苦くて甘いキス
私が普段お気に入りで使っているリップは色が落ちやすい。発色が良く、程よいマット感で気に入っているが、落ちやすいのだけが難点だ。
ストローで飲み物を飲んでいるだけでも落ちてしまう。
「あ、やっぱり落ちてる」
小さな鏡で確認しながらそう言ってリップを鞄の中から取り出すと、隣に座っていた彼から視線を感じた。構わず鏡に目を向けて塗り直すと、私の方を見つめているようだった。
黙っている彼を不思議に思って「ん?」と首を傾げると、彼の右手が頬に触れた。それと同時に彼の顔も近づき、気がつけば彼の唇の感触があった。
キスをされている、ということに気づいた頃にはもう遅かった。離れようとすればするほど追いかけてきて、彼の唇は私のそれと柔らかく絡みついた。
満足したのか、離れた彼は息を漏らし目の色を変えていた。彼の唇には私の赤いリップが移っていて、刺激的なほどの色気を放っていた。そんな彼が私を見下しながらペロリと舌でそれを舐める。その仕草があまりに妖艶で、早く鼓動を打つ心臓の音が鳴り響いて騒がしかった。
「……苦いね。でも」
私の乱れた髪を耳にかけると再びちゅっと口付けられる。
「君とのキスは甘い」
そう言って微笑む彼に驚きを隠せず固まる。そんな言葉どこで覚えてきたのか、恐らく無意識に出ているのだろう。
「凪砂く、んぅ……」
親指で唇を塞がれたかと思えば、「とれちゃったね」と言って撫でていた。決して残念がるような態度ではなく、「どうする?」と口角を上げたずるい表情だ。
「もう一回。塗らなきゃ、だね」
「……私が塗ってあげる」
私が手に持っていたリップを見て、「それ」と指さした。ありがとう、と差し出せば、目を伏せて嬉しそうに手にとっていた。
「目、瞑って」
彼の指示に従って瞼を閉じると、顎に手を添えられてリップを丁寧に塗られた。
「うん。綺麗だ」
「ありがとう」
「でも、残念。キスをしたらとれてしまうんだね」
「そう、だね……」
先程の表情を思い出し火照る顔は収まらなかった。彼の触れる部分に急激に熱が集まる。
「そのかわり、家にいる時はいつでもできるから。安心して」
彼の魔性のような笑みには不思議な魅力が詰まっていて、私の心は溶けそうだった。彼の瞳に吸い込まれそうで、見つめてしまう。
「……その顔。期待している?」」
ハッと我に返り顔を背けると、彼の楽しそうな笑い声が聞こえた。余裕な表情に口を噤んで睨んでも彼には逆効果だ。
「ふふ、可愛い」
彼の微笑みを見るだけで私の胸は熱くて蕩けそうで、彼との激しいキスを想像しては心臓が破裂しそうだった。