「醜い」なんて言わないで 09
そんな呑気なことを考えていた罰が当たったのだろう。私は再びあの悩みに大きく直面することとなる。
緊急で運ばれてきた複数の隊士。今までの重傷者とは比にならないほどの深手を負っていた。歩くことはおろか口を開くこともできないほどだった。突如、最下級大虚が現れたとその場に居合わせていた隊士が言う。
私はこれほどまでの致命傷を治療したことがない。私一人の霊力では厳しいことが明らかだったため、周りに呼びかけ複数の隊士でその負傷者の回復に努めることとなった。
幾分か回復したと思えば霊力の底が尽きる感覚。あの時と同じだ。
この負傷者の命運は私の手に掛かっているという考えがよぎってしまうとどうしても激しい焦燥に駆られてしまった。額から滲み出て首元に流れ落ちる汗も今はどうでもよかった。
「落ち着きなさい」
背後から現れた隊長に手を添えられ止まるよう促された。勢いよく振り返り、隊長の顔を見ると目の奥は冷ややかさを含んでいた。そこからいつもの笑顔は表れていないことが瞬時にわかった。明らかに叱っている表情だ。
「今の貴方は、他のどんな隊士よりも劣っていますよ。霊力が乱れすぎています。後は私がやりますから」
「……はい……すみません」
他の隊士も私と同様に焦りを隠せずにいたが、それでも一定の霊力を保ったままだった。こんなにも霊力からして焦りを醸し出していたのは私だけだった。悔しかった。今の私ではダメだとわかっていたではないか。もっと霊力を高めたいと考えていたではないか。何も行動しなかった自分が恨めしい。
冷静になるよう隊長から言われ部屋を閉め出され、頭を冷やそうと外へ向かった。先ほどまで治療していた手を見ると小刻みに震えていた。その震えを抑えようと手を握っても収まることは知らなかった。重たい頭で廊下をとぼとぼと歩いていると大きな影が私の前に現れた。
「ねえ」
その言葉も耳に入らず人影を避けて隊舎から出ようとした。すると、その人が私の腕を引っ張り呼び止めた。
「ねえ、君に話しかけているんだよ」
「あっはい! 何でしょうか」
話しかけられていたことにようやく気付いた私は反射的に顔を上げた。その声の主はここにいるはずのない綾瀬川五席だった。彼を見ると明らかに機嫌の悪そうな表情を浮かべていた。彼はそのまま腕を離さず私の顔へと近づいた。
「……その醜い顏、どうにかならないのかい」
嫌悪感を隠し切れずにそう言い放った彼はいつもの綺麗な顔でそれでいていつもとは異なる険しい表情をしていた。その言葉に私の鼓動はうるさいほど早くなっていた。それはいつもとは明らかに違う、怯えからだった。
今はどん底にいるような感覚の真っ最中。彼のことは好きだ。それでもこんなに最悪の気分の中で不愉快そうな顔の彼にそんなことを言われてしまっては喜びなど微塵も感じることができなかった。怒りと悲しみが入り混じって複雑な心境だ。胸に突き刺さった言葉は今の私にとっては深い衝撃だった。大きな粒がこぼれないよう必死にこらえる。
「イライラするよ、その顔を見ていると。どうしてそんなに醜い顔しているのか僕には理解できないね。そんなに――」
長々と並べられる彼の言葉が私の心に重くのしかかった。あんなにも嬉しかったその言葉を聞いても辛いだけだった。途中から彼の言葉は耳から入ってはすぐにすり抜けていった。視線を落として彼の顔を見ないようにした。今彼を見たら涙が止まらなくなるだろう。歯を食いしばって何か言わなくてはと考え言葉を振り絞る。
「……ごめんなさい、あなたの前にはもう現れないようにします、ので」
掴まれた腕を離して彼の言葉に聞く耳を持たずにその場を逃げるように後にした。
泣かずに最後まで言えただろうか。いや、涙は落ちていただろう。泣いた私を面倒くさい女だと思っただろうか。あんなに憎しみを帯びた表情で言われたんだ、嫌われたに違いない。そんな考えがぐちゃぐちゃに交錯する。そう考えると私はなんて惨めなんだと涙が溢れて止まらなかった。
ここで彼との不思議で甘酸っぱい関係ももう終わりだと悟った。