メドゥに頼まれた手伝いを無事に終えた頃には辺りはすっかり暗くなってしまっていた。思ったよりも魔物の数が多かったのと途中で引き受けた箇所の討伐依頼もこなしたからだ。メドゥはこのまま騎空団の人たちの元へ戻るということなので街の入り口にて解散という流れになった。

「アンタをアイツらに紹介しようと思ったんだけど。もう行くの?」
「うん。元々日没に合流だからこれ以上はバアルさんに待たせちゃうし。また今度ね」
「別に気を遣いすぎなくてもいいと思うけど。…ま、じゃあまた連絡するわ。またね、ナマエ。今日はその…ありがと、」

 メドゥはちょっと照れた顔で礼を述べると港の方面へと行ってしまった。魔物討伐の際にいろいろと話すことは出来たが今度はまたゆっくり話す機会をつくれるといいな、と思いながら彼女がいなくなったのを見届けて私も合流場所へと急ぐ。よろず屋さんに言伝を頼んでいたし事情はわかってくれてるといいんだけど。数分もしないうちに辿り着いた待ち合わせ場所にはバアルさんがちゃんといてくれた。

「ごめんなさい!お待たせしました…!」
「…メドゥーサの面倒事を手伝っていたとよろず屋から聞いた」
「久しぶりにメドゥと話せるしいいかなーって思って…。ちゃんと完遂しましたよ!」
「そうか。…食事にするか?」
「はい!」

 バアルさんは待たせてしまったことを咎めることはなかった。きっといきなりのことに驚いたりはしたはずなのにそういうところはとても余裕があるヒトだ。
 だいぶ暴れまわったのもありお腹が空いている私はバアルさんの提案を呑んで近くのレストランへと入ることにした。もうこうして人間達の店に出入りするのにも抵抗はなくなっている。慣れてきたのだなあとしみじみ思うのと同時に依頼を始める前のメドゥの話を思い出してしまう。

「どうした」
「…え?」
「旋律が乱れたように感じた。気落ちしているようにも見えるが」
「よく…解りましたね」
「もうそれなりに共に行動している。能力を使わずともこれくらい、」

 バアルさんはそこまで言葉にするがそれ以上はぴたり、と止めてしまった。そのまま視線を私から手元のメニューに落としてしまう。…どういう意味なのだろうかこう、バアルさんの力を使わなくても読めるくらい単純思考だってことに気付いちゃった、みたいな感じかな。それはそれで複雑なんだけども。言いたくないなら無理に聞き出す必要もないと思い私も同じようにメニューを確認し始める。少しの間だけ沈黙が続いた。

「…何を悩んでいるんだ」
「え、」
「よく解った、と言ったなら俺の問いを肯定したと思ったから訊ねたまでだ」
「……その、変なこと聞いてもいいですか」

 メニューから再びバアルさんの視線があがった。どうやら質問に応えてくれるようだ。上手く言える自信はないがふつふつとうまれていた疑問を口にする。

「私、いつまでバアルさんと一緒にいていいのかな…って思ってて」
「それは俺が決めることではないだろう。お前が一人でも動けると思えたならばそれまで、そうじゃないのか」
「そう、なんです。そうなんですけど…でもそうじゃなくて」
「随分と曖昧だな」

 私が言いたい意図を汲み取れていないのかバアルさんは眉をひそめた。こういう時こそ貴方の力を使ってくれたらいいのに。心を読んで、私が思ってることを見抜いて、そして答えをくれたらどんなに楽だろうか。

「まだしばらく着いていきたいっていったら怒りますか?」
「…俺がお前に怒りを向ける理由がない。そう思うならそうすると言えばいい。お前の意思を俺にみせろ」
「そう…ですか」
「ナマエ」

 メニューを閉じたバアルさんは改めて私に目を向けた。真剣な顔つきで彼は言葉を続ける。

「もう少しお前自身の意思を持て。今のお前は命令を請けて動く兵器ではない。この時代は自身で考えて行動することができる。俺に合わせずとも、」
「…しようとしてるんです!でも、なんか頭の中がぐちゃぐちゃで。バアルさんと一緒にいる理由は自分自身の生活の為だったはずなのに。いつの間にかそれがなくなるのが怖いって思う自分がいて。何で怖いのかはわかんなくて。だんだん自分の中によくわからない感情がうまれてきてて。一緒にいるのが当たり前、なんて思ったらいけないはずなのに……、」

 後半は自分が何を言っているのかもうわからなかった。最近はいつだってそうだ。考えるたびにバアルさんのことを思い浮かべてしまう。あの人ならどうするんだろう、とかあの人に喜んでもらえるかな、とか。どうしてだか彼を優先してしまうことばかり。彼の機嫌を伺ってしまうのも少し癖になってきていた。どうしてこうも自分の中心に彼がきてしまうのか、自分自身でも理解できていなかった。

「…ごめん、なさい。頼りすぎていたのかもしれません」
「ナマエ?おい、どこへ、」

 一人になって解決しない事くらいわかっていたのに私はその場から逃げ出してしまった。引き留めようとするバアルさんの手を振りほどく。初めて彼を拒絶してしまったことに対して心のどこかがちくりと痛んだ気がするが今の私はそれでも一人になることを望んだ。