とある訓練兵Aについての周囲の考察 - 春風
その眼鏡の奥の瞳と微笑

「ランの眼鏡は物凄く分厚いけれど、君はそんなに目が悪いの?」


不意に尋ねた。と言っても、ランのレンズが随分と分厚い眼鏡については、前々からずっと気にはなっていたことなんだけれども。

僕の質問にピタリと静止したランは、読んでいたこれまた分厚い本からゆっくりとした動作で顔を上げて、真正面から僕をじっと見つめた。


「…これ?」
「そう、とっても分厚い眼鏡だよね、それ。だから…」
「………これがないと、何も見えない。ぐらいに、目は悪い。だから、これから動きが激しくなる立体機動をしている時に、眼鏡が落ちないようにする対策を考えなきゃいけないと思ってる」
「確かに、ゴーグルに変えた方が安全かもしれないね」

それに…と続けたランに、暫く黙って先を促す。すると彼女は俯いて、じっと考え込む素振りを見せた。


ここ数日で分かったこと。ランは口下手だから、しっかりゆっくりと言葉を選ぶようにして話す。彼女の本音を聞き出すのには、我慢強くじっと待つことが何よりも大切なのだ。
ただ黙って彼女の眼鏡の奥にある瞳を見つめて、押し黙って待つ。僕は待つことは嫌いじゃないから、この静寂の時間は結構心地良くて好きだ。


「……眼鏡は、周囲から、世界を遮断出来る」
「…そうだね」
「だから、私はこの眼鏡を掛けるの」

ランが言いたいことは、僕にも何となく理解出来た。僕も昔は、近所の男の子達に虐められていたから。
眼鏡のレンズを間に挟んで世界を見ることで、直接的に突き刺さる攻撃により与えられる衝撃を緩和出来るということだろう。


「そうだったんだ…。ランの眼鏡を外したところを見たことないなってふと思って、やっぱりそうなんだね」
「もうこれは私の目の一部みたいなものだから。お風呂の時も、掛けて入ってる」


すると、不意にランがその眼鏡を外した。
彼女のその姿を視界へと入れた次の瞬間、僕の体はまるでビリッと電流が駆け巡ったような、そんな衝撃が走った。


「!ッ……!」
「…眼鏡は高級品だから、中々変えることが出来ない。でも、まだ使えるから…」
「……ラン…」
「…どうしたの、アルミン」
「……いや…その…」


僕、初めて、君の素顔を見たよ。
そう告げると、ランは暫く無言のまま考え込み、ゆっくりと顔を上げた。


「…確かに、ここに来て初めて、自分の素顔を見せた」


自分の眼鏡なしの顔なんて、私自身は暫く見ていないのに…何だかおかしいね。
そう言ってほんの小さく僅かに笑ったランを見て、頬に勢い良く血が昇って行くのを感じた。

艶やかに磨き上げられた黒曜石のような瞳が、僕の瞳を真正面から捉える。ラン程の目の悪さであるならば、多分今の僕の顔なんてのっぺらぼうに見えているんだろうけれど、その瞳が僕を射抜いたのだ。


誰かに信頼して貰っていることがこんなにも嬉しいことなんだなんて、初めて知った。自分の存在意義が明確に分かったような、そんな気がして。
僕は自分の口元が緩むのを感じた。多分、いやきっと、今の僕はとてもだらしない顔をしているだろう。でも、今はランと二人っきりなんだ。少しは許されると思いたい。


今思えば、このランの微笑を見た時から、僕は彼女の虜になっていたんだと思う。その微笑を見る為には、何だって出来る、そんな気がしたのだ。

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春風