君の鼓動と僕の鼓動 - 春風



「東雲ー、お前堂々と社長出勤かよ!」
「蘭ちゃん、おはよう!」
「おはよう」


廊下を一人で歩いていると、不意に耳に届いた心地好いその柔らかなアルトボイス。その声に、私は勢い良く振り返った。

私の目に見えたのは、間違いなく蘭ちゃんの姿だ。どうやら今からの三時限目の授業には間に合ったみたい。


「蘭ちゃ、ん……」
「おはよー蘭ー!」


私は蘭ちゃんの方に走り寄ろうとしたけど、彼女の周りには、蘭ちゃんと同じA組の体操服姿の、更に私を敵対視している子たちがワイワイと群がってしまった。


「………」


その輪の中心にいる蘭ちゃんは、あまり表情を変えずにいるのに、皆からはとっても慕われていて。現に彼女は、成績優秀者から選ばれるクラスの学級委員長も務めている。

そう、皆から疎まれている私なんかとは大違い。


すると、輪からは大きな笑い声が聞こえた。


―――蘭ちゃんは、雲の上の存在だ。


それを思い知らされた私は、思わず口を噤んでしまった。


「じゃあ、後でまた。次は…体育だよね」
「うん!用意が済んだら蘭ちゃんも早く来てねー!」


すると、輪の中から抜け出した蘭ちゃんが、私の方へと早足で歩いて来る。多分自分が情けない顔でいるだろうと思った私は、慌てて笑顔を取り繕ったんだ。


「千鶴、朝はごめん」
「う、ううん、気にしないで」
「……そう」


私は今、ちゃんと笑えているのかな?

だって、目の前にいるのは、私の好きな沖田先輩の想い人で、私の親友の蘭ちゃん。私の心情は複雑すぎて、純粋無垢な笑顔でいることは到底不可能だもの。


「そう言えば…沖田先輩からメールは届いた?」
「…うん。今日も部活に来て一緒に打ち合いをしないか、だって。………よっぽど暇なのね、あの人」


実力を鼻に掛けていたら、いつか足元救われるわよ。
そんな厳しい批判をしている蘭ちゃんの表情も、心なしか前より穏やかな気がして、私の胸はチクリと痛んだ。


「そ、そっか…。結局、どうするの?」
「この前借りた胴着だけ返しに行くことにしたの」
「そ、そっか……」


すると、良いのか悪いのか、丁度のタイミングで予鈴が鳴り、蘭ちゃんは私に手を振って教室へと走って行った。


「………私が部活に遅れたら…蘭ちゃんはどう思うかな…」


そう。さっき沖田先輩と談笑紛いのことをしてしまったせいで、また女の子たちに呼び出しを食らってしまった私。

頭が切れて勘の良い蘭ちゃんのことだから、部活に姿を見せない私を蘭ちゃんは不審に思うはず。


「困った、なぁ…」


すっかり人のいなくなってしまった廊下に、私の声だけが変に明るく聞こえた。

- 2 / 4 -
春風