誘惑の味



 なんとか芥川さんを説得し終え、持ってきたタオルをおでこにのせることにも成功した私は芥川さんが規則正しい寝息を立てているのを確認すると安堵感からか小さく息が出た。
 警戒心は最初こそだいぶ持たれてた(黒いのが飛んでた時は正直殺されるかと思って半泣きになりかけた)が私の話を聞いて少しだけそれを解いてくれたようだ。冷静に物事を判断して身体の調子を戻すことを優先したのもあるとは思うけれど、それでも私としては彼がその選択をしてくれたのがありがたかった。無理をして変なところでまた倒れられてでもしたら寝覚めが悪すぎる。

「(とりあえずご飯、つくってあげようかな)」

 市販の薬が一応家に置いてあったので解熱は其れでなんとかするとしてまずは何かお腹に入れてもらう必要がある。好き嫌いが判らないが卵の雑炊とかならまあ無難だし大丈夫だろう。音を立てないようにゆっくりと立ち上がって私はキッチンへと向かう。ちょうど私もお腹が空いたころだし、出来上がったら一緒にご飯としようかな。



***



「芥川さん、起きれますか?」

 一、二時間程して家事をある程度済ませ、ごはんの支度も終えた私は再び芥川さんの元へ戻った。おそるおそる彼の肩をゆすってみるとうっすらと彼の眼が開く。むくりと起き上がった彼は暫くはぼうっとしていたが意識がようやく覚醒したのか私をちらり、と見る。

「ご飯用意したので食べましょう。お薬は市販のものになりますが食後にでも呑んでくださいね」
「…食事。それはお前の手作りか」
「はい。…あ、毒はないですよ!なんなら目の前で毒見もしましょうか!」
「…いい。いただこう」

 ローテーブルの傍に座布団を敷けば彼はベッドから降りて行儀良く座布団の上に座った。お鍋ごと持ってきた雑炊を器によそって彼の前に置く。お漬物も一応持ってきたけど食べるだろうか。自分の分もよそい終えてから手を合わせて「いただきます」と挨拶をすれば芥川さんも同じように手を合わせた。意外にそういうことちゃんとするんだ。
 口ではああ言ってるがきっと毒の類を疑っているかもしれない、と私はレンゲを手に取り先に雑炊に口を付けた。あったかくやわらかな味が口に広がる。我ながら上手くできたようだ。一口、もう一口と頬張っていると芥川さんも同じように食事を始める。

「ど、どうですか?」
「……美味い」
「! ほんと?良かった。誰かに食べてもらうの初めてだからちょっとドキドキしてました」

 一応味見は作っていた時、そして芥川さんが食べる前にもしたので問題はないと思っていたが彼の口から直接云ってもらえると改めて安心できた。芥川さんは少し早いペースでたいらげていく。お腹空いてたのかな。

「初めて…?」
「はい。そもそも人を家に上げないので…」
「では、人虎や太宰さんにもないのか」
「探偵社の人でもないかも…バレンタインも大体既製品あげちゃうしなあ」

 太宰さんは手作りが欲しいとねだられたが時期的に忙しかったので断ったんだっけ。まあそのうちつくってあげようかな。
 私の返答に芥川さんは数回まばたきをしながらじいっとお茶碗の雑炊を見つめていた。え、何か変なもの入ってたかな。聞こうと思ったが急に食事を再開したので言葉は呑み込まれる。

「やはり美味い」

 綺麗に完食してくれた芥川さんは先ほどよりもちょっとだけ柔らかい表情でお茶碗を私に差し出した。お代わり、ということだろうか。其れを受け取って少量よそって戻せばまた黙々と食べてくれる。その姿はなんだか可愛らしくてこの人が恐れられているポートマフィアの人だなんてこと忘れるくらいだった。


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