Agapanthus

柔らかな果実




 彼女が話す度に動く柔らかい唇。私を虜にする危険な果実だ。

「今日、街で新しく見かけたお店が可愛くて、今度凪砂くんと行きたいな――」

 小ぶりで今にも蕩けそうなそれに、私の視線は釘付けになる。彼女の話を聞きながら相槌を打っていても私の頭は煩悩でいっぱいだ。
 ふと、吸い込まれるように親指で優しく触れる。

「んっ。な、何……?」

 私は何も言わずにそれを続ける。話を遮ったわけではないが、会話の途中だったこともあって困惑する。その表情は機嫌を損ねた猫のようで可愛い。

「柔らかいね」
「そう?」
「……ねえ、私のも触ってみて」
「え、あ。うん……?」

 突拍子のない私の行動に疑念を抱きながらも私の唇に触れた指先の力は弱くて可愛らしい。細くて白いそれは私とは違ってすぐに折れてしまいそうだ。
 恐々と触れる様子に庇護意識が高まった。胸の奥底から浅ましい感情が沸々と湧き上がる。
 手で包み込むと反射で彼女の手は離れそうになるが、それを私は逃さない。

「ふふっ」

 幸せに浸りながら彼女の手を頬に擦り寄せる。

「凪砂くんが触ってって言ったんだからね?」
「……うん。だから、嬉しい」

 唇を尖らせて視線を外す姿は、羞恥を感じている証拠。同時に体温の上がる手もその証拠だ。
 綺麗な形をした唇。芳醇な果実のように魅力的で、思わず味を確かめたくなる。そう思ううちに、意識の外で立ち上がり彼女の方へと歩みを進めていた。
 何も言わずに近づいてくる私が不可解で堪らないのだろう。首を傾げている。その様子でさえ可愛い。
 彼女が気を抜いている隙に、出来心で激しく噛み付くと丸くて大きな瞳が露わになった。

「ん、! ッや」

 彼女の漏れ出る息は意味を成さずに私が蓋をする。
 私の胸元を必死に握る彼女が愛しくて胸の内を彼女に直に握られているように苦しかった。
 彼女の腰に手を添えて立つように促すと、背を振るわせながらく立ち上がる。
 腰を引き寄せながら彼女に齧り付くと潤んだ目元で私を見つめていた。水分を十分に含んだそれは私を快楽へと導く。下半身に熱が集まるような、激しい衝動に駆られる。

『彼女が今すぐにでも欲しい』

 そんな身勝手な欲をぶつけていることを自覚しながらも、彼女への甘えからか続けてしまう。
 彼女と私の距離は既にない。柔らかな胸が私の硬い胸板に触れているのを感じて酷く気持ちが昂る。彼女を虐めたい。などという感情は持っていないはずだけど、涙を浮かべる彼女を見ると止まらなくなってしまう。まるで理性のない獣のように。
 初めこそ拒んでいた彼女は、既に頭の中では何も考えられないのか、朧げな瞳が私を映し出している。ただ色のある息遣いをしながら私を見上げるだけ。
 一度彼女の唇を舐めると身体を大きくしならせた彼女が固く閉ざされたそれを開いた。待っていた、と言うようにそれを逃さない。彼女の口内へと侵入して、彼女が快楽へと堕ちるように直接刺激を与える。歯列を撫でながら彼女の首元を撫でると腰が震わせる。
 彼女が気持ちよくなっているのがわかる。蕩けそうな表情で私を、私だけを見ているから。
 水音が無機質な部屋に響き渡って乾きを潤していく。彼女の吐息が私の耳に直接入ってきて、朦朧とする彼女と同じく私も眩暈がする。
 彼女との距離をないものにしたくて、彼女の一部になりたくて、私も縋り付くように彼女へと齧りつく。撫でていた手で彼女を捕まえようとしても、彼女への気持ちで手一杯な私は、上手く掴めずに彼女の肌を滑らせることしかできない。早く、私のものにしたくて堪らないというのに。
 私を求めて、私を感じて、私だけを見てほしい。
 幾度と漏れる吐息と、触れ合う柔らかな肌。キスに夢中になってしまう姿。そんな彼女を感じていると、理性を保つのも限界を迎えそうだった。そんな余裕のない私は知らないうちに強い力で彼女を掻き抱いていた。彼女の踵は浮いていて、脚を震わせていた。必死に私の肩に縋り付く様は私の欲を更に掻き立てる。
 呼吸もままならない中、力を振り絞りながら私の胸元を叩く彼女は苦しそうにしていた。いつの間にか彼女を抱き上げていたようだった。踵すらも地についていなかった。
 ハッと我に返った私は彼女の甘い唇から名残惜しくも離れて彼女を気遣う。
 身体も緊張で強張っていた彼女は気を抜いた途端に崩れ落ちそうになってしまう。彼女が立てるように背中を支える。

「はっ、はぁ。凪砂くん、突然どうしたの……」

 困ったように眉尻を下げる姿が可愛くて仕方ない。今にもこぼれ落ちそうな大粒の涙は、何物にも代え難い、確かに価値のあるものだ。
 手に触れることが赦されない禁断の果実を、愚かな私は容易く摘み取ってしまう。彼女の声も、息も、言葉も、すべて私のものとなるように。
 これは醜い独占欲と執着心の表れだ。
 煌めく涙を指の背で掬うと、彼女は声を漏らしながら瞼をきゅっと閉じた。まるで小動物のように愛らしい。
 一層握る力が強くなる手。その原因は私にあるというのに。上がる口角を抑えられずに彼女の手を取ってそれを舐めた。

「ひゃっ……!」

 正気に戻ったと思った私の頭はやはり彼女を求めている。彼女といると正気など存在しない。愛する人といるとそうなってしまうのは自然の理なのかもしれない。
 この柔らかくも私を惑わせる彼女は、私にとって禁断の果実。赦されないとしても、彼女を手に入れる幸福を知っているからこそ、止めることはできない。罪深いと言われても、彼女がいるなら後悔することはない。

「……これ以上のことをしたら、君はどうなってしまうんだろうね」

 今の私はどれほど悪い顔をしているんだろう。恐怖を浮かべながらも唾を飲み込む彼女は確かに期待をしている瞳だった。

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