「醜い」なんて言わないで 12
「君のその表情だよ。その、弱々しく何かに怯えている表情。見ていると不愉快なんだ」
私のこの不安げにしている表情が原因だったようだ。確かに昨日の私は切羽詰まっていたかもしれない。あんな顔を見たら不愉快に感じるかもしれない。
「……昨日だけじゃない。前からだよその醜い顔。何か心配事でもあったのかい?」
昨日だけじゃない。それはもっと前からだということだ。優しく慈しむような瞳で私に問いかける彼を見ると苦しさと愛しさで胸が締めつけられる。
「まあ、あまり親しい仲ではない僕が聞いても教えてくれるとは思えないけどね。君がそんな表情をしていると僕までもやもやするんだよ」
「そんなこと――」
「ねえ」
彼が私の言葉を遮り、一歩近づいて私の目をじっと見つめる。もう彼の顔はすぐそこにある。呼吸をしたら彼にかかってしまうほど。そう考えると呼吸を止めていた。
「本当の君を、見せて」
「本当の、私」
「ああ」
目を伏せた彼が私に呼吸を促すように顎に手を添えて親指の腹で唇に触れた。彼のその行動は私の呼吸をさらに止める。
「呼吸しなよ」
その言葉にはっと息を吐いて吸う。
「あの、私、弓親五席にそこまで 見られるほど関わったことがないと思うんですが」
「覚えているよ。負傷した時に、君が必死に僕の傷を治そうとしていたこと」
あの日のこと、やはり覚えていたらしい。覚えていてくれたことが嬉しくて頬に熱が集まる。すぐに彼が言葉を続ける。
「でも、もっと前から君のことを見ていたよ」
「そうなんですね……え?」
もっと前から? それはいつからの事なんだろうか。彼からの衝撃的な事実に頭はぐるぐると回る。
「はぁ。やっぱり、知らなかったんだね? あんなに見られていて僕が気づかないとでも思っていたのかい?」
「ごめんなさい……いつから気づいていたんですか?」
いつも通りの得意げな顔で続けた。
「ずっとさ。一角と四番隊舎へ行った時に君をよく見かけていた。あまりにこちらを見るものだから、最初は『僕って本当に美しいんだな、やはり美しいのは罪』なんて思っていたけれど。君からの熱烈な視線は、単なる美しいものを愛でるそれとは違うように思えた。
君、あんなに見てくるのに話しかけてこないし関わろうともしなかっただろ? あれ結構腹立たしいんだよ。というか、もどかしすぎる。でも、そんな頑固な君が気になって仕方なかった。無視すればいいだけのことなのに」
私は驚きのあまり、彼がつらつらと続ける言葉にただただ耳を傾けることしかできなかった。彼はそこまで私のことをわかっていたのか。
「君の様子を伺っていくうちに、真面目に働く子だってことを知った。莫迦みたいに一生懸命だけどいつもニコニコ笑っている。あんなに面倒な十一番隊のヤツら相手でもね」
「でも、目が合ったことなんて、一度も」
「言っただろう? 君の視線には気づいていたからあえて逸らしていたんだよ」
あえて逸らしていた。つまり私が見ていない時は私を見てくれていたということ。全く気づかなかった。仕事をしている時は夢中だから。
ここで新たな疑問が生まれる。あえて逸らしていたのにどうして次第にいきなり目が合うようになって、私に手を振り話しかけてくれたのか。
「逸らしていたのに、私と目を合わせるようになったのはなぜですか?」
「君に近づきたいと思ったから」
直球な言葉に口をパクパクとして何も返せない。私に近づきたいと思ってくれていた。予想外の言葉に私の心の中では喜びが激しく波打つ。
「……でも最近、君の笑顔が無理やり作られているように見えた。以前までは楽しそうに任務をこなす子だなと思って君を見るのが楽しみになっていたのにね」
そんなに前から気づかれていたなんて。その作り笑いは隊長に霊力の心配をしていることについて諭された頃からだろう。先程まで感じていた恥ずかしさなどとうになくなり、今では嬉しさが込み上げてきた。
「君と初めて直接話した日。覚えてるかい?」
「もちろん、十一番隊舎で偶然会って——」
そうだ。十一番隊舎に物資を届けた帰り、彼に挨拶をして笑顔で返してくれた。それを覚えていてくれていたんだ。あの優しさのこもった微笑みは気にせいじゃなかったんだ。
「あんなに僕がキラキラした顔で返したっていうのに逃げるように帰っただろう。しかも目が合っても話しかけてこないから、君に意地悪をしたくなった」
「ごめんなさい。特に関係のない私が弓親五席に話しかけて良いような立場じゃないと思って……」
「僕はずっと待っていたよ。それでも頑なに話しかけてこないから、次挨拶をしてきたときには話しかけようと思った。そんな時に君が僕を見て不安そうな顔をするから。僕は君のそんな顔を近くで見たかったわけじゃない。だから言ったのさ。
でもなぜか君は傷つくどころか『醜い』と言うたびに何故か嬉しそうに笑っていただろう。莫迦だなと思ったけど、君が僕のこの言葉で笑顔になるなら、それで良かったんだよ」
彼がこの言葉にどれだけの気持ちを込めていたなど、知る由もなかった。彼にとって、この言葉は私を元気づけてくれていたんだ。彼の不器用な優しさに胸の奥がきゅっと苦しくなる。彼の優しさに私の視界はぼやけてくる。
「笑顔が見たくて君に言っていたんだよ。……まあ、昨日はさすがに言うべきではなかったね。ごめん」
「あ、謝らないでください! 勝手に勘違いした私が悪いんですから。私こそごめんなさい……」
「ふっ、お互い謝ってばかりじゃないか」
目を細めて笑う彼に不覚にも心が奪われる。彼の笑顔が好きだと改めて思う。楽しそうに笑う彼も、嬉しそうに笑う彼も。そして悪戯っぽく笑う彼も。
「まあ、無理に理由を話してくれなんて言わないよ。君とは『何の関係もない僕』だからね」
私が今「関係ない」と言ったのを根に持ったのか、拗ねたようで皮肉たっぷりな言葉でそう言われる。