警視庁のマドンナさん - 春風
謎の男とバスジャック事件

わざとらしくカーテンを閉めず、自らの姿を晒した被疑者二名。残り一名は恐らく一般乗客に紛れているのだろう。二人や三人も紛れていれば意味不明だが、一人となれば最終的に"逃走用の人質"という名目で連れていかれるのが落ちだろう。
ただそうなると被疑者がわざわざ姿を見せた理由が分からない。
釈放が上手くいったら、人質を取り合えず三人解放するらしい。だが、信憑性は殆ど無に等しい。

思考を切り替えよう。
宝石強盗犯の残り一名がなんのためにバスジャックが行われているバスに一般乗客として乗り込んだか、という事と被疑者がなぜ姿を見せたか、という二点が気になる。
最悪、バスのタイヤを撃つ?という佐藤の言葉に、バカ言わないでと思わず返す。
射撃精度的には撃ち抜けるだろうが、問題は矢島が爆弾を使用して強盗したという点。残りの爆弾を持ってきていても不思議じゃない。タイヤを撃ち抜き、バランスを崩し横滑りするであろうバス。何かの衝撃で爆弾が起動する恐れが少なからずある。

美和子は再度無線機を手に取り、こちら佐藤。バスは現在、中央道を大月方向へ向かって走行中。もう間もなく、小仏トンネルです!と目暮に報告をすると、そのまま尾行を続けろ、見失うんじゃないぞ。と新たな指示が飛ばされる。はっ!と目暮の指示に頷く。って佐藤ちゃん、バス速度落としてる報告!とバスのスピードが落ちていることにいち早く気づき佐藤に目暮への報告を任せる。
警部!バスがスピードを落としました!と美和子が報告。恐らく、警視庁では驚きの声が上がっているだろう。
これよりバスは小仏トンネルに入ります。と最後に付け足してから無線機を置く。

今までは広々とした道路を走っていたが、薄暗いトンネルでは中の様子がカーテンに関係なく見えなくなる。そしてスピードをわざと落としたとなれば、トンネルの中を走行する時間を長くしたい、という事で恐らくは自分達が着ていた服やゴーグルを背丈が似た男性に着せるのだろう。
一般人とバスジャック犯が入れ替わり、あとは人質とでもいって計画に荷担しているもう一名の仲間をつれだす。顔を見せびらかす事になるので持ってきているであろう爆弾で――ドカン。
乗客全員あの世行きにする計画だろう。
高木の言葉では二人の被疑者は拳銃しか持っていない、といっていたので人質役の仲間が爆弾のスイッチを持っているはず。


バスがどんどんトンネルの出口、明かりに近づいていき心拍数が上がる。柚希の予想が当たれば、バスは速度をあげてくるはず。
当たって欲しいような、欲しくないような。
バスがトンネルから出た所を確認し、佐藤ちゃん!と名前を呼んでスピードを前もって上げてもらおうと思った所、バスはスピードを上げる所か急ブレーキ。
大きなバスが横滑りすること数十メートル。漸く止まったバスの出入り口は幸運にも自分達側、つまりトンネル側に向いている。

美和子は持ち前の運転テクニックを見せてくれた。ハンドルを大きく回し、ギリギリの所でバス同様横滑りしつつも停止。そのまま勢い良くバック走行。
離れたところに停車すると、真っ先に美和子が飛び出し私が後に続いてバスへと態勢を低くして駆け寄った。
拳銃を取り出し構えた状態でバスの前扉の左側に立ち、右側には美和子が携帯で目暮に連絡をしつつ待ち構えている。

中の様子は高さの関係で見えない。耳を澄ましてもなにやら騒がしい、という事しか分からない。
バスは急停止した後沈黙!警部、突入しますか?と美和子が目暮警部に指示を仰ぐ。いや、応援が来るまで待て…。他にも数名、刑事が到着しバスの回りに車が置いてあるのだがなんとも邪魔だなと思っていれば拳銃を見、先程の佐藤の言葉を思い出す。
―最悪、バスのタイヤを撃つ?
美和子の言葉を拒否した理由は、持ち込まれている可能性の高い爆弾が何かの拍子に爆発しないため。
今まさに、タイヤを撃たれたようにバランスを失って目の前でバスが横滑りしたのた。

まさか、と最悪の状況を思い浮かべながら呟いた瞬間、前後の両扉が開き荷物を抱えて乗客が飛び出してきたではないか。


「コ、コナン君!?どーしたの?」
「犯人が持ち込んだ爆弾が後20秒たらずで爆発するんだよ!!」
「!!」
「ええっ!?」


頭を抱えたくなったが、ここでそんな事をしていればお陀仏してしまう。それは嫌だ。奴等を捕まえるまで、呑気にお陀仏なんてしていられない。
私たちはトンネル側の車を止めるから、千葉君は反対車線を!あとの人は乗客をバスから遠ざけて!美和子の指示で一斉に動き出す。
ふらふらの男性を支えて離れさせている刑事を見て、バスから人が降りなくなったので私も離れていく。

しかし。


「!!」

子どもが一人、バスへと戻って行く姿を確認してしまった。嘘でしょ、と心の中だけで叫ぶと同時に反射的に右足を軸に反転、美和子に作業を任せると告げて体をバスに向ける。

「灰原さんが、まだ中に!!」

そう叫ぶ他の三人の子ども達のそれで、その男の子がわざと中へ向かったことと、まだ中に子どもがいることが分かった。事情はどうあれ、二人の子どもを死なせるのは気分が悪い。なんとかして助けなきゃ、と足をバスに向かって踏み出した。

「あなたたち、どこに座ってたの?」
「こ、後部座席!!」
「コナン君が、哀ちゃんを助けに戻ったの!!」

いくら私の脚が人よりも優れていると言ったって、ここで大人の自分が入っていけば、あの男の子の計算が狂う恐れがある。どちらにせよ、窓ガラスから出てくるしかない。後方乗っていたと考えれば、爆風により後方のガラスがぶち破られ飛び出してくるはず。

自分の足はバスの後部座席から数メートル離れた場所に向かっていく。どこだ、どこから飛び出して来る。
すると。後ろの大きな窓ガラスが銃の発砲音の直後、小さな風穴があけられ発砲音に驚く暇もなく、男の子が赤いパーカーを頭まで被っている女の子を抱えて小さな風穴に体当たりをして、亀裂の入った窓ガラスを突き破り飛び出してきた。
瞬間、バスの中が明るくなり爆発。飛んで来た二人が着地する場所へと脚力を総動員して回り込み、胸で抱き込む。爆風に押され飛距離が伸び、胸に二人を抱き込んだまま、地面に体を擦り付けるような形で引き摺られて停止した。


「無事…みたいね。良かったわ」
「お、お姉さん…」
「……、」

腕の中の子ども二人が無事なことを確認して、ホッと息を吐き出す。何はともあれ、無事で何よりだ。

「コナンくーん!!」

しかし、命が無事だとは言えども、窓ガラスを突き破ったのだから多少の怪我はしているだろう。聞こえてきたサイレンとパトカーランプの音にほっとし、後はこちらに合流した増援、高木に任せることに。

自分の取った行動が正解だと再確認して安堵の溜め息を吐き出したら、ポンと軽く肩を叩かれる。
死者が出ず喜んでいる美和子が叩いてきたのだ。


乗客の皆さーん、事情聴取があるので車に乗ってください。美和子の言葉に従い、乗客は一ヶ所に集まっていく。
ふと見ると、あの赤いパーカーを着た女の子はもう既に姿を消していた。

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春風