02
悲鳴の反響するフロア会場。出口に殺到する足音。阿鼻叫喚。
仕方ないね。死体が動き出したどころか、動き出した娘の死体が母親を噛みちぎって殺すなんて思いもよらないことだろう。ところで頸動脈あたりを噛みちぎるっていうの、若干記憶が刺激されるから止めてくんないかな。マジで。
レイモンドの甥っ子もとい伯爵とその執事くん、二人だけがマーガレットと対峙した。伯爵は変装のためにかぶっていたかつらと、眼帯を隠す包帯をかなぐり捨てて叫ぶ。
「セバスチャン!」
「御意 ご主人様!」
セバスチャンと呼ばれた執事くんは懐に手をしのばせると、マーガレットに向けて何かを勢いよく投げた。ドスドスドス、バターン。マーガレットはなんの受け身も取らずに、もんどりうってひっくり返った。
執事くんが投げたものががピカピカに磨き上げられた銀食器だと気付いたのは、マーガレットにそれらが深々と食い刺さったのを見てからだ。凄まじい腕力してんね、執事くん。喉頭隆起に一発、心臓の真上に二発。その距離であんな細いものをブッ刺せるの、オリンピック選手も夢じゃないよ。
しかし、プロもとい癒者が言うけれど、既に死んでいる遺体に致命傷を与えたところで、なんの意味もないのではないだろうか。
今だから言おう。この懸念はフラグである。
「やったか?」
「お下がりください」
ふたりが慎重に距離をとったため俺も下がる。ところがマーガレットの遺体は、ぎしぎしと骨を軋ませると、人体ができるはずのない動きで立ち上がった。秒でフラグ回収しちゃったな。逆に笑える。やったか?とか言っちゃダメだよ伯爵。
とはいえ、正気を揺さぶられかねない凄まじい光景なのでツッコミした。こんな状況でも版権チェック警察への配慮は怠らない。
「ウォ…グ…ッドじゃん!」
「チッ!」
レイモンドさえも舌打ちして距離を取らざるを得ない状況らしい。伯爵とその執事くんだけならまだしも、他にもたくさんマグルがいる中で杖なんか取り出せるわけもないのだ。
「くそっ…失敗か。早く仕留めろ!」
「不死鳥!」
リアンが指示すると、棺を運び入れた男が二人、発砲した。うわっ、銃だ。久しぶりに見たな。
俺がちょっと気をとられている隙に、マーガレットは銃撃をものともせず男たちに迫る。ひとりに飛びかかった結果、そいつは彼女の母親と同じ末路を辿った。ゴキゴキボキメリブチゴリッ。全年齢グロテスク警察仕事して。
「この役立たず共め…!」
たった今倫理とモラルが息を引き取りました。
リアンは吐き捨てると、部下を置いてさっさと逃げ出した。生き延びた部下も同僚の屍を乗り越えてほうほうの体で逃げていく。レイモンドはリアンが姿を消すや否や杖を取り出したので、俺もそれに倣った。俺たちが魔法使いだってことは伯爵しか知らないって前に言ってたけど、執事くんは聞いてるってことだよな。きっと。たぶん。
「一体アレはどう始末すればいいんだ?」
「とりあえず動けないように解体してしまえばよろしいのでは」
「同感。見ろよ」
ふたたび銀食器を構えている執事くんは、一体どれだけ懐にしのばせてるんだろう。考えるのをやめた俺は、杖でマーガレットを指し示した。
「左足、銃弾で骨ごとイッてるだろ。なのに彼女は今、立って歩いてる。人体の構造上ありえない」
「なら、どうすればいい?」
「方法がないわけじゃないけど──」
「コイツらは頭潰さなきゃ殺せないよ」
第三者の声。
真っ赤な芝刈り機が躍り出る。エンジン音が宙を舞い、小さな刃はマーガレットの頭に向かって食い込んだ。ギャババババ。飛び散る頭蓋骨の破片と脳漿。誰か全年齢センシティブ警察呼んで。
芝刈り機を振り回した黒スーツの男は、たった今淑女の頭を轢き潰したとは思えない軽やかさでもって床に着地した。眼鏡だけは趣味が合いそうな優男だ。ゴツメの黒い縁の向こう側に、黄緑色に発光する瞳孔がある。
瞬きした。俺の本能的なところにある、魔法使いレーダーがビビッと刺激される。
あれ?コイツ人間じゃなくない?
