雨が降っている。

「ケニー」

ぴんと跳ねて、小さな水滴がそこらに散らばった。いくつもの粒はすぐに見えなくなって、馴染んでいく。
呼ばれたので振り返ったら、知らない顔をした保護者の後ろに、これまた知らない「誰か」が立っていた。知らない「誰か」はとても奇妙な──俺にとっては、馴染みのある──格好をしていた。
親しみのある眼差しを受け止めて、立ち上がる。

「君は魔法使いだ」

三度繰り返す人生でもやっぱり魔法使いらしいけれど、もはやどうでもいいことだった。



自覚があるのもどうかと思うけど、三回目の人生を生きる俺に弟はいない。というか、親兄弟がいたのかすらも怪しい。生まれているわけだから、世界のどこかにはいるんだろうけれど。
顔も名前も知らない人間のために以前のような奮起ができるわけもない。

そんなわけで、どこかの家の誰かの息子として生を受けた俺は無気力に息を吸っては吐いていた。物心つくよりも前から孤児院にいるせい、というわけでもない。そりゃ、孤児院の経営は裕福な上流階級の気まぐれな寄付金でなんとか回っているくらいなので、以前とは比べ物にならない暮らしぶりであるけれど。悪い意味で。

生活に余裕があるわけでもなかったのに、子どもたちにいつでも優しく接していたかつての保護者を思う。貧しさを知る人は幸いであるを地で行く人だった。ぶあつい聖書に記されたありがたい言葉をそらんじたとしても、実行できる人はほとんどいない。いないし、貧しさというのは人を荒ませる。
貧しさにもいろいろあるけれど、単純に、金銭の貧しさというものはとても堪えた。決して裕福でもない二度目の人生だったけど、まさかここまでとは。貧しかったら食べ物も買えないを痛感した十年。俺もずいぶんと荒んだように思う。貧しさは人を以下略。

ガタゴトと揺れるホグワーツ特急で、みすぼらしい格好をした子どもは少ない。今日という門出の日に着飾ってる子が多いほどだ。一方の俺は、つぎはぎだらけの古着にお下がりのローブ。とはいえ、ここはもう孤児院のマグルの目は届かない。無言で服のあちこちを叩きまくり、卒業生のおさがりのローブをパンとはたいた。新品同様だ。魔法使い二回目をなめるなよ。

瞬きの間に窓は揺れる。黒く重たい雲から落ちてくる雨水が窓に映る景色を揺らす。
ひとりきりのコンパートメントで、俺はゆっくり瞬きを繰り返していた。もうすぐ十二歳を迎えようとしている俺の隣には、誰もいない。かつて心の底を晒し合い、人生のほとんどを共に過ごした唯一の存在がいない。

レグルス・アディントンがいない人生。

これもまた、俺が日々を無為に過ごしている理由のひとつだった。

「これは不可思議な」

組分け帽子の低い声が耳の中にこだまする。俺は目を閉じてじっとしていた。何もかもどうでもよかったからだ。
本当に、どうでもよかった。どこの寮に組み分けされてもよかった。そもそも、ふたたびこの城へ来たいとすら思っていなかったほどなのに。この頃の俺は思考停止していることが多かったので、組分け帽子の呟いた言葉をうっかり聞き逃していた。この時聞き逃していなけりゃよかったのにと、今でも思う。

「どうやら君もホグワーツで学んだことがあるのかな?ホグワーツで習い、学び、得がたきものを既に手にしているようだ」

得がたきもの、だけ聞き取れたので俺はゆっくりと目を開けた。帽子の内側の闇の中で、思い出を反芻する。
この城で得たもの。得がたきもの。忘れたことは一度もない。そのどれもが、かけがえのないものばかりだ。大切な学友に、恩師に、弟との生活──。ひとりきりを生きる俺にとっては既に夢のような、幻のようなものになりかけている。
瞬きする。心地よい円形の部屋と、ふかふかの肘掛け椅子を思い浮かべた。深紅のビロードのカーテンがかかった、四本柱の天蓋つきベッドで眠ったら、少しは気持ちが晴れるだろうか。もしかすると、逆に寂しさで押しつぶされてしまうかもしれない。
それでも誘蛾灯のように求めてしまうのって、なんだか虚しいよね。
俺の浅ましさを見透かした帽子が叫んだ頭上でも、やっぱり雨が降っていた。

