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前回の続きから。
今度はコウタ視点に切り替わります。
一ヶ所名前変換が無いのでご注意ください。デフォ名仕様となってます。
「なんで、黙ってたんですか」
病室に運んでからもずっと意識を失ったまま、荒い呼吸を繰り返している親友を見下ろす。腕に巻かれた白い包帯は、そこに怪我があるわけでもないのにとても痛々しくて。
思わず口から出た言葉に驚くほどの怒気がこもっていたのは許してほしかった。
「こいつがあれからずっと極東支部にいたって。しかも、黒蛛病に罹ってるなんて」
サカキ博士は沈黙したまま、眼鏡をくいっと押し上げた。そのポーカーフェイスからは、何も読み取れない。
「彼が、自分の立場をよく分かっているからだよ」
「立場?」
「“ケニー・アディントン”という人物は、今やアナグラにいる神機使い達の支柱と言ってもいい。他の支部への影響力もあるしね。そんな彼が黒蛛病に罹ったとなれば、士気が下がるのはもちろんアラガミの討伐に影響が出るのは当然だろう?」
「そんな…」
でも、実際何も言い返せない。
ケニーは、普通の神器使いが太刀打ちできないような強力なアラガミや新種アラガミの討伐任務を数多く請け負ってきた。スカーレットがきてからは、活動範囲をますます拡大している。
家庭を持ったリンドウさんの肩代わりだってするようになったから、いろんな意味で、こいつは責任のある立場になりつつある。
「どうせ隔離されて動けなくなるのなら、黒蛛病の研究を進めたいと言われてね。私の研究室ならデータ環境は整っているし、通信インフラをシャットダウンしている、誰にも見つからない部屋が偶然にもあったものだから」
「でも…せめて私達に言ってくれれば…」
「黙っておいてくれと言われたのさ。独立部隊クレイドル所属の、極東支部元第一部隊隊長としてではなく、ケニー・アディントン個人としてのお願いでね」
「…っ」
そんな風に言われたら、断れるわけがない。博士じゃなくたって、そうだろうに。それが分かっていてこいつはそんな風に“お願い”したんだ。
あの赤い防護扉の向こうに広がっていたのは全て、黒蛛病に関する書類ばかりだった。黒蛛病患者のリストや、黒蛛病の研究資料、こいつがまとめたらしい書きかけのレポート。何度も何度も書き直した跡があって、そして初めて、ケニーの目の下に隈があることに気付く。
ぎゅっと唇を噛み締めて、それ以上は何も言えなかった。
「…彼は」
ずっと黙っていたブラッド隊長、レグルスが口を開いた。
「彼はいつから黒蛛病に?」
「いい質問だ。それが、彼が口を閉ざした理由だよ」
にこりと笑った博士は、手袋を嵌めた手でそっとケニーの前髪を払った。
「ケニー君は何も言わなかったけど、彼が自分の黒蛛病感染検査をした時期と、実際に発症した時期を照らし合わせれば…おそらく九割九分の確率で、彼がロミオ君とジュリウス君を助けにいった時──だろうね」
「なっ…!」
「君たちがそういう顔をするだろうから、彼は口を閉ざした」
先手を打って言葉を挟んだ博士に、息が詰まる。
なんでこいつはいつだって、自分の事は疎いくせに。そういう事にばっかり頭を回して、自分だけが泥を被って。
「…向こう見ずな行動をとってしまったわけだから、そのツケがくるのは当然だと笑っていたよ」
意味が分からなくて、俺はぐっと唇をかみしめた。
なんで笑うんだよ。笑えるんだよ。お前死んじゃうんだぞ。分かってんのか。
「君たちに同情されたいから、病に侵された体に無理を強いて黒蛛病の研究を続けていたわけじゃない。分かるね?」
「………」
「彼は、たった一人の家族を助ける方法を見つけるために、命の炎を燃やしているんだよ」
「…家族?」
俯いていたシエルが、ぽつりと呟いて顔を上げた。博士は、いつもの微笑みをたたえているだけ。それに関して、彼が再び口を開く事は無かった。
終了。
ここまでネタ提供しといて言わないとか博士まじ意地悪い。
ともかく、博士の言う事も気になるしでフライア突入はお兄ちゃんの目が覚めるのを待つことに。数日後目を覚ましたお兄ちゃんを何が襲ったかっていうと、もちろん愛の鉄拳である。誰のって、もちろん彼のあれである。
以下、このシリーズで何気に初のお兄ちゃん視点。
説明しよう。
黒蛛病の痛みに耐えきれなくって意識フェードアウトして、次に目覚めたら病室だった。
ここまではまだいい。ベッドの傍に付き添っていたのが居眠りしてるアリサとコウタなのも、まだいい。
ただ、俺がアリサの頭をくしゃりと撫でようとして「ああ、もう触っちゃ駄目なんだっけ」と意気消沈していた時に、ちょうど病室に入ってきた誰か(確認できなかった)が、俺の顔面を渾身の力でぶん殴って来たことには、理解ができないんですけども!!ベッドからすっ飛んで転げ落ちたんですけども!!
