君の鼓動と僕の鼓動 - 春風



蘭ちゃんがふらついたかと思うと、彼女はその場に崩れ落ちるように倒れた。


「蘭ちゃん!?」


気が付けば、僕は授業そっちのけで慌てて蘭ちゃんへと駆け寄り、彼女を横抱きにして保健室の前に立っていた。もうこの際、周りの目なんか気にしてられないよ。


ガラッ!


「先生!」
「もう、誰!ノックぐらいしなさいよ…って…」
「あら、沖田君じゃない。…その子、東雲さんよね。何かあったのかしら?」


僕が保健室の扉を勢い良く開け放つと、そこには保健室勤務の君菊先生と高三保健委員の鈴鹿千先輩の二人がくつろいでいた。

鈴鹿先輩が少し怒った口調で僕を咎めるけど、今は無視だ。
だって仕方ないよ。何せ蘭ちゃんを抱えているせいで、両手が塞がっているんだから。


―――あの蘭ちゃんに触れている。


不謹慎だけどそう思って緊張してしまう自分がいて、手の神経はこれ以上ない程にまではりつめている。


「すみません。この子、体育のテニスの授業中に急に倒れたんです。僕は、たまたま隣のグラウンドで授業中だったんで………」
「そう、ありがとうね。まずは熱を測りましょうか。…鈴鹿さん、お願いしていいかしら?」
「はーい、分かりましたぁ。えーっと、沖田君、だっけ?蘭をこのベッドに降ろしてくれる?」


先輩に言われた通りに蘭ちゃんをそっとベッドの上に下ろすと、僕は肩を脱力した。


「わっ、君菊先生!蘭の額、すっごい熱い!」
「あらあら…この時期なら、風邪かしら?沖田君、何かご存知ない?」
「…あ………」


―――そうだ。仮にも僕は蘭ちゃんからしんどいって聞かされていたんだった。


そんな時に、僕は蘭ちゃんに学校に来るのか聞いちゃったんだ。きっと断りにくかったことだろう。


「あ………」
「…その顔は、心当たりがあるのね」
「はい…体調不良が理由で学校を遅刻していました。学校に来たのも、三時限目が始まる前です」
「そう…」
「わぁ、相変わらず蘭の肌は真っ白で綺麗だね〜」
「鈴鹿さん、そんなところ見ていないで早く測りなさい」


その声にベッドを見ると、先輩が蘭ちゃんの体操服に手を掛けていて、蘭ちゃんの胸元辺りの肌がもろ見えになっていた。


―――あ、ヤバい。


見ちゃ駄目っ!と先輩が言う前に、僕は慌てて顔を背ける。

………完璧に見えちゃった、蘭ちゃんのブラの柄が瞼の裏から離れてくれない。でも、これって完全なる事故だよね。僕は何も悪くないよ。


「沖田君……見た…?」
「………はい」
「あーあ、蘭に殺されるよー…」
「フフ、若いって良いわねぇ」


君菊先生が含み笑いをして僕を見たけど、僕はそれどころではなかった。


―――どうして。女の子のブラなんか、見慣れもしたはずなのに。何でこんなにも顔が熱いんだろう。


その疑問は、瞬く間に解決した。

だってこれ僕の初恋なんだから。ウブになって当然だよ。


「……ちゃんと測れたかな…うわ、先生、九度一分もある!」


先輩が蘭ちゃんの体温計を君菊先生に渡した。

耳にしたその数字の高さに僕等三人が驚愕する。蘭ちゃん、ホント何で学校に来たの、休みなよ。


「あらまぁ………この熱じゃ、帰る他ないわね。一人では危険ね…どうしましょう」
「……担任の先生に頼むしか、なくないですか…?」
「え……?」


―――親は…?


思わず聞きそうになったけど、寸でのところで僕はそれを飲み込んだ。何故って、そんな空気じゃなかったから。

でも次には、先輩が眉を下げて僕を見て言いにくそうに口を開いた。


「あー…沖田君は、知らない………わよね?」


―――この子、独り暮らしなのよ。


この瞬間。

僕は、蘭ちゃんのことを何も知らない。それを、嫌でも身をもって分かってしまったんだ。




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