どうか鼓動は伝わらないで



「お風呂は流石に入れないから、せめてタオルで拭きましょう」
「…自分でやる」
「もう、病人なんだから大人しく任せてください」

 食事を終えて薬も飲んでもらったので後は寝て英気を養ってもらうことにしたいが、その前に少し汚れた身体を拭いてあげたいと思い大きめの桶にお湯をはってタオルと一緒に持ってきてそれを提案をした。
 芥川さんはむっとした表情でにじり寄る私を睨みつけている。うう、流石ポートマフィア。ひと睨みが滅茶苦茶怖い。しかし此処で退きさがるわけにもいかない。

「ベッドに潜るのは綺麗にしてからです」
「ならば床で寝る」
「もー!実力行使!」
「…ほう」

 タオルを片手に彼の外套に手をかけようとするがあっという間に身体を床に押さえつけられてしまう。私の身体に馬乗り状態の芥川さんが「僕に勝てる訳がない」と自信たっぷりに言い放つ。さっきふらふらしてたから行けると思ったのになあ。

「ゆ、床で寝るのは駄目ですから。病人なんだし絶対ベッドで寝てもらいます。身体も絶対拭いてもらいます」
「…強情な女だな、お前は。此の状況でもそのような口ぶりが出来るのか」

 芥川さんはいつだって私をどうにでもできる状態だ。私の異能力はサポート系だから戦闘系の能力を持つ彼に敵いっこない。ここから抜け出すのはほぼ無理に等しいのが現状だ。でも唇を噛みながらも私は彼をしっかりと見据えた。意思を変えるつもりはない、其れを伝えるためだ。
 私の眼を見た芥川さんは小さく息を吐いた。「貸せ」と言ってるくせに既に私の手からタオルを抜き取る。馬乗りを辞めたと思えば少し離れて彼は自身の外套に手をかけた。

「…お前には男の裸体を凝視する趣味でもあるのか」
「え!!いや!!ないです!!またあとで来るから!!拭いといてくださいね!!」

 外套を脱ぎながらちら、と芥川さんの視線が私に向けられる。床に倒れたままの私だったが芥川さんの言葉の意味をようやく呑み込んで理解して、慌てて起き上がって退散する。テーブルにぬるま湯を張った桶があるので使ってほしいということをどうにか伝えてから私は熱くなる顔をなんとか落ち着けるために深呼吸をしながら寝室を出た。
 思えば私、男の芥川さんの身体を拭こうとしてたのか。とんだ変態みたいじゃないか…。扉を閉めて居間で頬を軽く叩きながら数分前の自分自身の問題発言にひどく後悔するのだった。

 室内で芥川さんがそんな私の慌てっぷりを見て薄く笑っていたのを私は知らない。


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