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嘘のような、本当の話。
2015年が終わったと思ったら2016年がまるっと世界から消えていて、いつのまにか2017年がハッピーニューイヤーしていた。
世界の認識が1年ズレた。市場マーケット、気象台、宇宙科学。ありとあらゆる専門家が首を傾げたが、そんなバカみたいな現象は現実に起こりえた。いったいなぜこうなったのか、どこの誰にも説明できない──なんて。
そんなビックリが起きた世界で、俺はフツーに生きていた。
4歳になったばっかのハロウィーンに家族が皆殺しの危機に遭い、弟が天涯孤独の身になるわけでもなし。殺人鬼が甦って、メンタルやられまくりの学生時代を謳歌するわけでもなし。
フツーに平凡に。ちょっぴりまあ、魔法とか、マジックなんて比べものにならない奇跡とか起こせちゃったりするけどさ、そこはまあ、言わなきゃいいわけでありまして。
そんな感じで、世界の認識がどうのこうのなんてものからはほど遠いところで人生を謳歌してたはずの俺は、父さんから連絡をもらって爆速で実家に帰宅し、玄関の戸をぶち開けたわけだ。
「ケニー」
父さんが身を引いて、ベッドの傍に置いてある三脚椅子を空けてくれた。そんなものには目もくれず、俺はベッドシーツに埋まっている体のすぐ傍へ手をついた。
握ってやれるはずの左腕がそこにはない。
「今、ようやく眠ったところなのよ」
弱々しく微笑んだ母さんを抱きしめた。母さんの左腕には、力の限り何かが掻き毟ったような痕がついていて血が滲んでいる。改めてハリーを見下ろした。体のあちこちが火傷で覆われ、右手の指先には血が滲んでいた。ただ横たわっているだけの体がなんとか呼吸して、命を繋いでいる。
ハリーの左腕はもう戻らない。なんとなく、そう感じた。
「見つかった時には瀕死の状態だった」
ずっと黙ったままだったシリウスが、唸るように言った。
「ダンブルドアが時計塔の反対を押し切ってカルデアに出向かなければ、死んでいたかもしれない」
俺はハリーの体をすっとひと撫でした。暗く、ほの暗い色の炎がたちのぼった。めらめらとハリーの体を責め続ける炎はまるで呪いのようだった。怨嗟の炎だ。俺は空いた左手でギイギイと喧しい炎を立ちのぼらせると、炎をまるごと包み込んだ。悪霊の呪いは同胞とも呼べるかもしれないそれを嬉しそうに飲み込んで、消えていった。
呼吸音が幾らか落ち着いた。たぶん、ハリーの体を蝕んでいたのは火傷だけではなかったんだろう。
魔術師でも何でもないけど、魔術師の家に生まれたからと、あらかたの常識を叩き込まれて育った俺は、2016年に起こった出来事のおおよその真実を知っていた。
嘘のような、本当の話。
世界の危機はたった一人の少年によって回避された。
人類の未来を語る資料館、人理継続保障機関フィニス・カルデア。世界中でそこだけがただしく2016年を認識し、観測し、1年間の子細な記録を残していた。魔術王を名乗った者による3000年前に遡る途方もない計画。人理焼却。しかしそれはカルデアの面々による尽力の結果、辛くも水際で食い止められた。事故によりわずかに残っていたスタッフと、たった一人の少年によって。
そんなばかな。世界は驚き、おののき──しかしゆっくりと時間をかけて受け入れていく。受け入れるしかない。だってその驚くべき事実は既に過去となって、記録されている。
ありがとうカルデア、ありがとう少年。世界は君達の活躍によって救われた。ハッピーニューイヤー!