「やっぱコイツ死んでんじゃん!だからちゃんと回収したって言ったのに…マジありえねえ…」
「何者だ?」
「坊ちゃんもよくご存知のはずですよ」
どうやらこの場で只人なのは伯爵だけのようだ。
優男はマーガレットの母親に芝刈り機を──いや、“ 死神の鎌”を振り上げた。きっと、ひとりの人間の人生を投影したネガフィルムが飛び出しているんだろう。伯爵だけじゃない、俺やレイモンドにも見えないもの。魂の記憶。俺も、神秘部に出入りする機会がなきゃ一生知る由もなかったことだ。
人間の魂というものを感知できる存在がいるなんて。
「死神…!」
この世界には人間の魂を喰う悪魔や、人間の死を刈り取る死神だのが本当に存在している。
特に死神という生き物は、死亡予定者の記憶を再生して、死に値するかどうかを審査しているらしい。魂を感知できる者のみ見ることができる“ 走馬灯劇場”。俺たちはマグルでも魔法使いでもない彼らを便宜上「魔法生物」と同じカテゴリに分類しているけれど、果たして奴らが「生物」なのかどうかも分からない。なんせ、魔法使いと彼らは生きる世界が文字通り違う。
ちなみに、刈り取るべき魂を餌にする悪魔のことを、死神は害獣呼ばわりしているようらしい。
「ん?その格好、もしやあんたが噂の“セバスちゃん”?」
「ええ…」
死神に噂されてる執事、かわいそう。
優男は死神派遣協会回収課のロナルド・ノックスと名乗った。彼もまた、仕事でカンパニア号に乗船していたらしい。みんな社畜極めてて何より。
どうやら彼の先輩と伯爵は顔見知りのようだ。怖すぎる。死神の顔見知りなんて作りたくもない。いや、俺のご先祖もお世話になってるんだっけ?いやあれは厳密に言うと死神じゃなかったのかな。すべては三人兄弟のみぞ知る。
「先程“頭を潰さなければ殺せない”と仰っていましたが、死神は死者が蘇る件について何かご存知なのですか?」
「いや、俺ら的にも詳しいことは何も」
ロナルドは肩を竦めた。
「ただ、魂を回収したはずの死体が活動してるって報告があって。管理課から回収課のミス扱いでクレーム入れられたもんだから、こうして調査しに来たんだけど」
「やはり死者が蘇ったわけではなく、魂の抜けた抜け殻がなんらかの方法で動いてる…ということか」
レイモンドは難しい顔で黙り込んでしまった。ひとりだけ置いてけぼりになっているのを感じる。動く死体とやらがみんなの共通情報なのは分かったよ。
俺はみんなのように社畜を極めていないので、仕事でここに来たわけじゃない。レイモンドもレイモンドで、闇祓いの任務で乗船したみたいだけど、だからって詳しい仕事内容は聞いちゃいないしさ。聞いてないことに問題はない。ついていかない、って選択肢だけはハナから無いだけで。
つまり、まとめると。
今回の件は魔法使いは関与していない。かといって、何かしらのファンタジー的な奇跡が起こったわけでもない。残るはマグルの科学技術が天元突破した線しかないんだけど、ホントにそうかなあ。十九世紀末のロンドンだぜ?ここは。三十世紀には猫型ロボットがタイムマシンでドリフトしてるって言われる方が、まだ信憑性があるってもんよ。
「魂が入っていない肉体が動くなど、ありえるのですか?」
「“上”もそんなことありえないって言うんだけど、実際こうやって動いちゃってるワケで。死神派遣協会的にも調査中ってワケ」
なるほどね。
現状明らかになっているのは、殺す──既に死んでるので訂正、動きを止めるには頭部を潰すこと以外対処法がないということだけ。魔法使いも死神もいるってんのに、情けない話だ。
「つまりリアンを吐かせるしかないようだな。行くぞ!」
伯爵と執事くんが踵を返す。俺たちも後に続く。
ギャババババ。
次の瞬間、モーター音が唸り、命を刈り取る音が空を切る。咄嗟に振り返ると、執事くんが芝刈り機をすんでのところでわし掴み、受け止めていた。
えっ、執事くん、死神の鎌受け止めてんの!?すごくない!?