「グリフィンドール!」




俺が周りのなにもかもをちゃんと見ようとしていなかったのには理由がある。前に言った通り、このホグワーツには、俺の知る限りの「生きた」知り合いがひとりもいないからだ。新しい関係を築こうとは思わなかった。心の中にある情景が遠ざかり、やがて消えてしまいそうな気がしたから。
ああ、ひとりも、っていうのは嘘かもしれない。校長はめちゃくちゃ見覚えがあった。ただし、半月メガネはかけていない。渾身のパンチを食らった鼻が折れていなけりゃ、派手なローブを着てすらもいない。フィニアス・ナイジェラス・ブラックはいつも厳粛な、格式のあるローブを纏っていた。
みんな聞き覚えがある名前だろ?ああ、記憶と違わないクソっぷりだ。むしろ生き生きしている。そういう意味では『太った婦人』もはじめとするいくつかの肖像画は俺の知る彼らだ。でも、まさか俺のことを知っているはずがない。

だってこの世界は、俺がかつて生きた時代よりも百年も前だから。

聞いて驚け。ダンブルドアが後輩になるんだぞ。マーリンの髭すぎる。ヴォルデモートどころの話じゃない。
世は産業革命のただ中だし、階級社会は魔法界にも当然にある。孤児院出の俺に対する当たりが以前の三割増し。えぐいて。これに魔法界特有の、純血がどうのや、穢れた血がどうのというデバフものしかかるわけだ。孤児院出身、身寄りは皆無、当然に三流階級のコンボをキメてる俺はどちらにも足を向けて寝られない。

こういう具合なので、俺はさっさと卒業したくてたまらなかった。魔法が学校の外で使えるようになれば、ひとりきりでも生きていける。右も左も見なかったのは、見る余裕がなかったと言ってもいい。
だから──だから、顔を上げて目の前をよく見るのに、五年もかかってしまったのだ。






「アディントン」

ホグワーツには関わってはいけない奴らがいる。
ひとつ。ポルターガイストのピープズ。これは過去も未来も言わずもがな。
ひとつ。校長のナイジェラス。あの肖像画の、老成爺のクソ改悪って感じ。
ひとつ。上流階級の純血のスリザリン。こいつらにはもうつける薬がない。

廊下の窓をバラバラと雨粒が叩いている。

歩いていたら肩パンされたので壁に頭をぶつけた。面倒すぎて顔も上げない。何度目だよこれ。
相対しているのは三年生なので、俺よりもふたつも年下のガキ──いやガキっていうのはやめよう精神年齢を考えるとアウトすぎる──共。敬意もクソもない。生まれが違うためである。こいつらは血統書つきなわけで、奴らからすれば俺なぞはどこの馬の骨という具合だ。
いやね、こういう生まれひとつで理由もなく卑下する感じ、昔もなかったわけじゃないけどさ。
わかりやすくガタイのいい取り巻きを、サイドにふたつくっつけてるの、どこぞの金髪お坊ちゃんを思い出すね。

「おい!挨拶しろよ貧乏人」
「ダル…」
「よしなよ。口の利き方を知らないのさ」

めんどくせえ〜〜。
脳みそを経由せずに喉まで出かかった本音をやっとのことで飲み込む。それこそ、ダルい報復が待っているからね。この俺がイジメなんてさせないけど、実力と物理で撃退したところであることないこと密告するのが陰湿なお坊ちゃん共のやり口である。
真ん中にいた、小柄な生徒の視線が俺の頭の先から靴の踵まで舐めるように動いた。

「身なりも満足に整えられないようだ。余裕がないんだよ」

形のいい唇がうっそり微笑んで罵倒する。俺は白けた顔で聞き流した。
百年後のファッションを先取りしまくってる俺なりのスタイル、分かるはずもない。流行んないんだろうね、こう、制服をいい具合に着崩すっていうのがさ。俺は耳をほじっていた指先に息を吹きかけて、白々しく返した。

「ひとりで廊下を歩けるようになってから出直しな。お坊ちゃん」
「なっ…!」
「いい気になるなよ、穢れた血の分際で──!」
「何を騒いでいる」

第三者の乱入によって突然、辺りが二割増しで輝きを増した。つまり眩しく光った。魔法でも、冗談でもなく。
俺にとっては僥倖だし、スリザリンの連中にとっては邪魔が入った形になる。小さな声が、忌々しげに吐き捨てたのを俺の耳はばっちり拾い上げた。

