一滴の花


 ドーン。ドーン。


「あ、今日花火大会なのかな」
「……花火?」
「うん。今日電車で浴衣を着てるひとたちがいたからそうかなって思ってたの。花火大会だったからなのかぁ」 


 帰宅中の電車がいつもより賑わっていると思ったら、団扇を持っている人や浴衣を着ている人が多くいて何かお祭りでもあるのかなと思っていたが、花火大会だったのかと納得する。

「……どうして浴衣を着るの?」
「涼しいしそれに可愛いからね」
「君は着ないの?」
「うぅん。着る機会がないから。学生の頃とかはよく着てたんだけど」


 昔を懐かしみながら何気なく言ったその一言に彼の眉がピクリと反応するのを私は気づかない。

 最後に花火大会に行ったのはいつだっただろうか。と、呑気に思い返していると、彼の声が近くに聞こえた。 


「ねえ」
「うわっ、びっくりした」


 先ほどまでソファに座っていた彼が突然目の前に現れた。いつの間にか立ち上がっていたらしい。
 驚く私を他所に彼が言葉を続けた。


「着たことあるんだね」
「う、うん? 浴衣のこと? あるよ。大体の女の子は着たことあるんじゃないかな」
「……見たいな」


 ぽつりと独り言のように溢した彼の表情からは寂しさが垣間見えた。彼の言葉を叶えてあげたいという気持ちもあるが大変悩ましい。


「ん〜〜。でも二人で人混みが多い花火大会に行くわけにはいかないし、かといってお祭りも同じようなものだし……」


 花火大会もお祭りも連れて行ってあげたい。でもそれは私がしてあげられることではないから複雑だ。メンバーや友人と行くならまだしも、彼女と二人きりで行くのはアイドルとしていかがなものかと思う。

 だからといって家で何もないのに着るのも気恥ずかしさが勝ちそうで躊躇う。だったら、やっぱり着てもおかしくない所へ――。すると、ふといいことを思いついた。


「あ、そうだ。凪砂くん、手持ちの花火したことある?」


 私の問いかけに首を横に振る。花火自体は以前お仕事で花火イベントがあったから観たことはあると思うが、手持ち花火をする経験はなかったのではないか。

 やってみようと思ったのはいいものの、どこでしようかと悩んでいると、ふとある人物の顔が浮かび上がった。ESに行く予定がちょうどあるため声をかけてみようと思った。


 ♢


『今日の夜、**ビルの屋上に来て』


 七種くんに相談したところ、いい場所を貸し切ってくれると提案してくれて、無事に彼を招くことに成功した。ビルまで車を手配してくれて頭が上がらない。

 バケツと花火を用意して、彼の到着を待つ。

 彼の反応が楽しみでそわそわとしてしまう。彼が見たいと言ってくれた浴衣を着て髪もアップにしたから。彼の表情を思い浮かべては頬の緩みを抑えられなかった。

 すると、ギィッとドアが開く音がして、彼が現れた。


「……遅くなってごめんね。撮影が長引いて――」
「お疲れ様。どう?」


 ひらひらと袖を漂わせて浴衣を見せると硬直した姿の彼がじっと私の姿を見つめていた。

 目を見開いたまま何も言葉を発さない彼が可愛くて思わず笑ってしまう。


「浴衣着てみました。どうですか?」
「……とても素敵。です」
「ふふ、お互い敬語って変な感じ」


 彼の敬語に馴染みがないので少し可笑しく感じるが、私が敬語を使ったのと同様、少しだけ緊張しているんだと思うとくすぐったいような、嬉しいような感覚になる。

 入り口近くに立ち止まる彼の表情を見逃したくなくて、後ろ歩きで手を引きながら少しずつ移動した。凪砂くんに花火をお披露目する時だ。


「今日は手持ち花火をしようと思って。花火大会はさすがに難しいから、これだったらできるでしょう?」


 テーブルに置かれた手持ち花火の入った袋を嬉しそうに持ち上げると、初めて実物を手に取ったようで、幼い子どものように瞳がキラキラとしていた。


「……ありがとう。嬉しいよ」
「いいえ。私も久しぶりにしたかったから嬉しい」


 小さいパックを購入したが、二人で開けてみると意外と中に入っていたようで様々な種類の花火が含まれていた。

 テーブルにそれらを広げると、彼がひとつひとつを手に取って「これは何?」と確認していた。私も説明できるのもあれば予想もできない形も入っているのでいつまでも終わらない花火の観察が可笑しくて笑いながら「やってみないとわからないかも」と言っていた。


「蝋燭なんて久しぶりに使うよ」
「これは?」
「実家にあったのを持ってきたの。この方が風情があるでしょ?」


 と、微笑むと静かにコクリと頷いていた。

 多種多様な花火に火をつけるたびに驚きながら、時には笑い合いながら楽しく花火を楽しんだ。



「最後はやっぱりこれ!」
「……細いね」


 不安げな表情で細くて小さい線香花火をじっと見つめる。


「ちょっと物足りない?」
「……うん。でもこの中で一番小さくて細いからどんな花火なのか気になっていたよ」
「これはねすっごく綺麗なんだよ。でも、難しい」
「難しい?」


 蝋燭に線香花火を近づけると、先程の花火の勢いが感じられず心配になったのか、私の目を見て眉尻を下げていた。困った顔が可愛くて私も火をつけて一緒に始めた。


「小さい玉なんだけど、少し経つとこうやって――」
「……あ」


 パチッパチッと小さな音を立てて花のように咲く火が現れ、彼も思わず息を呑んでいた。


「あっ」
「あ」


 ここからだというタイミングで彼の花火はポトッと落ちてしまい、彼の視線も共に落ちた。

 シュンという擬音語が聞こえるほどに眉尻を下げている彼が愛しくて何度も渡したくなる。

 私の線香花火がしばらくついたままなのを見て羨ましそうに、そして尊敬の眼差しで私を見る。こんなことあまりない光景だから少しだけ嬉しい。


「まだまだあるよ。初めてだと難しいよね」
「……もう少し優しくするべき?」
「そうだね。あまり動かさないのがコツかも」


 何度もポトッとすぐに落としてしまってはもう一度火をつける。何でもできる彼が珍しいが、力が強いためうまくコントロールができないのだろう。

 そう思っていた矢先、線香花火の性質を理解したのか、火をつけて極力動かさずに持てるようになっていた。もう片方の手は風を避けるために花火を覆うようにしている。

 大きい彼が小さく丸まって小さい花火を持っている様子が可愛らしくてふふっと笑みが溢れる。


「……綺麗だね」
「うん」


 音を立てながら細かい熱を放つ花火が二人の間の静寂を埋める。

「学生の頃、友達とか親戚の子とかと一緒にしたことはあったかな」
「……そう」


 幼少期を複雑な環境で育った彼に私の幼少期の楽しい思い出を話すのは少しだけ心が痛む。その時に出会っていればと生意気にも思うが、それでも今こうして一緒に花火をできているだけで嬉しい。


「でも、こうして好きなひととしたのは初めて」


 ふふっと笑うと彼も優しく目を細めた。


「凪砂くんの初めての経験をくれてありがとう。『初めて』っていう意味では一緒だね」
「……うん。君の初めてを貰えるのがこんなに嬉しいだなんて」


 また来年もしようねと約束をして最後のニ本に手を伸ばした。最後の最後までパチパチと音を立てる線香花火を眺めながら、暗い空間に健気に光る一滴の花にうっとりと夢中になっていた。
 

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