君の鼓動と僕の鼓動 - 春風



「ちょっと、沖田。どこに連れて行くつもり?いい加減離しなさいよ」
「煩いなぁ。良いから黙って着いて来なよ」


沖田は私の抗議の声には聞く耳も持たず、私の手首を掴んで離さず、グイグイと強引に引っ張ったままひたすら階段登り続けた。
そして屋上に辿り着いてから、やっと私の手首を掴んでいた手を離した。見ると、握られていた手首はほんの僅かに赤くなっている。


「………蘭ちゃんって、本当はとんでもない悪女だったんだね」
「………は?」


いきなりそんなことを言われて、更にここまで強引に連れて来られておいて、元々沸点が低い私が黙っていられる訳がなく、沖田を睨んで言い返した。


「…何の根拠もないのに、そんなこと言わないでくれる?私の性格が良くないことぐらい、自覚しているわ。大体、私がアンタに何をしたって言うの?」
「………」


そう問うと、沖田は口を噤んで黙り込んだ。


沖田は、私をこんな所に連れて来ておいて、一体何の用なんだろう。授業が始まってしまう時間なんだから、早く教室に戻りたいのに。

しかも教室に帰ったら帰ったで、沖田とどんな関わりを持っているのかと、主に女子生徒の質問攻めに合うことは確実だ。


―――嗚呼、面倒くさい。


そう思うと、自然と私の口からは溜め息が漏れた。何で今日は、朝からこんなに面倒なことばっかりなんだろう。


「………」
「………」


しかし。

次の瞬間、そんなことがどうでも良いと思えるぐらいのことを、沖田は口にしたのだった。


「なら聞くけど。………今朝車の中で土方先生とキスしてたって、本当?」
「!?」


―――見られてたんだ。


衝撃的過ぎるその告白に、わたし頭の回転は麻痺して鈍くなり、思わず動揺してしまった。


「………やっぱり、したんだね」


気が付いた時にはもう既に遅く、沖田は私の動揺を肯定の意と取っていた。
私は誤解を解くべく、弁解するために口を開いた。


「………あれは、不可抗力だったの」
「へぇ。その割には、あんまり抵抗する素振りも見せなかったそうじゃない?…本当は、土方先生と付き合っていて、もうとっくに色々なこと経験してるんじゃないの?土方先生は大人だし…大人の行為だってとっくに済ませてるんでしょ」


その言葉と決め付けるようなその言い方に、私は思わずカチンと来た。
更に追い打ちを掛けるように、沖田は言った。


「そうやって僕の気持ちを弄んでおくなんて、蘭ちゃんって本当に酷いよね」


―――弄ぶ、だなんて。


そんな心にもないことを言われて黙っていられる程、私は大人じゃなかった。


「…何で、アンタにそんなこと言われなきゃならないの?アンタなんかに関係ないじゃない」
「…っ……」
「………私のことに、口出ししないでよ」


私がそう言うと、沖田は明らかに傷付いたような顔をした。それとは反対に、私の顔は思い切り歪められた。


―――何でアンタがそんな顔をするの。


「………もう、いい。蘭ちゃんなんて、知らない。顔も見たくないよ」


静かな声でそう吐き捨てるなり、沖田はさっさと屋上から出て行った。


ズキンッ


―――顔も見たくないよ。


気のせいかもしれないけれど、酷く心が痛んだ。
頭の中で、沖田の最後の言葉が反芻される。


「………訳分かんない」


頬に何かが伝っているのに気が付いた。恐る恐る人差し指でそっとそれに触れてみると、それは数年間流したことも無く、いつの間にか私の目からとめどなく流れていた、涙だった。

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春風