「悪魔が乗船してたって管理課にバレたら「害獣に魂を横取りされた事実を隠蔽しているのでは?」なんてイチャモンつけられて、メンドーなことになりそうじゃん?」
攻撃の手をまったく緩めず、ロナルドが低い声を出す。
「そんで残業とかマジ勘弁なんで、ここで消えてくんない?」
…ん?
俺は聞き捨てならない単語を頭の中で復唱して、ロナルドと執事くんを見比べた。
えっ。今、悪魔って言った?
「は?執事くんて悪魔なん!?気配隠すの上手すぎだろ!ぜんッぜん分かんなかった!」
「気付いてなかったのか」
レオナルドから冷静なツッコミが入る。
いや、気付くわけない。悪魔は真っ赤な光る目をしていると聞く。執事くんは確かに昔の俺みたいな赤い目をしているけれどオレンジっぽいだけだし、そんな厨二病みたいな感じじゃないじゃん!
でも悪魔って言われたら超人的な腕力も納得してしまう。悪魔だったのか…オリンピック選手になってはいけなかったな…。
「チッ…僕は先に行く。少し遊んでやったらさっさと来い!」
「御意」
「ケニー!」
「あいよ」
名前ひとつで以心伝心。執事くんのフォローは任せてくれ。
甥っ子の後を追った叔父さんの背中を視界の端で見送る。脳内でうっかりモノローグをなぞってしまって、コンマ秒で吹き出しそうになった。
おじさん。あいつがおじさん。吹き出す以外の何者でもない。おじさん呼ばわりされるのは、あいつの兄貴だけだと思ってたよ。ああ、弟が恋しいね。
ところで、フォローに回ると言ってもなんだけど。
俺は筋肉ゴリラではないので、あの乱闘の中に捨て身で入れるわけがないんだよな。執事くんが死神の鎌で死なない程度に呪文を挟むのがせいぜいかもしれない。もちろん、間に合わないかもしれないけど、彼が本当に悪魔なら一撃で死には死ないだろう。俺の実に平均的な動体視力をナメるな。シーカーと一緒にするんじゃない。
「ふーん…」
黒い燕尾服のテールがひらり、ひらり。
それにしても、あの執事くんだ。セバスチャン、だっけ?死神と張り合えるなんて、あの悪魔は相当な実力者に違いない。俺もぜんぜん気付かなかったし。プライドが刺激されるのでそういうことにしておく。普通は分かるんだぜ?ロナルドも分かったし。
壁に寄ってうすーく盾の呪文を展開した。死神の鎌が弾いた銀食器がこっちに飛んできたけれど、なんなく弾いて床に落ちる。
拾い上げてしげしげと観察した。ぴかぴかに磨き上げられている。不純物なんてかけらもない、純銀製なんだろう。さすがは伯爵家の執事、こんな高級品をよく使い捨てにできるもんだ。
…伯爵家、か。
──甥っ子くんに爵位を譲ったのってなんで?
何年も前、そう尋ねようとしたことがある。
甥っ子くんは亡き父の、つまりレイモンドの兄貴の家督を継いでファントムハイヴ伯爵になった。でも本当は、レイモンドが継ぎかけていた。だって、レイモンドの兄貴が死んだとき、息子のシエルくんは消息不明だったから。
通常、伯爵の地位を相続する者がいないのなら、その家が統治していた領地は王室に返還される。でも領地はともかくとして、『女王の番犬』の役目は必ず誰かが努めなければならない。
そういうものなのだと、昔レイモンドに聞いた。自分は三男だから家業に関わらず、魔法使いとして、なんだかんだ好き勝手させてもらっているんだ、とも。レイモンドは兄や姉を慕ってたし、家族がそう取り計らってくれたことに感謝していた。
魔法使いをやめようとしていたほどに。
兄貴の──『女王の番犬』の後継としてファントムハイヴ伯爵になるなら、闇祓いを続けることはできない。魔法界にもいられない。マグルに身をやつすってことだから。
だからみんな止めた。俺は──仕方ないなって思った。こいつが愛しているのはなにもブラック家だけじゃない。二度目の両親も愛していたし、三度目の両親だってそうだろう。親兄弟も、兄貴の忘れ形見も。家族のためなら命さえかけられる男だ。俺はそれをずっと昔から知っていた。それがこいつのダメなところであり、愛すべきところだということも。
だから諸々手続きをして、マグルの女王に謁見も済ませんとしていた。そこに、思いもよらないことが起きた。
甥っ子が帰ってきたのだ。
甥っ子は当時まだ年端もゆかない、ホグワーツに入学もできないほどに小さな子どもだった。だというのにレイモンドは後見人にならなかった。それどころか、女王から叙勲されたのも甥っ子。きっと、なにか俺にも話せないさまざまな事情があったに違いない。それにはあの悪魔な執事くんが関係しているんだろう。
いやあ、嫌だっただろうなあ。兄貴の忘れ形見が悪魔に誑かされてるなんて。そりゃあ害獣呼ばわりするだろう。それでも追っ払ってないってことは、きっと契約済だったに違いない。かわいそうすぎる。
バチン!
