君の鼓動と僕の鼓動 - 春風



「あっ、蘭ちゃんだ!皆ーっ、蘭ちゃんが復帰したよ!」
「ホントだ!蘭、もう体調は大丈夫なの?」
「ありがとう、もうすっかり良くなったよ。心配掛けてごめんね」
「東雲、無理すんなよ?」
「大丈夫、ありがとう」


私はそう言って微笑み、自分の席へと向かった。その途中でもクラスメートらに次々に声を掛られて、それに応じながら思ったのは、一々面倒臭いなぁ、なんて。こんなこと、私の沽券に関わるから、本当は口が裂けても言えやしないけど。

やっとのことで自分の席に着くと、隣の席の藤堂が挨拶をしてきた。私もそれに挨拶を返し、机に教科書を広げて、休んでいた教科の授業範囲を見直した。良かった、まだまだ余裕もあるしとても簡単だ。


「なぁ東雲。良かったら、受けてない授業のノート、俺の見るか?」
「ありがとう、借りてもいい?」
「おー」


そう言って渡された数冊のノートを受け取り、パラパラと開いて中身を確認した。藤堂のノートは、男子の割にはとても整理されていて綺麗で読みやすく、正直とても意外だ。


「………なぁ、東雲」
「何?」


ノートを見ていた私に話し掛けてきた藤堂を、無視する訳にもいかず、目を上げずに返事をした。藤堂は暫くの沈黙の後、少し言いにくそうにしながら言った。


「………お前、総司のこと、どう思ってんの?」


出てきた予想外の名前に、思わず目を上げた。
総司という名前で思い当たる人物なんて、今のところ一人しかいない。こっちをジッと見つめる藤堂の瞳を見返して、尋ねた。


「………総司って、沖田総司のこと?」
「あぁ。どう、思ってんのかなぁ、って」
「………」


そう言う藤堂の意図は計り兼ねる。けれど、ノートという借りもあることだから一応返答しておこうと思い、言葉を探し選びながら言った。


「………いつもヘラヘラした笑顔で、私の剣道の良い相手。でも千鶴を泣かせた、いけ好かない野郎だと思ってる。…で、それがどうかした?」


そう言うと、藤堂はがっかりしたように少しその眉を下げて言った。


「い、いや………。でも最近、総司がお前のことばっかり話してるからよ」


―――え?


予想外の内容に私は思わず耳を疑い、聞き返した。


「私の、こと?」
「あぁ。蘭ちゃんなら今の突きは避けれてたけどなぁ、とか、蘭ちゃんなら僕の良い練習相手なんだけどなぁ、とか、また蘭ちゃんと練習がしたいなぁ、とか、蘭ちゃんに剣道部に入って欲しいなぁ、とか」
「………」


意外だ。
あの沖田が、まさか自分のことを話しているなんて思ってもみなかったし、更に私のことを好意的に話しているなんて。

何故だかそれを嬉しく思う自分がいることは、紛れもない事実。でも、それを無闇に口にしておいて、後でどこかしらで痛い目を見るのは自分であるのが現実だ。


「………」


私は合理的に利害を考えてみて、この場は無表情でいる方が得策だと判断した。


「………沖田は、ただ私を揶揄って面白がっているんだと思うけど」


そう藤堂に言うと、彼はまた悲しそうな表情をした。


―――沖田という他人のことなのに、藤堂はどうしてこんなに自分のことのように真剣になれるんだろう。


すると更に藤堂は、私の目をとても真剣に見返して言った。


「総司は多分、お前のこと―」
「平助。何言おうとしてるの?」


突然聞こえた聞き覚えのある声に、私と藤堂は目を上げた。
そこには、表情に僅かな怒りが見え隠れする沖田張本人がいた。

沖田がいるせいで、一体何事なんだろうと、教室中の好奇の目線がこっちに集まっているのが分かる。嗚呼もう、何の用なんだ。


「…何の用ですか?」
「…ねぇ蘭ちゃん、君に話があるんだけど。今すぐに、いいかな」
「は?」


有無を言わさぬ口調で言われた突飛な申し出に思わず顔を歪めたが、沖田の表情は至って真剣で、若干驚いた。

でも腕時計を確認すると、今は8時28分。既に予鈴も鳴っているし、もうすぐ担任の先生が来て出欠点呼をするのに、それに学級委員長の私がいない訳にはいかない。


「…こんな時間なんだから、今は無理。アンタだって、もうすぐSHRが始まるんだから、さっさと教室に戻ったほうがいいと思うけど」
「………」


そう言うと、沖田は黙り込んだ。
諦めたのかな、そう思って少し安心して小さく溜め息を吐くと、また沖田が真剣な表情のまま口を開いた。


「………僕の担任って、土方先生なんだよね」
「!?」


突然出てきたトシの名前に、思わず瞠目してしまった。言わずもがな、紛れもなく今朝キスをされた相手だ。

でも沖田がそれを知っている訳もないけど、しまった、沖田に不審に思われたかも。だけど、沖田には何の反応も見られなかった。


「………。だから、僕は気にしないよ」
「………アンタだって委員長じゃないの」
「そんな小さなことどうだっていいよ」


いつもより乱暴な口調でそう言う沖田に、苛立ちがつのる。勝手にやって来ていきなり呼び出して、何様のつもりなんだろう。


ガシッ


すると沖田は、私の手首を掴み、更に捲し立てるように言った。


「いいから来て。平助、蘭ちゃんは腹痛で遅れるからって先生に言っといて」
「ちょっ、沖田!離してよ!」
「はぁっ!?そんなの絶対腹痛なんかじゃねーだろ!第一、東雲は嫌がってる―」
「いいから、これ先輩命令」


私や藤堂の声には聞く耳を持たず、沖田は私の手首を掴んだまま、荒々しく引っ張り教室を後にした。


訳が分からない。
一体、私が何をしたって言うの?

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春風