「いっ…てええ…!!」
「やはり君は畜生に劣る馬鹿のようだから、こうして鞭代わりに制裁を与えただけだ」
低い声に聴き覚えがありすぎて、俺は涙目になりながらも仁王立ちしているその人を床から見上げた。
黒い髪、灰色の瞳。顔だちも声も何もかもが、俺が覚えている限りの彼と、瓜二つで。思わず大口を開けたまま、ぽかんとして呟いた。
「……レグルス…?」
「君は馬鹿だ」
怒鳴られる。そう直感したのは、今までの経験が予測させたものなのかもしれない。思わず肩に力が入った瞬間、久しぶりに聞く怒声が俺の鼓膜を思いっきり叩いた。
「どうして防護服を着なかった、どうして一人で助けに行ったりした!!相手が感応種だって事も、君が行ったところで神機が動かなくなる事も、君は知っていたはずだ!!」
あまりの声のボリュームに、寝ていたアリサとコウタもびくりと痙攣して覚醒する。それすら目に入らないといった様子で、レグルスの怒りのボルテージはうなぎ登りのようだ。
「その結果がこれだ!黒蛛病に罹って、無理をしてまで研究を続けて──悲劇のヒーローでも気取りたいのかお前は!!」
「な、…んなわけねーだろ!確かに、黒蛛病に罹っちまったのは俺の油断が招いた油断だけど、研究に関してお前にどうこう言われる筋合いはねえ!!」
「言ってやるさ何度でも!!だいたい君は肝心なところで気を緩めるからここでもこうやって痛手を負っているんじゃないか!!」
「昔の事ほじくり返すな!!んな事言ったらてめーはどうなんだよ、ロミオが死んじまったのは上司であるてめえの監督不届きってのもあんだろ!!」
「え、えーと、」
終了(笑)
自分が言ってやりたかった事を全部言われたりとか、いつだって冷静沈着で物静かだったあのレグルス隊長が激昂してるとか、ともかく目の前の光景に持ってかれて何も言えなくなるコウタ。
アリサもアリサで、お兄ちゃんを言い負かす人物がこの世に存在していたのかとか、知り合いだとは聞いていたけれど言い合いする仲なの?仲悪いの?ってなっておろおろする。
レア博士は空気に溶けました。
騒ぎを聞きつけてやってきたサカキ博士により、病室はレア博士、ブラッド、コウタとアリサのみになる。落ち着いたところで、サカキ博士がみんなをぐるりと見渡して、レグルス視点。
「──というわけで、2チームでフライアに乗り込もうとしているわけさ」
粗方の説明を受けたケニーは、しかめっ面でじっと考え込み始めた。そんなケニーを見て、博士はにこりと微笑む。
「私は、ユノ君のチームにケニー君も加えるべきだと思う」
「…何故です?」
異を唱えた僕の声は、思ったよりよく響いた。全員の注目を──ケニー以外の──集めてしまい、でも引き下がらずに僕ははっきりと告げる。
「彼は黒蛛病に侵されているんですよ?まともに神機が振るえるとは思えない」
「ああ、もちろん彼は非戦闘員として数えているよ」
黒蛛病は身体機能の著しい低下、そして発作による吐血が症状として現れる。そして病が進行すればする程に衰弱する。
ちらりとケニーを見る。記憶にあるものよりもずいぶん細くなった手首から覗く白い包帯は、アスナがしていたものと重なって、固く拳を握りしめた。
「彼の力は確かに弱くなったけれど、神機を握れないわけじゃないからね。一つ目は、ユノ君に万が一があってはならないからその護衛」
「…一つ目?」
女の子一人守れないようじゃ、“極東にケニー・アディントンあり”の謳い文句は返上してもらおうかな。そう微笑んで笑った支部長の意図が読めず、オウム返しに疑問を口にする。
しかし支部長はそれに答えず、二つ目は、と説明を続けた。
「ラケル博士、可能性は低いけれど、グレム局長。この二人のどちらかと、フライアを解放するように交渉してもらう」
「交渉、ですか」
「どちらかといえばこちらがメインの目的だ。正攻法で攻めるから、できればグレム局長がいればいいんだけどねえ」
サカキ支部長が肩を竦めたが、正直こちらも肩を竦めたい気分だ。説明不足すぎて、全く意味が分からない。一つ目はともかくとして、二つ目なんて理解不能だ。
ケニーは元第一部隊隊長を務め、そして今は独立部隊クレイドルとして各地で活躍している──それは僕も知っている。