「ファントムハイヴ…!」

廊下の反対側で黄色い悲鳴が上がる。たまたま通りかかった女生徒のものだ。俺はげんなりした。乱入者のこの顔を、ホグワーツで知らない者はいない。
背後のモブたちが色めきたち、ひそひそどころではない声のボリュームで囁き合う。

「レイモンド様よ」
「今日も麗しいわ…!」

同級生の男が様つけて呼ばれるの、人生三回目ではじめて聞いたよ。
まあ、そうだね。分からないでもない。なぜならこのレイモンド・ファントムハイヴという名の男子生徒には、どこにも、本当にまったくどこにも非の打ち所がないからだ。

ブルネットの艶やかな髪。灰色のまなざし。ぎょっとするほどの美貌は誰もを魅了してやまない。背が高く──俺よりは低いけど──文武両道でスリザリンの監督生。そう小柄でもないのにクィディッチの花形、シーカーも務めている。
スリザリン寮なのにマグル生まれらしいけど、そんなことがどうでもよくなるほどとんでもなく家柄がいいらしい。なんでも実家が伯爵の爵位を持ってるんだとか。そりゃ、誰もなんにも言えるわけがないよね。魔法界に王族はいないから、爵位持ちなんて、何百年も続く家柄じゃなきゃ縁もゆかりもないはずだ。この学校の誰よりも上流階級なんじゃないかな。なんの間違いでホグワーツに来たの?魔法の才能があるからだよね。すみません。
おまけに、彼の何より素晴らしい──笑うところだ──ところは、その生まれ持った家柄も、美貌も、努力で身につけたであろう実力のすべてをひけらかさない点だ。おまけに誰にでも平等。相手がグリフィンドール生であろうと対等に接する。先生や生徒からの評判は漏れなくうなぎのぼりだ。これはマグル生まれだからかもしれないけれど、純潔主義でもなければ階級差別もしない。
すべてのスリザリン生はこいつを見習ってほしい。

「──廊下での魔法は禁止されている」

灰色の目が、俺の向かいにいる取り巻きの生徒に突き刺さった。

「まだ使っていないようだから、見逃すけれど。次に見つけたら減点だ」
「も、申し訳ありません」
「気をつけるんだよ」

俺を除く、その場にいた全員が頬を染めた。レイモンドが、ほんのわずかに表情を緩めたためだ。微笑んだと言ってもいい。次の瞬間、廊下につんざくような悲鳴が上がった。女生徒がいつのまにか大勢集まっていて、真っ赤になって叫んだり、またはその場で崩れ落ちたりしている。
いや、分かるよ。びっくりするほどイケメンだということは。そりゃ、同性であっても魅了されることもあるだろう。

「(でもそんなにか?)」

しょうがないね。俺、昔っから美男美女には耐性があるもんで。ブラック家の出身者なんてその最たるものだ。目が肥えちゃってるんだよな。多少の顔面攻撃を喰らっところで、響きゃしない。
懐かしい気持ちになったせいでちょっと思い出し笑いがこぼれたけれど、すぐに苦い気持ちになる。懐かしい気持ちになっても、無駄だからだ。

「………」
「ん?」

ファントムハイヴがじっとこちらを見つめていた。すると、その美しい美貌の輝きがさらに増していく。ファントムハイヴは今度こそはっきりした笑顔を顔に浮かべた。ニコッという具合だ。ギャーッと表現していいほどの激しい悲鳴が背後で上がる。
なに!?
逆にゾッとした。

ゾッとした理由もまた、ある意味懐かしさだったと気付かないまま日々は過ぎる。
理由を思い知るハメになったのは、学校を上げてのイベントの日でもあった。寮対抗決闘大会。腕に覚えのある者たちが競い合うトーナメント。学外も巻き込んでたら、今や懐かしい三代魔法学校対抗試合に近かったかもしれない。アレほど規模は大きくないからドラゴンはいないし、水魔もいないけど。相手はあくまで同じ学校の生徒たち。
男子は好きな女子にカッコいいところを見せるチャンスで、女子は好きな、もしくはお気に入りの男子へ黄色い声援を送りまくる。そんな感じだ。まったく興味はなかったけれど、ちょっとした賞金が出ると知ったため喜び勇んで立候補した。卒業後の軍資金にしてみせる。

下級生をワンパンでのして、上級生さえも圧倒する。「あのグリフィンドールの生徒は誰?」そんな風に囁かれてもおかしくなかったんだけど、ところがどっこい、みんなが噂するのはやっぱりレイモンド・ファントムハイヴのことだ。