どっこい、ハッピーニューイヤーできない人たちもいるわけだ。
その少年は、平凡な子どもだった。
生まれも普通、経歴も普通。これといった特技があるわけでも、得意な能力を持つわけでもない。ああ、いや。たったひとつ、ごく平凡な少年が盛っていたたったひとつの才能──マスター適性だ。
霊子ダイブを可能とする適正。魔術回路を持ち、マスターになる資格を持つ者。『あの日』、48人のマスター適性を持つ人間が集められた。名門出身の38人、そして少年のように、ごく一般人の中から10人。
誇りある名門貴族を押しのけ、ごく普通の少年が世界を救った。それが気に入らない奴らは大勢いたというわけだ。
もちろん、ただ気に入らないってだけじゃないらしい。
どうやら『その日』カルデアで行われていたのは人理を背負った一大プロジェクトだったらしいのだ。いやカルデアって、国連とかそういうのも関係してるらしくてね。下手すりゃ国際問題ってわけだ。ますます、ぽっと出の少年が世界を救ったってのが気にくわない連中がアップを始めるってもんよ。
そして、何が起こったかの子細を俺は知らない。たった今まで、こうして事情を聞くまでは知る由もなかった。
魔術師ってのはとにかくプライドが高くて傲慢で、血筋と重んじる秘密主義者──まあ、スリザリン生みたいな連中ばかりだ。いま俺、すごくいいたとえをしたと思う。実際シリウスだってそう言ってたもんね。魔術師と話してると、ブラック家やスニベルスを思い出すって。その横でレグルスが渋い顔してたから、取り繕ってたけど。また話が逸れたぞ。
とにかく、再び魔術師の名家から才能ある若者が集められるようになり、カルデアに多くの魔術師が集った。俺の弟、ハリーもまたその一人だった。
その結果がこれだ。
「ダンブルドアのお陰で、この半年秘匿されていた情報がようやく外に開示された。カルデアはもはや安全な場所ではない。コントロールの効かない使い魔──サーヴァントが勝手に跋扈しているという話だ」
父さん、跋扈って。跋扈って、もはや人じゃねえ。あっ人じゃないのか。使い魔?元々は歴史に名を残した偉い人なわけだけど、それってゴーストと何が違うの?魔術師の常識とかわかんないからスルーしたい。
「シリウス」
やっとの思いで声を絞り出す。一番気になっているのはそこじゃなかった。
「カルデアには、レグルスもいるんじゃないのか」
吐き気を催す邪悪。
いつだったか、セドリックが日本のマンガでそういう言葉を目にしたと教えてくれた。なんだその単語のチョイスとセンス。そうツッコミを入れたのを、なんとなく思い出す。
曰く、何も知らない無知な者を、自分の利益のためだけに利用した悪役を指した名言だとか。ざっとしたストーリーの流れと、キャラクターの立ち位置などなどを細部に渡って語られた俺は笑いながらこう返した。
そりゃあ間違いないな。
この時、俺はセドリックのあんまり熱の入れように若干引き気味になっていた。こえーよ。お前いつのまにそんなマニアになってたんだよ。たまに奇妙な立ち方をしていたのはそのせいか。
まあ、セドリックがいつのまにか日本のカルチャー文化にかぶれまくっていたとか、そういう話は別にいいんだよ、今はね。
──吐き気を催す邪悪。
日常じゃあとても使わない、思いつきもしない。それこそマンガの中しか出てこなさそうな言葉を、なぜ今俺は思い出しているのか。
その言葉に相応しい光景が目の前にあるからだ。
「こちらが回収された触媒でございます。これほど価値があり、有能な触媒は他に存在しないでしょう」
「出自、魔術回路共に平凡以下の凡庸な魔術師ですがね。しかし、100騎以上の英霊と縁を結ぶ芸当は、人類史上他の誰も成し遂げていない」
「次の聖杯戦争に聖遺物など不要です。これさえあれば、複数の英霊召喚どころか、エクストラクラスのサーヴァントの召喚も現実のものとなります。実際、かの天文台には、ルーラーやアヴェンジャーなどの他にも、未記録のエクストラクラスのサーヴァントが召喚されていたという噂がまことしやかに囁かれて──」
なんかもう途中から何言ってんだか分かんねえ。
聞いてもないのに語り出したその女は、聖杯戦争のサーヴァント召喚のための触媒となる聖遺物の代わりになるだろう、と謳われたものを前に恍惚と頬を染めている。鈍く銀色に光るカプセルはおよそ2メートル。大小さまざまな大きさの管が大きな機械に繋がっていて、ゴウンゴウンと大きな音をたてている。
そのカプセルの中には、人間が浮いていた。
「(いまこの女、触媒つったか?)」