けれど、実績があるからといって、彼が交渉人として選ばれる理由にはならない。こちらがメインという理由にも。
交渉人ならば、ジュリウスやラケル博士、グレム局長と面識のある僕らブラッドの人間か、レア博士の方が妥当だ。
「彼が交渉人として選出された理由は、何ですか?」
そう思ったのはシエルも同じらしい。戸惑いがちにケニーに視線を投げ掛けながらも、いつも通りはきはきとした口調でサカキ支部長に質問した。
けれど、彼女の質問に答えたのは支部長ではなかった。
「…グレム局長って権力に弱いんだろ?だからだよ」
「え?」
ポケットに手を突っ込んだケニーは、チェーンを外した懐中時計を机の上に置いた。
彼が以前、知人にもらった懐中時計を持っていたのを知っている。けれどこの時計は、あのようなシンプルなものではない。ずいぶん古びており、少し曇ってはいるものの未だに黄金の輝きを放っている。蓋には見事な装飾が施されていた。家紋のような紋章が、蓋の大部分を占めている。
どうして彼がこんなものを持っているんだろう。疑問に思っていると、懐中時計の蓋を指差したサカキ支部長が再び口を開いた。
「これ、なんだか分かるかい?」
「どこかの家の、紋章…いや、家紋か?」
「うーん…でも、分かんないや」
「…これ、見覚えがあります」
時計を手に取ったシエルは、それを掲げるようにして、天井のライトへあてた。
「シエルちゃん、見た事あるの?」
「おぼろげに…幼い頃、どこかで見たような気がするのですが…」
首を振ったシエルは、それをそのまま後ろで見守っていたレア博士に渡した。
「レア先生、この時計に見覚えがありますか?」
「…ちょっと見せて」
時計を回しながらしばらく眉を寄せていた彼女には、思い当たる節があったらしい。すぐに目を見開いて、時計を握り締めたまま立ち上がった。
「これ…!どうして貴方が持っているの!?」
「さすがはクラウディウス家のご令嬢だ」
「つーか、その前にマグノリア=コンパスの先生だろ。見覚え無かったらおかしいって」
「どういう事ですか?」
置いてけぼりにされた僕らは、彼らのやりとりをただ見ている事しかできない。当惑集団代表で、シエルが意見を求めた。尤も、僕ら以上にレア博士は当惑しているらしかったが。
時計とケニーを見比べながら、震える声で呟いた。
「これは──この紋章は、ヴィスコンティ家のもの」
「…え?」
「これを持つのは、代々ヴィスコンティ子爵を名乗る人間のみ。なのに、どうして…」
「言っとくけど、盗んでねーからな」
当惑を怒りの形相に変えかけていたレア博士を見上げながら、ケニーはぼそりと呟いた。
「彼がこの時計を盗んだわけではないよ、レア君。彼は先代から受け継いだだけさ。正当な次期当主として」
「意味が、よく…」
「彼の名前、ケニー・アディントンは偽名だという事さ」
爆弾を次々投下していくサカキ支部長に、誰も着いていけていない。着いていけているとのは、当事者であるケニーだけだ。
「シエル君が見覚えがあったのは、おそらくジュリウス君と幼い頃から共にいたからだろう。マグノリア=コンパスの人間であり、ジュリウス君を引き取ったレア君なら、もう分かるね?」
「そんな…だって、まさか」
「どういう事だ。俺達にも意味が分かるように説明しろ──どうした、シエル」
痺れをきらしたギルバートが唸る。そんな彼の袖を、蒼白になったシエルが震える手で掴んでいた。
「──ジュリウスがマグノリア=コンパスに引き取られたのは、家族が亡くなって天涯孤独の身になったからなんです。四人家族だったのだと、両親と兄なのだと、ジュリウスが幼い頃に、教えてくれたんです」
「…兄、って」
思い当たる節があって、僕はケニーを凝視した。彼の瞳は、僕のよく知るハシバミ色ではない。かつて偽っていた、ルビーでもない。
黒い前髪に隠れているのは、優しく淡い、アッシュグレー。
「彼の本名は、#name2#・ヴィスコンティ。正真正銘、ヴィスコンティ家の嫡男だよ」
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