雨の日と彼

 帰宅しようとすると、雨が強まっていた。今日は雨だとわかっていたから幸い折り畳み傘を持っている。

「閣下! 雨も強くなってきましたし、車を用意致しました!」

「ありがとう、茨」

 エレベーターから降りてエントランスへ向かうと、傘を持った彼女が外の様子を伺いながら待っていた。手には傘がある。

「おや? 彼女は今日休みのはずでは……」
「茨」
「アイアイ! 何でしょうか?」
「車、出さなくても良い」
「え? 閣下!」

 茨には申し訳ないけど、彼女が迎えにきてくれたことに喜びを感じて思わず走り出す。

「あ、凪砂くん! 雨だから迎えに来――」

 嬉しさのあまり抱きしめ、君が発する言葉を遮る。

「な、凪砂くん? ……離して?」
「……嫌」
「こんな所で抱きしめないの!」
「来てくれたんだね、ありがとう」
「今日、雨だって伝えなかったから傘持っていかなかったかなと思って」

 せっかく来てくれた君に対して持っていた、なんて言えずに嘘をつく。そんな時、彼女が傘を一本しかもっていないことに気づく。その意味をすぐに理解できた。

 以前『相合い傘』というものがあることを何かの本で読んでいたことがある。これは君なりの甘えなのかもしれない。そう思うと笑みが溢れる。

「もう、聞いてるの?」
「ふふ」

 君は私に新しい感情を芽生えさせる。君といると本当に飽きないな。怒っているように見えて照れている、抵抗してるように見えて優しく撫でてくれている。

 君の言動一つひとつが私にとっては真新しく、全てが愛しくて堪らない。

「……えー、そこのお二方? 公共の場でそのような行動は控えていただきたいのですが」
「ごめんね! ほら凪砂くん離れて!」
「……疲れたから、君に癒されたくて」
「そっか。お疲れ様……じゃなくて! 外でくっついたらダメ!」

「照れてる?」
「照れてないよ」
「ふふ、照れているね」
「……疲れてるでしょう? 早く帰ろう」
「うん」

 耳まで真っ赤な君は私の手を取って歩き出す。君の手は冷たく、長い間待っていたのかもしれない。

 私の手を取って「凪砂くんの手、暖かいね」と微笑む君。その笑顔を見るだけで疲れが徐々に薄れていく。

「私が傘を持つから、君は私に寄りかかっていて」

 小さく頷く彼女の顔は林檎のように赤く染まっていた。その表情でさえ、私に向けたものなのだから愛おしい。

 いつから待っていたのだろう、待っている間何を考えていたのだろう。早く君から聞きたい。

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