まだ少年と形容していいほど幼い子どもは、おそらく十代半ば。顔の彫りはそう深くない。バインダーにまとめられた資料はそう多くなく、彼の名前と身体情報が小さく載っているだけだ。
藤丸立香。
半年前、人知れず人理を救った少年の名前だ。
「魔術師は常識と信念を天秤にかけて信念をとる連中ばかりじゃ」
「ええ。よーっく、それが分かりましたよ。父さんやシリウスのような考えは、むしろ異端だと唾棄されるものだとね」
俺は広辞苑もかくやというほどの分厚さの資料を放り投げた。ドスンという、紙の束にあるまじき音がする。その上に、藤丸少年の資料をくっつけたバインダーを放り投げた。
「あなたはどうなんですか?」
「それはわしが判断する事ではない」
ダンブルドアは、広辞苑並みの分厚さの資料を指でつまんで、ぺらぺらとめくった。読む気はなさそうだ。
「根源への到達、じゃったかのう?とんと興味がないものじゃったから」
「そこんとこ死の克服って言い換えたら、俺にもあんたにも若干どころじゃないくらい身に覚えがあるはずですけどね」
「聖杯の存在が歴史に記録されてより今まで、たびたび聖杯戦争が行われておる。マスターとサーヴァントが契約し、その度に多くの血が流されてきた」
華麗に無視された。
「ここで重要なのは、いつの聖杯戦争でも、一人のマスターが契約できるのは一騎のサーヴァントのみである、という事じゃ」
「…おかしくないですか?」
「急ぐでないケニー。物事には順序が肝心じゃ」
ダンブルドアは髭を撫でながら資料を一枚ずつ捲っては、なんだかんだ速読していたらしい。器用なもんだよ。
「なぜ一人のマスターにつきサーヴァントは一騎だけなのか?簡単じゃ。彼らが現界し続けるのに必要な魔力は、マスター自身が補わなければならんからじゃ。世界を滅ぼすほどの宝具を持つサーヴァントもおる。喚び出した英霊次第では、ほれ、すぐに枯れはててしまうじゃろう」
「………」
「カルデアは独自のシステムを開発し、マスターの最も大きな負荷であるサーヴァントへの魔力供給を電力で肩代わりすることで、より少ない魔力で多くのサーヴァントを召喚することに成功したのじゃ。だからリツカ・フジマルは多くのサーヴァントを使役することができたのじゃよ」
尤も、使役という言葉は彼らの縁にはいささか不適切であるようじゃ。そう呟いたダンブルドアは、はじめて微笑んだ。
「実に勇気あふれる、心優しい少年」
「…そう、ですね」
そこは認める。
「彼は真に善性の人間じゃ。だからこそ多くの英霊が彼に力を貸したのじゃろう。慕ったマスターがあのような非人道的な扱いを受けたと知れば、怒り狂うのもわけはない」
「………」
「しかし、あの状態の彼を解放するのは困難じゃ。仮に解放したところで無駄…彼はおそらく死亡した事になっておるじゃろう。帰る家も戸籍もすでに抹消されておる。カルデアも、魔術協会の手が入って久しいからのう。痛ましい事じゃ」
ダンブルドアは書類を一通り捲って、バサッとごみ箱に放り投げた。
カルデアの分厚い資料も、カルデアの医療スタッフが必死に残した膨大な記録も、藤丸立香少年に関する薄っぺらい数ページの報告書も。
だって、まあ、ダンブルドアに関係ないもんね。
アルバス・ダンブルドアは魔術協会に籍を置く魔術師だ。イギリスに居を構え、時計塔と呼ばれる学園都市で長いこと教鞭を振るってきたじいさん。というのが、今生の彼の略歴である。
ダンブルドアは今回、藤丸立香の件で時計塔の反対を押しきってカルデアに立ち入り、未成年のマスター候補者を救出してくれたらしいんだけど、思い出してほしい。あのダンブルドアがなんの見返りもなしに、そんな慈善活動するわけがない。
「歴史に名を刻んだ英霊といえど、使い魔風情に教え子を嬲られ黙っておるわしではない」
アイスブルーの瞳がきらりと輝いた。
「…魔法がどこまでサーヴァントに通用するか試したかったんじゃないんですか?」
キメ顔のまま黙った半月メガネに拳を一発キメて、俺は踵を返した。
向かうは標高六千メートルの雪山に作られた地下工房、またの名を人理継続保障機関フィニス・カルデアだ。
+++++++++++++++++++
誰もハピエンにならない胸糞エンドに…したい。
たぶん匙を投げてハピエンになる。
補足説明。
・ケニー・ポッター(22)
設定2よりちょいっと若いぞ!
生い立ちや経歴は設定2と被るので省略。
お兄ちゃんがアップを始めるのは身内に危機が迫った場合。
まずはカルデアへかちこみ。話はそれからだ。
どこもかしこも殺伐間違いなし。
親友の運命や如何に。ハリーごめん。
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