Agapanthus

些細なクリスマス




 クリスマスイブの夜。何か特別なことをするでもなく、いつものようにリビングで夜の時間を過ごす。
 彼はきっと、事務所やお仕事でチキンやクリスマスケーキを食べてきたはずで、もう既にクリスマス気分でお腹いっぱいなはずだから。
 それでも少しだけ特別感を出すために、ホットチョコレートの入ったカップをテーブルにコトンと置く。彼の好きなチョコレート。作ると言った途端ソワソワと嬉しそうに待っていた。
 それが可愛らしくて頬の緩みを隠せずに準備したのは内緒だ。彼が「ありがとう」の一言を添えたのち、すぐには手を出さずに話を続けた。

「クリスマス市?」

 大好きなチョコレートよりも大切な話なのだろう。それくらい嬉しそうなオーラを身に纏っていた。話を聞くと撮影の合間にメンバーとクリスマス市へと行ってきたらしい。そう話しながら何かを見せてくれた。
 クリスマスカラーとしてお馴染みの包装紙が見えて、何か買ってきたんだと悟る。赤と緑に身を包んだ紙を開くとコロンっと音が出そうなほど丸くて可愛らしい『スノードーム』が現れた。

「それ、スノードーム?」
「……うん。聞いたことはあるけど、買ったことがないと思って」
「そうだね。家に飾ってるのはサンタさんのお人形とかだもんね」
「ふふ、そう。『トナカイさん』とか、ね」

 私がサンタさんと言うとわざとらしくトナカイさんと言う。私が『さん』をつけるのがそんなにおかしいだろうか。私の些細な表情変化に気づいたのか、ふわりと優しい笑顔を浮かべた。

「冗談だよ。おいで」

 隣に腰掛けるようにポンポンっとソファを叩いた彼。怒ってないよと言いながら座った。

「……クリスマス市で露店があったんだけど、スノードームだけ売っているお店があって、興味深いから見ていたら、日和くんが君へのお土産に買ったらどうかって言ってくれたんだ」
「そうなんだ。じゃあ、日和くんと一緒に買ったの?」
「……私が君に買ってあげたいと思ったから、ひとりで選んだ」

 意外だった。彼なら日和くんや他の人の意見を聞きながら最適なものを買うと思ったから。その方が合理的だし客観的な意見を取り入れられる。

「凪砂くん、ひとりで選んでくれたんだ」
「うん。君が喜んでくれるのを想像しながら」

 優しく瞼を伏せて微笑む姿に、胸のうちに温かいものが広がっていく。彼の私への想いが伝わってきて、嬉しさと同時に目頭も熱くなっていく。

「ありがとう、凪砂くん」

 その言葉を聞いた途端、花開いたようにパッと明るく笑顔を咲かせた。喜んでもらえるのか不安だったのかもしれない。彼が選んでくれるというだけで嬉しいに決まっているのに。

「可愛いね。サンタさんがプレゼントを届けてるんだね」
「……うん。それだけじゃないよ」

 そう言ってスノードームに手をかけた彼は逆さまにしながら目を輝かせてこちらを見ていた。

「こうすると雪が降ってるみたいになるんだ」
「ふふ、綺麗だね」

 この仕組みを知っているのは当たり前かもしれないが、彼にとっては今日買う時に知ったのかもしれない。初めて見た時の彼の反応が容易に想像できる。

「あ、そうだ。もっといい楽しみ方があるよ」
「?」

 私が何をし出すのかと不思議そうな彼。立ち上がって彼の腕を優しく引っ張って着いてくるように促すと徐に立ち上がった。
 カーテンを開けて窓辺の縁にそっとスノードームを置いて立ち膝をつくと彼もそれに合わせてしゃがみ込んだ。

「……どうかしたの?」
「いいから、覗き込んでみて」

 暗い夜空に明るく主張する月、それに散りばめられた星を背景にスノードームを覗き見ると雪が降っているように錯覚する。そんな幻想的な光景。

「……すごいね。こんな使い方があるんだ」

 嬉しそうに口角を上げながら瞳を潤わせる彼。小さなガラスに入り込む光が瞳に反射していて、より一層輝いて見えた。

「……ホワイトクリスマス、だね」
「うん。本当に雪は降ってないけどね」

 現実的なことを言っては興醒めかもしれない。それでも、スノードーム越しに見える世界は確かに真っ白で美しい。サンタさんが白い夜空をそりで駆けているスノードーム。それが現実でもそうなっているかのようで。
 小さなガラスを大人ふたりで覗き込んでいる姿は、側から見たら可笑しいだろう。子供さながらはしゃいでいるとふと目があった途端吹き出してしまう。こんな穏やかなクリスマスの日を過ごせるのが胸の中が暖かくて嬉しい。

「メリークリスマス、凪砂くん」

 感極まってそう伝えると彼も同じ気持ちだったのか目線を合わせた先にある彼の瞳は優しさがこもっていた。

「……メリークリスマス」

 大切に。大切にその一言を紡いでくれた。そんな彼の真っ直ぐで温かい瞳に見つめられると、嬉しいはずなのに、気恥ずかしさから視線を逸らしてしまう。肩に頭を乗せて体を密着させると、彼がそれに応えるようにふふっと微笑んだ。
 何もかもがお見通しかのようで悔しさ半分、嬉しさ半分。温かく入り混じったホットチョコレートのように苦くて甘い、そんな気持ち。
 温もりを求めて指を絡めるとすぐにきゅっと手を握った。あまりの心地よさに目を瞑り、彼と過ごせる幸せなクリスマスの夜に酔いしれた。

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