「やっぱりファントムハイヴ様は素晴らしいわ」
「レイモンドが負けるわけない」

百人が百人、絶世のイケメンばかりに夢中となるとさすがに面白くない。
注目なんてされたくないし、ごめんだけど、ちょっとくらいは美味しい汁を啜りたいというもの。十年以上ぶりにふつふつと悪戯心がわいたのは、あのスカした顔を一度は驚きで歪めてやりたいと思ってのことだ。

決勝戦。
俺と相対したのはやっぱりかのファントムハイヴ。俺は杖をくるくると回しながら、上着を脱ぐ美丈夫を白けた眼差しで見つめていた。奴は今の今まで、学校指定の重たいローブすら脱がずに決闘に臨んでいたのだ。クソ優雅かよ。一挙一動に女子が桃色のため息ついてるの、思い出しちゃうよね。ギルなデロイのロックなハートをさ。
大広間の天井をぼうっと見つめる。嵐の夜だ。雷が轟き、閃光が走る夜空は俺の深いところにある嫌な記憶を刺激する。
…これから先もずっと、俺の頭上には晴れない雲が立ち込め続けるんだろうか。

「考え事かい?」

凛とした声が俺の思考を遮った。びっくりして、それまで考えていたことがすべて吹き飛んでしまう。
ファントムハイヴはローブを脱ぐどころか、腕まくりをしていた。入学して一度も外したことがないであろう第一ボタンを外し──この一連の所作にふたたび黄色い悲鳴が上がる──ネクタイをほんの少し緩めている。
苛立ちを滲ませた低い声は、まるで俺を突き刺すかのような鋭さを孕んでいた。

「なるほど。戦う相手を目の前にして、随分と余裕だな」

ガチだ。ガチで戦る気だ。
俺はみるみる興奮して、雑に引っかけていたネクタイをかなぐり捨てた。捨てた勢いのまま、お辞儀ルールを吹っ飛ばし──向こうも無視して、杖腕を上げているのはわかっていた──お互いに、最初の呪文を力一杯叫ぶ。

「フリペンド!」
「プロテゴ!」

たかだか五年生如きの衝撃呪文。防ぐじゃ済まさず、そのまま弾き返すつもりだった。ところが、ファントムハイヴの放った呪文は大人顔負けの速さで放たれていて、その重たさも盾が揺らぐほどだった。ものすごい音がして、誰もが息を呑む。そりゃそうだ。今の互いの呪文は、どの学生が扱う魔法ともレベルが違う。それはファントムハイヴも痛感しただろうし、俺もまたそうだった。
ただものではない──毛が逆立つほどに痛感して、思わず口角が上がる。全力で戦えるなんて、いったい何年ぶりのことだ!?

「グリセオ!」

間髪入れずに、ファントムハイヴの立つ床に向かって叫ぶ。床がつやつやと輝くよりも前に、ファントムハイヴは後方に飛び上がっていた。まるで読んでいたような動きだった。まだ床に着地していないにも関わらず、黒い杖の矛先がこちらを向いているのに気がつく。

「ステューピファイ!」

背骨が痛くなるほどのけぞった。鼻先を赤い閃光が掠めて、背後に立っていた鎧に直撃する。俺は天井に向かって杖を向けた。

「ディセンド!」

誰かが悲鳴を上げた。天井に漂っていたいくつもの蝋燭がキリキリと先を鋭く尖らせ、一直線にファントムハイヴへ降り注いだのだ。けれど、ファントムハイヴはまったく臆することなく杖を横に凪いだ──空間にわずかに灯った光の色で俺は直感した──今のは妨害の呪文だ。しかも、無言呪文で操ってみせた。
マジに遠慮がいらないことを悟って、俺も無言で杖を振るった。その尽くを涼しい顔で打ち砕いてみせたファントムハイヴの口角がわずかに上がっているのを見つけて、ますます楽しくなる。
無言呪文とそうでないものをいくつもぶつけ合っているのに、まったく決着がつきそうにない。授業で教えているはずのない高度な呪文ばかり使っているのに、先生さえも口を挟む余裕がない。それほどの激しさだ。俺の渾身のアグアメンティをファントムハイヴのエクスパルソが吹き飛ばし、大広間を水浸しにしたところでお互いに大きく息をついた。もう三十分以上は叫びっぱなしだ。

