「醜い」なんて言わないで 10

 
「ちょっと、ナマエ珍しいね? いつもはあまり飲まないのに」
「そんなに飲んで大丈夫……?」
「いいのいいの! さ、飲もう」

 その日の夜、この行き所のない気持ちをどうにか紛らわせたかった私は同期たちを捕まえて酒屋へと訪れた。私からお酒を誘うことがよほど珍しいのか、困惑していたが、いつもと明らかに様子の違う私を見ると快く着いてきてくれた。やけ酒など柄にもないが、それでも何か気を紛らわせるものが欲しかった。

「……ねえ、ナマエ。いつでも話聞くからね。あんたは周りを見てよく動いているけど、たまには頼むこともするんだよ」
「うん……」
「今はとりあえず飲も!」

 空元気な私を心配していたのか、優しい表情で私を見る彼女たちに胸が熱くなった。今はその優しさが疲弊した心に染みわたる。嬉しさからグイッと飲んだ。私はそこから段々と酔いが回った。彼女たちと話しているといつも一緒にいたこと、共に高め合ったことを鮮明に思い出す。昔はよく彼女たちとお泊りをして夜通し語り合ったなと追憶にふけってしまう。
 気の置けない仲である彼女たちになら、綾瀬川五席とのことを話してもいいと思った。もう一度お酒を一口飲んでお酒の力を借りた。

「実は――」
 
 先ほどまで理由を言わなかった私を待ってくれていたのか、重たい口を開こうとすると彼女たちは今から言うことに注目していた。

「失恋、したの……」
 
 どう伝えればいいのかわからなかったが、失恋した、と言っても過言ではないだろう。「だから――」と続けようとしたところでその言葉はいつの間にか泣きそうになっていた彼女たちに遮られてしまった。
 
「それ以上はもう言わなくていいよ! 今日はとにかく飲もう」
「辛かったねぇ……!」
「ナマエには私たちがいるから!」

 わあわあ泣きじゃくる彼女たちに、どうして私よりも泣いてるのと笑いが漏れてしまう。皆お酒が十分に回っていたのか変な調子になっていたのだろう。それでも泣きながら抱きしめてくる彼女たちの優しさが胸に響いた。こんなにも私のために泣いて気に病んでくれる味方がいることを実感して、先ほどまで感じていた疼くような悲しさは心なしか薄れたようだった。

 決して短くない人生をここで送っている私はこんなにも心が躍る感覚は初めてだった。彼に憧れて、想い焦がれて。そしてその憧れの彼が私に手を振って話しかけてくれた。私はそんな夢のような時間を過ごすことができただけで幸せだった。この幸運はもしかすると今まで彼に近づかなかったおかげかもしれないと思った。彼に出会ってからは毎日が新鮮で楽しかった。代り映えしない日常が彼という存在がいるだけで違って見えた。
 彼との関係はおろか盗み見ることさえも今後はできないと思うと涙が溢れて止まらなかった。そんな私の様子を心配してくれた彼女たちは最後まで付き合ってくれた。
 
 
 
 少しだけ休んで酔いが冷めつつあった私は彼女たちに別れを告げて帰った。途中、同じく飲んでいたのか、別の店から出てきた斑目三席と偶然会った。
 
「あ、お疲れ様です!」
「おう。……残念だったな、今は弓親いねえんだ」
「え! あ、いやそんなことは」
「冗談だよ」
 
 楽しそうに笑う斑目三席に、私はそんな表情をしていたのかと真っ赤になって俯く。しかし昨日のことを思い出しては目頭が熱くなる。酔いが思った以上に回っているらしい。
 
「……お前らを見てるとイライラするんだよな」
 
 イライラする、というのはどういう意味を含んでいるのかわからない。
 思えば、私はいつも綾瀬川五席のことばかり見ていて、斑目三席のひととなりがどのようなものなのかをよく知らない。ぐるぐると考え込む私にしびれを切らした彼が「すまねえ、嫌な言い方だったな」と謝罪の言葉を添えてきた。他の隊とは言えど上司にあたる方に謝らせるなどあってはいけない。
 
「そ、そんな! 謝らないでください。こんな下っ端に」
「あ? 立場とか今は関係ねえだろ。悪いことしたんだから謝るんだよ」
 
 その言葉に感銘を受けた。十一番隊だからという偏見で彼を見ていたかもしれない。私の想像するより彼はとても誠実で真っ直ぐな人だった。
 彼らは荒くれものの十一番隊である前に『更木隊』と言われるほど更木隊長に忠実な、仁義を果たすような素敵な人たちの集まりだと、今さらながらに気づく。どうやら私は彼らのことを少し誤解していたのかもしれない。
 すみません、と謝ると今度は「今はお前が謝るところじゃねぇだろ」と微笑みながら言ってくれた。そんな優しい表情に胸をなでおろす。一呼吸置いた彼が「俺が言うことじゃねえけどよ」と真剣な面持ちで続ける。
 
「……弓親は、醜いって思っているヤツをあんなまじまじと見ねぇよ」
「え……?」
 
 イライラするのは私と綾瀬川五席の関係にヤキモキしているということなのか。私にもわからないこの不思議な関係は、斑目三席にとってはもどかしいのかもしれない。
 綾瀬川五席はいつも私に醜いと言ってきた。昨日もそうだ。それはつまり、彼にとって私の容姿が醜いということだと思っていた。それでも、いつも側にいる彼が言うんだから間違いない。
 つまり、私のことを本心から醜いと言っていないということ?

「……まぁ、詳しい話は弓親としてくれ。それじゃあな」
「あ、はい。ありがとう、ございました……」
 
 何も言えず立ち尽くす私に、ばつが悪そうに言った。
 斑目三席が言ったことは何を意味するのか、私はそこまで鈍感ではない。少なくとも彼、綾瀬川五席は私に対して嫌悪感を抱いているわけではないということがわかった。そうなると昨日のことについて斑目三席が言うように尋ねた方が良いかもしれない。私も逃げるように飛び出したのでしっかりと話そう。その上でしっかりとした理由があるのなら、それはそれでいい。
 
 彼が去った後も彼の背中を見届けることしかできなかった私は、酔いで火照った体に当たる夜風で震え上がっていた。それでもその震えは不思議と嫌なものではなかった。
 
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