王様と猫 - 春風
慮外千万な逢着

画面に並ぶ、例の女の連絡先を睨む。ただの英数字の羅列であるはずが、何故か酷く難解なもののように感じた。


「……」

脳裏に思い返すのは、今朝の出来事だ。
俺様が無事改札を出たことを確認するなり挨拶も程々に颯爽と踵を返した女に、驚いて思わず声を荒げた。


──「…元々一度乗りかかった船でしたし、別に気にしていませんよ」

まるで何でもないことのようにそう言ってのけたその女。礼をしたいとこちらから求めるなんて初めてのことで、話をどのように切り出すべきだろうと頭を悩ませる。
見返りを求められないという未知の経験が、俺の調子を狂わせる。


「……チッ」

言い寄って来ない女なんて余りにも珍しく、こちらとしては何とも都合がいいはずだ。なのに、何故俺はこんなにも苛ついているのだろうか。


電車で横目に見た、あの女の横顔を思い出す。
サラリと風に靡く艶のある絹糸のような黒髪、陽に当たったことがない程にまで色の白い不健康そうな肌。そして、何よりも印象に残ったのは──漆黒で塗り潰された、生気が感じられないような死んだ目。俺が腕を掴んだ時の目には、決して口には出しやしないものの、その切れ長の黒い瞳の奥にははっきりと拒絶の色が浮かんでいた。

他人より格段に狭いのであろうパーソナルスペースに入られ、その顔面には不快感がありありと浮かんでいた。俺も、生まれ育った環境が環境のために決して広くはないだろうとは思うが、あそこまであからさまに表情に出してくる女には初めて出会った。


「跡部、災難やったなぁ。自分が電車なんか乗れたん?」
「…うるせぇよ」

試合前のミーティングが解散するなり、嫌味を飛ばして来た忍足をジロリと睨む。だが、今更俺の視線や機嫌なんざ気にするような連中ではなく、わらわらと無遠慮な視線を寄越すレギュラーが集まってきた。


「跡部が無事着くかどうか皆心配してたんだぜ〜!お前って電車とか乗ったことねぇだろ?」
「まず跡部さん、こんなところまで一人で来れたんですか?」

中でも無礼千万な態度丸出しで聞いてきやがる向日と日吉に、他の奴らまで興味津々に俺へと注目しだす始末で、言いたかねぇが渋々答えた。


「……人に聞いた」

その一部始終を話してやると、連中は皆で大笑いをした。


「アッハハハハ!!跡部お前ッ、電車の乗り方なんかを人に教えて貰ったのかよ!!」
「跡部それマジー?」
「今時ちっせぇガキでも一人で乗れるぞ。ゲキダサだな」
「仕方ねぇだろうが。俺様は庶民の移動手段なんざ見たことも乗ったこともねぇんだ」

「ま、初めてならそら当然や。ほら、跡部イジるんはそこまでにして、さっさとアップに戻るで」

俺の機嫌が更に急降下するのを目敏く感じ取った忍足が、部員らをコートへと押し戻す。こういう時のコイツの気遣いに、今まで何度助けられただろうか。


「なぁ跡部、自分この駅まで一人で来れたん?」
「いや、違う。ご丁寧なことに駅まで送り届けられた」
「おかし、ホンマ笑えるわぁ」
「アーン?ンな分かりやすい嘘吐くんじゃねぇよ。──お前、目が微塵も笑ってねぇじゃねえか」
「アハハ…バレたんやったらしゃあないわ」

一見すると柔和に感じるその笑顔ではあるが、その瞳は全然笑っておらず、不信感が露わにされていた。


「その送り届けてくれた人って、女やったんとちゃう?」
「…、それがどうした」
「気ィ付けや?自分、タダでさえ女から狙われやすい立場なんやから」
「…ンなこと、お前に言われるまでもねーよ」

忍足の恋愛事情なんざ知ったことはないが、コイツが女というものに対してはかなり潔癖であることは薄々察してはいた。
ただ──あの女は、そんなことはまるでどうでもいいと思っている顔をしていた。


──取り敢えずは、今日この試合をとっとと終わらすか。

「オイ!テメェら、一丁前に俺様を揶揄うなんざ随分と余裕なようだな?無様な試合晒すんじゃねーぞ!」

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春風