とある訓練兵Aについての周囲の考察 - 春風
大した面識もないアイツ

「…ん……」


枕に預けていた頭を持ち上げて体を起こす。今晩は、やけに頭が重たくて気怠く感じる。

何でだよ、眠れない。その理由は分からないけれど、何故か眠れなくて部屋を出る。その後の俺の足は、自然と屋外へと向かっていた。


「………」


特に行き宛てもなく、大して高くもない兵舎の屋根に登り、辺りを見渡す。
この壁内では、いくら高い所へ登っても、地平線が見えることはない。昔読んだアルミンの本によると、壁外の遥か遠くには、果てしなく広がる海っていう塩水の湖があるらしい。

ゴロンと寝転がって星を見上げる。綺麗に煌めくそれらは、普段であれば人の心を癒す存在である筈なのに、どうも今晩の俺には効果はないようだ。

すると。


ギシッ


「ッ!?」


屋根の軋む音がした。ヤバい。誰か、いる。


「ッ、誰だ!?」


脊髄反射的に立ち上がって、咄嗟に対人格闘術の構えを取って、音のした方向に神経を注ぐ。
俺のいる側とは反対の屋根、そこから姿を見せたのは…何だか見覚えのある、あの女──ラン・シノノメだった。


「…は……?」
「………」
「…って、お前、こんな時間に何してるんだよ」
「………それを言ったら、貴方もでしょう」
「俺はただ、寝苦しくて目が覚めただけだっての…」


シノノメの追求にそう言い訳をしていると、突然俺はハッとした。


──嗚呼、そうだ。気が付いた。今日は、“その日”から丁度4年が経った日なのだ。


「ぁ……だから、かよ…」
「………」


髪をグシャッと掻き毟る。きっとそうだ、だからこんなにも胸騒ぎがしたのだ。
すると突然、俺との沈黙を息苦しく感じたのか、シノノメが小さな声で俺へと話し掛けて来た。


「貴方…確か、調査兵団志望しているの」
「…あぁ」
「………」
「………」


あ、これは駄目だ。流石の俺でも、この女とは会話が続きそうにない。
このシノノメとの会話で俺はそう直感した。

しかしこの直後、シノノメは俺にとって予想外な質問をして来たのだった。


「……それは、何故?」
「は?」
「だから……貴方は何故、巨人へと立ち向かおうと思えるの」


そう続けられたシノノメの言葉は、やはり俺に火を付けることにしまったのだった。


「…俺は、845年…4年前のあの時……巨人を一匹残らず駆逐してやるって、誓ったんだ。俺から大切なものを奪った巨人を…今度は俺が駆逐してやるってな…!!」


ギュッと握った拳に力を込めてそう言うと、シノノメの視線をヒシヒシと痛い程に感じた。


「…別に、馬鹿にしたけりゃ好きなだけ馬鹿にすりゃいいさ。どうせお前も、俺のこと馬鹿にしてんだろ。…でも俺は、この鳥籠の中でものうのうと生きていける人間の方がよっぽどマヌケに見えるね」


嗚呼、やっぱり、この女も俺を馬鹿にするんだ。壁外に出たって意味がない、巨人になんて勝てやしないと、俺を見下すのだ。

しかし。


「…私には、貴方の考えていることは分からない。だって、私は貴方じゃないから。……でも──」


俯いていたシノノメの顔が、ゆっくりと上げられた。


「──あなたのその目は、悪くないと思う」

「…!!」


分厚い眼鏡の奥にあるであろうシノノメの瞳は見えなかったけれど、その真っ直ぐな言葉は、今の俺の胸にじんわりと優しく温かく沁み渡ったのだった。

何か、コイツ…。


「イイな…」
「…は?」
「あ、いや、何でもない。……その、ありがとな」
「………別に、気にしないで」


ミカサ以上にぶっきらぼうな物言いだったけれど、きっと内心はシノノメも照れているんだと思う。多分。


「なぁ、お前ってラン・シノノメだよな?」
「…それが何」
「いや。俺はエレン・イェーガー、エレンって呼んでくれ。宜しくな、ラン」
「………」


ランからの返事は返って来ない。けれど、今この時間から明け方までは、何だか良く眠れそうな気がした。

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春風