ただ彼を目で追うだけ 02
彼を四番隊舎以外の場所で見かけることも多々あった。
ある日は隊舎から離れた酒屋にて。
同期の隊士たちと久しぶりに酒屋へ来た時のことだった。暖簾をくぐると店の奥には隊士服を着崩した十三隊の隊士が複数いた。あれはたしか十番隊の松本乱菊副隊長と六番隊の阿散井恋次副隊長。その向かいに座るのは十一番隊の斑目一角第三席。そして、綾瀬川弓親第五席。
同期の子たちは真央霊術院時代の話に花を咲かせ、盛り上がっていたためか、彼らがいることに気づいていないようだった。
松本副隊長が異常なほど飲んでべろべろに酔っていて、阿散井副隊長や斑目三席も飲みながら楽しそうに騒いでいるのに対し、落ち着いた雰囲気で飲んでいる——と思いきや、綾瀬川五席も楽しそうにお腹を抱えて笑っていた。
意外だと思ったが、楽しそうに笑う彼を見ていると微笑ましい気持ちになった。彼の笑い声はあんな感じなんだ、プライベートではあんなに無防備な表情をしているのか。彼の意外な一面が垣間見えて新鮮な気持ちになる。
盛り上がっている同期同士の飲みの場で失礼だとは思ったが、すぐ近くのテーブルに憧れの隊士がいるんだ、気にならないわけがない。
私は喜びを隠せずに緩み切った顔をしていたのだろう、隣に座っている子に不審がられた。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ」
「そっちに誰かいるの?」
「あ、いや――。 ……うん。知っている顔だなぁって」
慌てて振り向き誤魔化そうとするが、彼らを隠すことなどできるはずもなく言葉を濁しながらも伝える。
「え? あぁ! 阿散井副隊長たちだ!」
「どこどこ! 本当だ!」
同期の子たちは憧れの死神たちを見かけたことでうっとりとしていた。
流魂街出身で副隊長にまで上り詰めた阿散井副隊長は出身関係なく隊士たちの憧れの的だ。松本副隊長も強く美しいことから男女関係なく人気がある。そして十一番隊ということもあり自他ともに実力が認められる斑目三席は男性隊士から心から尊敬されている。私も彼らのことは尊敬している。近くで会うだけで霊圧の差が一目瞭然だからだ。
誰も綾瀬川五席のことを話していないことにもやもやとした。綾瀬川五席も素敵だよ、とそんなことを突然言うわけにもいかず、複雑な心境だった。
その一方で彼の良さがわかるのは私だけなのではないか、という優越感を生意気ながらも抱いていた。周りの楽し気な声をよそに、私は彼を再び盗み見る。彼がいるその場所だけが色づいているように明るく輝いていた。
彼を見かけたことで舞い上がった私は、いつも以上に悪酔いしてしまい知らないうちに眠ってしまう。
「もう帰るよナマエ」
そう声を掛けられ私が目が覚めた頃には、綾瀬川五席たちは既にいなくなっていた。
*
そしてある日は、私が十番隊に補給物資を届けた時だった。
もう少しで切らすであろう物資を届けるため、十番隊舎へと訪れた。以前までは遠くてあまり近寄らなかった十番隊舎も、今では物資を届ける担当になっているため何度も訪れるようになった。
十番隊舎の門をくぐり、報告のため執務室に入ると、松本副隊長がいつも通りソファでくつろいでいた。いつもは日番谷隊長が対応してくれるので初めて話す松本副隊長は少しだけ緊張する。
「失礼します。松本副隊長こんにちは。日番谷隊長はいらっしゃいますか?」
「ごめんねぇ? 今隊長いないのよ」
「いえ、大丈夫です。以前もこちらに伺ったことがありますので、本日は倉庫に物資を持っていきたいので、どなたかに案内だけしていただければ嬉しいです」
「あら、ありがとう。こっちよ」
どうやら松本副隊長が案内してくれるようだ。お忙しい中すみません、と言うと「暇してたから」と嬉しそうに話してくれた。その言葉が本当かどうかはわからないが、副隊長直々に動いてくれるのは彼女の人柄がそうさせるのかもしれない。
歩きながら松本副隊長の左後ろを着いていく。彼女の艶のある髪と凛とした姿勢、そして何より彼女の醸し出す雰囲気がとても綺麗で、私もこういう女性だったらなぁと少しだけ思うことはある。私はどうしても卯ノ花隊長のような大和撫子に、松本副隊長のような可憐な女性になれないので憧れる。
ひと月に一度開かれる生け花教室も、活きているのかもわからない。今も仕事で忙しいからといって髪が乱れているのではないか。そんな考えがよぎると気恥ずかしくなり、左手でしっかりと物資を抱え、右手で前髪をさりげなく整える。
その気まずそうな様子に気づいたのか、松本副隊長は私に再び話しかけた。
「あんた、よく届けてくれる子よね? 遠いのにご苦労様。そういえばこの前、酒屋にいなかった?」
「あ、ご存じでしたか……。松本副隊長に覚えていただけるなんて光栄です」
「堅すぎ! 乱菊でいいわよ」
「乱菊副隊長……?」
「う〜ん、まあいっか」
気さくで明るい性格にも憧れる。うちの勇音副隊長も優しくて安心するが、こういう雰囲気の副隊長も親しみやすくて隊士たちも助かっているだろう。真面目で硬派な日番谷隊長がいることでよいバランスを保っているのかもしれない。
「案内していただきありがとうございました」
「いいのいいの。それより少しゆっくりしていったら?」
「そうしたい気持ちはありますが、まだお仕事があるのですみません……」
「そっかぁ、残念。話したいことたくさんあったのに、ねえ?」
目くばせをした乱菊副隊長は何を意味しているのか、理解できなかったが、私もお話したい気持ちはあったので「そうですね?」とあいまいな返事をした。嬉しそうに「じゃあ、今度飲みに行くわよ!」と誘ってくれたので良しとしよう。私、あんなにお酒強くないけど大丈夫かな。
「それではここで失礼します」
「なぁに言ってるの。門まで送っていくわよ!」
もう既に彼女のペースに巻き込まれている気がするが、嫌な感じはしなかった。高嶺の花というイメージはいい意味で覆された気がする。
そんな彼女と楽しく話をしているとあっという間に門に到着した。
門を出ると、私は動けなくなってしまった。斑目三席と、綾瀬川五席が目の前を通ったからだ。
「ちょっと、あんたたち何でここにいるのよ」
「今帰ってきたところなんだよ。前通っただけなんだから別にいいだろ」
乱菊副隊長が斑目三席に絡んでいると、綾瀬川五席とぱちりと目が合った。微笑んでくれた、気がした。
驚きのあまり反射的に目を逸らし、失礼のないようにとペコリとお辞儀をして乱菊副隊長に「それでは失礼しました」と伝えれば、そそくさとその場を後にした。
「あ、ちょっと! 気を付けるのよ〜!」
「はい! ありがとうございました!」
今日も四番隊舎ではない場所で見ることができた。
走った勢いで私の心も跳ね上がり、おかしくなるほど興奮して舞い上がっていた。
近くで見る彼は綺麗だった。美しかった。それだけじゃない、溢れるような愛しさが込み上げてきた。
大きく肩を揺らし呼吸を整えるのもままならないまま、四番隊舎をくぐると、仲の良い女の子が石畳で落ち葉掃除をしていた。
「ちょっと、どうしたの? ……って、何でそんなに笑顔?」
「ふふ、ちょっとね」
またひとつ、私の心は満たされていった。