「げほ、は、」
「こ、れを」

ガラガラ声でファントムハイヴがなにかを言う。

「これを、防げたら、褒めてやる」

黒く澱んだ、もやのようなもの。杖の上でとぐろを巻いていたものが、そのままこちらに向かってくる。
目の前がバチバチした。喉が渇いた。記憶の、心の奥底にあるなにもかもが刺激される。

『これを防げたら褒めてやる』

偉そうな物言いで、遠慮のない闇の魔術をぶつけてきた男。
『あの時』はどうしたっけ──そんな風に考えて、俺は一歩踏み出した。脳内の俺は、『思い出』の中の俺は解決法が見出せなくて、咄嗟に避けただけだったけど。
『今』ならできる。俺は複雑に杖を振るい、もやの一点を突いた。もやは霧散し、バラバラとちぎれて吹き飛ぶ。ほっと息をつく俺が最後に見たのは、油断した俺に思いっきりエクスペリアームスをぶつけようとする、ファントムハイヴのきれいな笑顔だった。




「優勝はレイモンド・ファントムハイヴ!」

ナイジェラスが、興奮した様子でファントムハイヴの優勝を讃えている。彼がマグル生まれであるということはどうやらこのいっ時だけ、気にしないことにしたらしい。
俺は武装解除したあとにしたたかにぶつけた背中を撫でさすりながら、じっとファントムハイヴを見つめていた。縁もたけなわ、生徒も先生も少しずついなくなり、名残惜しげに去っていく友人たちに手を振って、ファントムハイヴと俺は大広間で二人きりになる。ゆっくりと瞬きした。
見慣れないブルネットの髪。とても見慣れた、見慣れたはずだった灰色の瞳…。
歯をこれでもかと食いしめる。どうにかこうにか堪えると、真顔でレイモンド・ファントムハイヴの顔をこれでもかと見つめた。

「外に出ないか?」

俺は黙ってファントムハイヴについていった。どこに行こうとしているのかを途中からなんとなく察したけれど、俺は黙ったままついていった。ホグワーツの屋上だ。
ほんの少し湿ったままの空気が残っていて、無意識に頭を押さえる。何度死んで生まれても、父さん譲りのクシャクシャの髪とは縁が切れないらしいので。

「星が綺麗だ」

ファントムハイヴは出し抜けに言った。

「昔、ここで話したことを覚えているか?」

俺はなんとか返事っぽい音を喉から絞り出した。正直それどころじゃないので、俺はそれきり膝を抱えたまま俯いていた。

「なら、グリモールド・プレイスで話したことも覚えているな?」
「…オビリエイトれっつっただろ」
「冗談だろう。君のあれほど情けない姿を忘れるなんて、もったいない」
「………」
「そう、思っていたんだが。どうやら記録更新らしいな」

ズビ、と鼻水を啜った。顔面をゴシゴシ袖で擦って、思いきり睨みつける。どうして気が付かなかったんだろう、このムカつく顔に、嫌ってほど見覚えがあったのに!
心の底からシャウトした。

「分かってたなら言えよ!!」
「こっちを見ようともしない君が悪い」

レイモンド・ファントムハイヴは冷たく言い放った。

「百年前に生まれ落ちてしまったのだから、ダンブルドアどころか、自分の知る誰もがいないに違いない──そう思い込むあまり、自分自身に呪いをかけていたんだろう。こんなに近くにいて、五年もの間まったく気付かなかったのはそのせいだ」
「いや…あまりにもレイモンド様が麗し極まるせいでは…」
「君までそんな馬鹿みたいな呼び方をするのか?」

睨まれたので思わず吹き出した。いつ見ても満更でもなさそうな顔をしていた気がするのに、これも呪いのせいなのかな。

「いやお前どう見てもレイモンドって顔じゃないじゃん」
「、僕はどんな顔をしている?」
「レグルス・アディントンって顔」

背中に腕を回して思いきりかき抱く。レイモンドの顔をした唯一の存在は、俺を抱きとめると、そのまま骨が折れるかと思うほど抱きしめ返した。痛かったけど、まったく気にならなかった。
しばらくそうしていると、東からあたたかな光が差し込んでいるのに気がついて、ほんの少し顔を上げる。朝日が昇る時間らしい。懐かしさが極まって、喉奥にあついものが込み上げる。

「このまま気付かなかったらどうしてやろうかと思った」

小さな声が拗ねたように呟く。俺は目尻に滲む涙を、上等なしつらえの制服に吸い込ませて言い返した。

「その時は呪いをかけろよ。二度と見失わないやつ」

…雨はもうすっかり止んでいた。





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