とある訓練兵Aについての周囲の考察 - 春風
僕の親友の異変

僕の所属している第104期訓練兵団には、個性的なメンバーが数多く存在する。
対人格闘術を得意とし“調査兵団に入団する”という強固な意思による目標を掲げる努力家であり、素直且つ直情的な性格で何処か人を惹き付ける魅力のあるエレン。無口でエレン第一主義であり、どの訓練でも一番の成績を誇る歴代最高レベルの素質を持つミカサ。実技・体力面では少し周囲より劣るけれど、優れた洞察力を持つ頭脳明晰なアルミン。皆の兄貴分として慕われ仲間への配慮を忘れない、がっしりと大柄で屈強な体格をしたライナー。気が弱くて積極性に欠け大人しく控え目な性格であるけれど、実際は成績優秀な長身のベルトルト。ドライな性格で辛辣な言い回しが特徴的で自分から周りの輪に入ることはしないけれど、仲間思いで優れた対人格闘術の技術を持つアニ。頭の回転がやや鈍くて座学が大の苦手だけれど、小回りの効く移動が得意な小柄なコニー。型破りな勘の良さを持っている為に組織的な行動に向かない、常に腹を空かせてきるその場の空気を和ませる独特の天然さを持つサシャ。

そして、僕の親友であるジャンも、各言うその中の一人だ。しかし正直で現実主義であるジャンの性格は、度々エレンとの衝突を招く。何しろ彼とエレンとでは、根本的に思想が全く違うのだ。それであって、どちらも至って正直者である。…これでは衝突しない訳がない。


「(口が悪いせいで誤解を受けやすいけど、実のところ根は良い奴なんだけどな…)」


けれど、そうではない、つまり目立たない子達も多くいる。と言うよりも、元より集団とは、目立たない子達の方が大半を占めるものだ。その目立たない者がいるということを前提にして、初めて優秀な彼等が目立つことが出来る。
その目立たない者、率直に言うと…地味である者を代表するのは、ラン・シノノメさん。そして彼女は今、この訓練兵の中で除け者にされている。人間は、弱者を虐げるということを、無意識のうちであってもしてしまうものだから、仕方のないことであるのかもしれないけれど…。
最近では彼女がすぐ近くにいるというのに、態と声高に聞こえよがしに陰口を言っている様子が目立つようになって来た。…こんな雰囲気、嫌だな。


「(…もうそろそろ寝よう)」


今日は、自分の体が少しの疲労を感じていた。…多分、コニーに座学の課題を教えたせいだろうな…。
少し凝り固まっていた体を解して、読んでいた本を閉じて立ち上がる。…あれ、そう言えばジャンはどこに行ったんだろう?

すると、バタン!!と荒々しい音を立てて部屋の扉が開け放たれた。そしてそこにいたのは、紛れもない、僕の脳内思考の渦中の人物であるジャンであった。


「ジ、ジャン?どうしたんだい!?」


同室の同期の視線を一身に浴びながらも、ジャンはゆっくりと、僕の方を向いた。その瞳は、何処か死んでいる。


「マルコ…俺は、夢を見ているのか?」
「………は?」


ジャンらしくない呆けた発言に、思わず変な声を出してしまう。

え?一体どうした?何があった?
僕の頭も混乱してしまうけれど、ジャンを刺激しないようにと慎重に言葉を選んで言った。


「少なくとも、僕も君もまだ布団の中には入っていない筈だけど…」
「だよな…」


そう言うとジャンは、ハァ…と重い溜め息を吐いてその場に座り込んでしまった。


「………」
「お、おい。ジャン?お前大丈夫か?」
「何かあったのか?」
「………」


ライナーやエレンを始めとする同室の仲間等がわらわらと寄って来て声を掛けるが、ジャンは顔を俯けたまま何も答えようとしない。


「…ジャン。身仕度を済ませたなら、今日はもう寝たらどうだい?」


今のジャンに何を聞いたところで、何の答えも得られやしないだろう。何よりも、彼自身がかなり動揺しているようだし。そう判断してジャンに救いの手を差し伸べると、彼はゆっくりと頭を上げて僕を見た。


「……時には一人で落ち着いて、物事についての整理することだって必要だよ」


そう言うと、ジャンは弱々しくも礼を言ったのだった。


「……ありがとな」
「いいよ、気にしないで」


そう。ジャンは口は悪いけれど、本当はこうやって気を使えるような良い奴なんだよね…。

でも本当、何があったんだろう。とても気にはなるけれど、今のジャンに必要なのは一人静かに思考を巡らせる時間と、休息だ。
うつ伏せにベッドに寝転んで顔を枕に突っ伏す彼を見つつもその背中にお休みと声を掛けると、あぁ…と普段の彼からは想像も付かないような力のないくぐもった声が返って来た。…どうしよう、とても心配だ。

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春風