とある訓練兵Aについての周囲の考察 - 春風
どうしても気になる彼女

初めてそれを目にしたのは、果たしていつのことだっただろう。サラリと風に靡く彼女のそれは、まさに美しいという形容詞そのものであり、とても綺麗な黒髪なのだ。


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ある日、ユミルと並んで食堂へと向かっていた時のことだった。


「あ…」


自分の口の端から小さく声が漏れた。私の視界に映っていたのは、ラン・シノノメさん。彼女はこの104期生の間で、とても有名なのだ。有名である所以は…余り、良いものだとは言えないのだけれど。
私は勇気を振り絞って、その背中に向かって呼び掛けた。


「っ…ねぇ、シノノメさん!」


すると彼女はゆっくりと振り返った。そんな彼女は、何だか非常に声を掛けにくい雰囲気を放っている。彼女の放つ雰囲気に思わず気後れしてしまいそうになったけれど、戸惑いつつも私は声を掛けた。


「あの!良かったら、私達と一緒にご飯を食べない?」
「…オイ」


隣にいる彼女が咎めるような目線を向けて来けれどそんなものは完璧に無視をして、そのままシノノメさんに目を向ける。そんな私に、ユミルは呆れたように深く溜め息を吐いた。


「………」


私はこの時、目の前にいる彼女が了承の意を述べる物だと確信していた。私はこれまでの経験から、まさか誘いを断る人がいるなんてことを考えるに至らなかったのだ。
そして次の瞬間、予想外の返答が為された私はポカンと口を開けてしまうこととなる。


「…別に、気にしないで良い」


端的にそう言うとシノノメさんは、私達を避けるかのようにスッと足早に去って行った。
彼女の背中が去り行き開くその距離に比例して、私の頭には沢山の疑問が湧いて出て来た。何でだろう。何で彼女は私の誘いを断ったのだろう。何で彼女はいつも一人でいるのだろう。彼女だって辛い筈なのに、どうして。

すると、そんな私の様子を見透かしたかのようにユミルが言った。


「…そら見ろ、好意が踏み躙られるとこんな気分になるんだよ。言わんこっちゃねぇだろ」
「……私が強引過ぎたんだもの、仕方ないわ」


けれど、口ではそう言いつつも何処か心の一部ではシノノメさんの行動に納得が行かない自分がいるのだ。そんな自分に対して、徐々に罪悪感が湧き上がって来た。


「それか、ただ、兵士になるのに仲良しごっこなんてしてられねぇ…なんて思ってるんじゃないの」
「そんな筈ないわよ!ずっと一人でいるなんて、寂しいに決まってるじゃない!」
「いいや。…世の中には一人が良いって思う奴も、たくさんいるさ」


ユミルのその言葉に、胸がズキリと痛んだ。

辛いことや悲しいことを共有出来る仲間がいないだなんて、そんなの、私は耐えられる気がしない。いや、断言出来る。私なんかのような人間には、耐えられない。耐えることが、出来ない。
それは、私が弱くて卑怯な人間だからなのだろうか。自問自答してみたけれど、答えは出て来なかった。


「人間は、一人で生きることは出来ないもの…」


気が付くと私の口からは、そうポツリと言葉が漏れていた。


「…アンタのそーゆーとこ、私は好きだよ」


優しい声でそう言ったユミルに言外に慰められて、思わず泣きそうになってしまった。
何でこんなに彼女は優しいのだろう。彼女みたいに、私も優しくなりたいのだ。

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春風