一際大きな音がしたので、俺は瞬きして回想をやめた。執事くんとロナルドは距離をとって睨み合っている。
「時間に遅れて始末書とかナイし。仕事は要領よくこなさなきゃね」
あの死神の鎌、芝刈り機は芝刈り機なんだけどちょっとセグウ…イっぽいよな。いいな。乗ってみたい。刈り取られるのはゴメンだけど。
「ってなワケでまたね!セバスちゃん」
「…は?」
軽薄な優男はやっぱり某電動二輪車よろしく死神の鎌を乗りこなして去っていった。面白すぎる。やっぱ乗らせてほしい。
俺は壁を背中から離すと、腕をぐるぐると回した。
「やーお疲れ。死神に好かれるなんて大変だね執事くんも」
「見ていただけでしょう。貴方は」
おっと辛辣。まあ俺、彼のご主人様でもご主人様の親戚でもないしな。
冷たい視線を受け止めて、俺は彼に腕を差し出した。面食らっている執事くんにニコリと微笑みかける。くらえ今は遠き後継者スマイル。
「悪魔って三半規管強い?」
あとはお察しの通りである。
俺ほどの姿くらましのプロになると、行ったことのない場所であろうがそこが動く巨大客船の貨物室だろうがなんの迷いもなく到達できるんだよな。
きらめくシャンデリアの輝きが遠のき、暗闇が俺と執事くんを出迎える。うっすらと視界が保たれているのは床に落ちているガス灯と、杖から漏れるルーモスのおかげだろう。次の瞬間襲ってきた臭気に、思わずえずきかけた。ものすごい腐敗臭だ。
「ケニー!」
「セバスチャン!」
うおおおおマーガレットもどきが大量発生してるんだけど!?なぜ!?
俺も執事くんも、危なげなく階段へと着地した。アイコンタクト、のち無言の以心伝心。人生を三回繰り返すとこのような芸当もできるようになるんです。
レイモンドが伯爵や他の連れをぴったりと壁際へ貼りつかせたのを確認して、俺は執事くんの肩を後ろへと引っ張り倒した。貨物棚へ飛び移り、右腕を大きく振るう。貨物室全体に届くように。
「ペトリフィカス トタルス!」
閃光が迸る。受けた側から動く死体は次々と床に倒れて伏した。ピクリとも動かないし呻き声も上げないのは、俺の腕前によるものだよね。ここでドヤ顔。
大した人数ではなかったから、俺は二、三回同じことをするだけでよかった。無音の静寂が訪れた貨物室に、最後に今までとは違う動きで杖を振るう。ヒントはかつて、火消しライターでもって地下牢へ蛍火のような明るさをもたらした後輩だ。レイモンドたちの頭上に大量の棺桶がぶら下がっているのを見つけてちょっとだけ寒気がする。なるほど奴らはあそこから降ってきたというわけか。いや怖すぎ。
レイモンドが立ち上がって、俺を睨みつけた。
「遅いぞ」
「悪い」
でもこれが最良の対処法じゃない?これ以上血まみれスプラッタ案件が発生しないならいいことずくめじゃない?少年たちの教育にもよくないしさあ。
俺は瞬きした。人数が増えている。
かわいらしく着飾った金髪の少女に、薄い緑色の髪をした燕尾服の青年だ。青年の肩には
「ケニー!?」
バン。
ものすごい音をたてて背中が貨物と激突する。みんながギョッとしてこちらを見たけれど、俺はそれどころじゃなかった。青年の体に巻きついてるものに釘付けになっていた。
蛇だ。色とりどりの蛇が、青年の肩やら頭やらをズルズルと這い回っている。冷や汗がダラダラ出た。マーガレットが母親の頸動脈を食いちぎった時ですらここまで動揺しなかった。最悪。こんな形でトラウマになっていることを思い知るとはね。
「ごめんちょっと無理」
俺はなんとかそれを口走った。
「昔噛まれたり死にかけたりいろいろありすぎてそれ以来マジ無理なんだよ蛇ごめんマジで」
「死に…そうか、すまない。ってワーズワスが言ってる」
