他の4本の指を添えられて差し出された鉛筆に目を遣る。指はスラリと細く、白くて小さな手だ。それを受け取ろうとするゴツゴツと骨の浮き出た分厚い僕の手とは、同じ名称のものでも全然違うもののように感じる。


「(…捻ったら、直ぐ折れてしまうのかな)」


そんなことをついぼんやりと考えてしまって、ハッと我に返った。僕は一体何を考えているんだと、慌ててそんな邪念を振り払う。気付かれないようにと取り敢えず鉛筆を受け取って、顔を上げて相手の顔を見つめた。


「………」
「………?」


こんな女の子なんて、初めて見た、気がする。僕の顔覚えの悪さは自覚しているけれど…もう2年目にもなるのに、その同期の顔を、初めてって…流石に駄目だろう僕……。

とにかく、何か言わないと。無表情のまま何も言わない女の子を見て焦った僕は、あわあわと口を開いた。


「あ、あの、拾ってくれて、ありがとう」
「…別に、気にしないで」


すると、僕に対して小さな声でそう返事をしたその子は、くるりと踵を返してスタスタと歩き去った。その後ろ姿を、またもや僕はぼんやりと眺めたのだった。

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春風