「醜い」なんて言わないで 08
次の日、あの気まずい雰囲気のまま再び会話する。怪我をしたわけではないが、たまたま四番隊舎に用があったらしい。
その日私は倉庫で複数の隊士たちと物資の整理をしていた。処分するものを外へと運び、一息ついていたところで縁側の方をふと見やると彼がいた。一瞬見間違いだと思ったが、私が彼を見間違うはずはない。強い霊圧もそうだが、彼の美しさは紛うことなき綾瀬川五席だった。
彼が歩くたびに心地よい風が肌をかすめ、彼が近づいていることで木々はざわめいていた。
「やあ」
「こ、こんにちは……!」
私は勢いよくお辞儀をした。「醜い」と言われた昨日の今日でどんな顔をすれば良いのかわからない。一緒にいた隊士たちも挨拶をしていたが、なぜ彼がここにいるのか不思議そうだった。彼は昨日のように私の顔を観察してはまたあの言葉を呟く。
「……やっぱり。醜いね」
彼が放った驚くべき言葉に周囲の隊士はどよめく。しかし、その言葉の意味とは裏腹に、彼はどこか優しい表情をしていた。それは昨日もそうだった。不躾な言い草ではあるが、彼の言葉に悪気はなかったことが一番引っかかっていた。もしかすると彼は思ったことをすぐに口に出してしまう嘘をつけない性格なのかもしれない。
そう考えると彼のことを少しでも知ることができて嬉しい気持ちがあった。私はどうやらその嬉しさに動かされて反射的に微笑んでいたらしい。
「へえ。そういう顔もできるんじゃないか」
なぜか満足そうに微笑んだ彼は、いつも以上に輝いていて眩しい。それだけ言って去っていく彼の背中をただ見つめることしかできなかった。それにしても気のせいかな、迷わず私の方に歩み寄ってくれた気がする。気のせいか。
そんなことを考えながら隊舎に入ると、廊下で先輩が私に声をかけた。
「あ、ミョウジさん。綾瀬川第五席と会えた?」
「え、はい。先ほど会いましたけど……?」
「いや、さっきミョウジさんの居場所を他の隊士に聞いていたから今は倉庫にいますと教えたんだよね。結構探していたみたいで」
話を聞くところ、わざわざ私を探して話かけてくれたようだった。偶然だと思っていたが必然的に会えたらしい。「何かあったの?」と聞かれても私にも彼が何をしに来たのかわからない。
「いえ、特に何も……」
心臓はしばらくの間私の中で大きな音を立てて響いていた。我ながら能天気だと思う。普通「醜い」などという言葉をかけられたら、怒るか悲しむかはするだろう。それでも、私を探して話しかけてくれた事実があまりにも嬉しかった。
その後、倉庫で綾瀬川五席とのやりとりを見た隊士たちを筆頭に、昨日と今日の出来事は瞬く間に四番隊の女性隊士たちの間に広がった。
悪口としか思えない言葉を投げかけられた私の心配をしてくれたのか誰もその話題に触れることはなかった。触らぬ神に祟りなしだ。死神だけれども。
周囲からは腫物扱いをされていたが、やはり私は彼からの言葉に傷ついてはいなかった。むしろ彼から「醜い」と言われるのが楽しみになっていた。彼がそれを言う時には優しい雰囲気を感じていたからだ。
彼と会うたびに自らの悩みを思い出しては忘れていた。こんなにも変動の激しい感情を抱いていて我ながら滑稽だとは思うが、彼の満たされてた様子を見ると救われたような喜びを抱くことができた。始まりこそ気まずい空気が漂っていたが、その回数を重ねていくうちに彼と話すことに慣れていった。
「本当に醜いね」
「……ふふっ」
何度目の時だったかは数えていなかったが、頑なに「醜い」と伝えてくる彼が可愛らしくて思わず笑いがこぼれた。上の立場の人に、しかも男性に対して『可愛らしい』などと表現するのは失礼にあたるかもしれないが、それでもそんな彼がとても愛らしかった。思わず吹き出してしまった私の笑顔が気に入ったのか、それ以来言われる頻度も増えた気がする。
特にこれといった逢瀬はしないが、見かけたら私から挨拶をして、彼に「醜い」と言われる。四番隊舎に訪れた彼も私の元に来ては「醜い」と言って、私は笑って挨拶で返す。そんな友人とも言い難い不思議な関係を着実に築いていた。あえて言い表すとすれば私たちの関係は普通だ。可もなく不可もなく、平々凡々。でもそんな関係が私にとっては心地よかった。彼の友人になっても何もしてあげることはできないと思っていたから。この微妙な距離感がありがたかった。
私の何が醜いのか、それはここまで言われては私の顔だということはわかりきっていたが、それについては深く考えなかった。醜い容姿だと彼に思われている事実はさすがに堪えるからだ。ただ、彼が私に醜いと言って満足するのであればそれだけで良かった。
「今日も醜いんだね?」
「そうなんです。今日も相変わらずですよ」
「は、君も言うようになったじゃないか」
初期の頃からは考えられない、和やかな空気がお互いを行きかっていた。こんな風に談笑している様は第三者からしたら奇妙で仕方ないだろう。
何はともあれ、この彼との安定した関係を続けられている充実感に満たされていた。彼に好意を抱かれているという自惚れではないが、少なくとも嫌悪感はないのが伝わって嬉しかった。このやり取りもしばらく続いているが、心なしか彼の表情も初めの頃よりかなり柔らかくなったと思う。これは決して自惚れではなく事実だ、そう思いたい。