暗闇に光る貴方の瞳



 持ち帰ってまとめようとしていた資料を片付けて大きく伸びをする。時刻は22時を過ぎるくらいになっていた。そろそろ芥川さんの額のタオルを取り替えてもいい頃合いだ。私は作業をしていた居間から静かに寝室にしている部屋に顔を出す。
 部屋の明かりは一段階だけ落とされている。真っ暗にすると私が入って来た時に困ると思っての芥川さんなりの配慮だろう。ベッドでは薬の副作用もあってか静かに横たわる芥川さんの姿があった。外套は綺麗に最初にかけていたハンガーに戻されているのも確認できる。

「処でお前は何処で寝るつもりだ」
「わ、起きてたんですか」

 額のタオルをそっととるとぱちり、とその目が開いて私を捉えた。驚いてタオルを落としそうになったがなんとか掴む。タオルは彼の体温で少しぬるくなっていた。
 彼の問いに対して私はゆっくりと立ち上がると押し入れから一組布団を取り出した。何かあった時に、と思って一応購入しておいたものだ。使うことなんてほぼなかったがまさか使う日が来ることになるとは。見えるかわからないけど芥川さんに「此れがあるから大丈夫ですよ」と伝えれば芥川さんは小さく咳込みながらも「そうか」と少し安堵を含んだ声で返してくれる。寝るところがあるか心配してくれたのだろうか。

「なんていうか、思ってた感じと違うんですね」
「…どういう意味だ、其れは」
「ええと。まあそのままの意味ではあるんですけど。でも部屋に入れたのが貴方で良かったなって意味で取ってくれるといいかな」

 義理や温情が全く無い人間であれば一時休戦とあれど口封じと云って私の事を消していたかもしれない。理由を後からつけるのなんて簡単だ。けれど芥川さんはそんなことをしなかった。ちゃんと私の事情を聞いて、信じてくれた。(完全ではないとは思うが)
 戦いからでは絶対に解らない一面だ。其れを知れたのはある意味良かったのかもしれない。そんな風に考える自分がいた。

「…お前の掲げる”善い”の基準が僕にはよく解らぬ」
「解らなくてもいいですよ。少なくとも貴方は私にとって善い人っていう認識は変わらないので」

 テーブルを挟んで反対側に布団を敷いた。お風呂に入って寝る支度をするまではまだかかりそうだがとりあえず準備だけはしてしまう。掛布団を広げて枕を置けばあっという間にできあがった。

「苗字名前」
「…はい、なんでしょうか」
「此の借りは必ず返す」

 芥川さんは其れだけいうと何も言わなくなってしまった。眠りについてしまったのだろう。借りだなんてポートマフィアの人ならそんなもの律儀に返そうとしなくてもいいのに。そういうところが善い人、と私が思ってしまうというのを彼は解っていないのだろう。


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