蛇がスルスルと彼の服の中に引っ込んだ。いやつまり“そこ”にいるじゃん。俺はやっぱり貨物から背中を剥がすことができなかった。ここまで露骨な態度とってごめん。全部頭蓋骨に皮膚だけくっつけた眉毛も鼻もないあの野郎が悪いんです。
レイモンドは俺の何もかもを知っているので、ぜんぶ無視して金髪の女の子の手を引いた。
「ケニー、彼女はシエルの婚約者でエリザベス・ミッドフォード。僕の姪でもある。彼はスネーク。ファントムハイヴ家の従僕だ」
「はじめまして」
「よろしく…」
ごめん。上流階級の人たちがこんな丁寧な対応してくれてるのに、元日本人よろしく頭下げるだけで無礼だよね、ほんとごめん。
なんとか深呼吸して、そろそろと壁から背中を剥がす。大丈夫だって。スネークくんの蛇はみんなナギニみたいなサイズじゃないじゃん。深呼吸。すーはー。
「俺はケニー・アディントン。レイモンドの学友だ。これでも一応癒者をやってます」
「じゃあ、あなたも叔父様と一緒で魔法使いなの?」
「そういうことっすね」
さすがは女王の番犬の婚約者。周りを動く──今は動かない──死体で囲まれているのに目をキラキラさせるとは、肝が据わっている。
「とりあえず全部石化させたから、もう襲ってこれないと思うけど」
動く死体はすべて目を布で覆ってある。死体はどんな生き物であれ、眼球が沈んで目が窪んでいく。そこに筋肉があるからね。顔が生前とだいぶ変わっちまうから、ちょっと直視しにくいものだ。だからああしているんだろうけど、ちょっと怖い。顔がぜんぶこっちを見ているまま倒れているからだ。
え?動けないよね。俺の魔法は完璧だよね?
「それにしても、なんのためにこんなに大量にこの船に?」
「それは──」
執事くんはそう言いながら、ルーモスに照らされていない暗がりに向かって銀食器を投げた。誰かが息を呑む音がする。目を丸くした。リアン・ストーカーが身を隠していたのだ。輝く刃が彼の目の数ミリ前に突き刺さっている。
「彼にお伺いした方がよろしいかと」
「ロコモーター モルティス」
執事くんが言い終わるが早いか、レイモンドが素早く足縛りの呪いを放つ。ひっくり返ったリアンは脂汗をかきながら叫んだ。
「違うんだ!アレは不完全な完全救済で…こんな不健康な状態で蘇生する予定では…」
「言い訳は結構」
レイモンドがぴしゃりと言った。セバスチャンはセバスチャンで、床に転がったリアンを引っ張り起こして笑顔で腕を拘束している。この二人、相性良いなあ。
「頼む、話を聞いてくれ!」
「もちろんだ。警備室でゆっくりとな。なに、ニューヨークまで時間はたっぷりある。温かい紅茶もつけようじゃないか」
「待ってくれ!頼む!」
「何をです?彼らもすべて片付いたことですし…」
「そうじゃない!」
みんなで顔を見合わせた。どうも様子がおかしい。
「この船は最新式のレシプロ蒸気機関を使った、巨大なボイラーが船の中央に設置してある。ここはボイラー室を中心にふたつに分断されているんだ!」
「それがどうした?」
「つまり、この船には船頭と船尾に分断された、二つの貨物庫がある!」
伯爵とレイモンドが息を呑む音がした。この時の俺には、理解が追いついていなかった。
「そして…そして船頭の貨物庫には、ここにある十倍の被検体が運び込まれているんだ…」
首を垂れたリアンが呟いた言葉の意味を噛み砕いて理解するのに、少々の時間を要した。全員が言葉を失っている。俺はなんとか言葉にしてみたけれど、あまりのことに脳がバグっていたため、絞り出したその言葉は、あまりにバカすぎるセリフだった。
「十倍ってつまり…何体?」
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