02


セドリックのアパートより俺のアパートが近かったので、そっちに向かうことになった。セドリックには申し訳ないけど、自力で歩いてもらう。救急車?恐竜みたいなのが襲ってきた時点で呼ぶ選択肢は消しましたとも。
だってこれ絶対に校長召還案件。

「ダンブルドア先生、なんて?」
「明日の朝来るってさ」

スマホをタップして画面を暗くする。ため息をついた。こんな時に限って一番頼りになりそうなレグルスは母親に付き合ってオーストリアのオペラ座にいる。あと一週間は帰ってこない。
セドリックは足に乗せている氷嚢をからからと揺らした。

「とりあえずお風呂に入ってきたら?彼は僕が診てるよ」
「そうする。よろしくな」

白いのを運ぶときに血まみれになったシャツをお湯につけながらテルジオスコージファイ、テルジオスコージファイ。赤く滲み出てくる血は、人間から流れ出るものと変わりがないように思う。
あの白いのは、あんなに血が流れていたのにも関わらず、死ななかった。普通なら致死量を超えてショック状態を起こしててもおかしくない。
人間じゃないってのは予想してたけど、こうも人間じゃないっていう事実を突きつけられると途方に暮れるよね。どうしろってんだ。関わりたくない。
白いのは浅く呼吸を繰り返しつつも、目覚めない。

「どう思う?」
「どう思うって」

俺はセドリックにココアの入ったマグカップを差し出しながらため息をついた。

「さっさと捨ててくるに限るわ、こんな不穏なもん」
「どこに?助けてしまった時点で、捨てるって選択肢をその頭の中から消してるくせに」
「…最初にこいつを助けたのはセドリックだろ」
「血まみれで倒れてる人を放置しろって?」
「こいつは人じゃない」

得体のしれないものを俺のベッドに寝かせてるってだけでものすごく譲歩してるんだぞ。他人事だと思って。マーリンの髭!

「だいたいお前、そいつを庇って殺されかけてるんだぞ」
「殺されかけていたのは彼だよ」

閉口する。
俺はセドリックみたいに優しくない。俺は俺の大事なものが大切だから、目の前に転がるもののせいで、俺の大事なものが脅かされるってんなら捨て置くくらいにはドライだ。路地裏にもう一度捨ててくる勢い、ってのはまあ、言いすぎだけれども。
憐れむべきものすべてに手を差し伸べようだなんて博愛精神は持ってない。差し伸べたところで、抱えきれるはずもない。俺にできるのはせいぜい、元々持っているものを手放さないようにする程度だってのに。
得体のしれない以下略が俺のテリトリーの中にいるストレスか、眠れそうになかったので俺は寝ずの番を引き受けた。

「(ほんとに、人間じゃないみたいだ)」

月明かりに照らされた白いのは、よく見たら整った容姿をしていた。あまりに整いすぎて余計に人間味が遠ざかっていく。俺は、スツールの上にテキトーに畳んだ服を一瞥した。脱がすのに苦労したそいつを広げてみると、記憶の彼方にちらついたキモノ、というものに似ていたように思う。
ため息をついて目を閉じた。こいつの口から日本語飛び出してきたら、会話もままならないかもしれないんだが。








おふざけも大概にしてもらいたい。

「これは剣に宿る精霊だ」
「はい?」

翌朝やって来たダンブルドアは一人じゃなかった。隣に小さな、いかめしい顔をした男を連れていた。その顔に見覚えはある。フィリウス・フリットウィック。何度か生き死にを繰り返したから、この顔は久しぶりに見たんだけど、忘れるわけもない。抱っこしてハグしておいた。はたかれた。うん、相変わらずだ。

「いってーですよフリットウィック先生」
「君に先生と言われるとこそばゆいな──ああ、ディゴリーもいたのか。いや久しい」
「本当にお久しぶりです」

嬉しい再会はさておき、さっそく私室に二人を通した。どうしてダンブルドアが彼を連れてきたのか、なんとなく分かるような気がしたけど、気付かないふりをしたまま。
そして数分後の、人外宣言という爆弾投下だ。敬意をすっ飛ばしてしまったのは仕方がなくない?そしてもう一度言う。おふざけも大概にしてもらいたい。

「いいや、間違いない。私の中に流れる小鬼の血が、彼がヒトではないと訴えておる」
「なんとなく察してましたけど先生今生でも半分ゴブリンなんですね?」
「そして、その剣に」

俺のツッコミは華麗にスルーされた。

「とてつもない力を感じる。おそらくそちらが本体だ…とても、汚れているな」

フリットウィックは顔をしかめて、白いのの脇に置いている刀を一瞥している。
セドリックが首を傾げた。

「汚れているって、どういう意味ですか?」
「そのままだ。呪われているのか、呪っているのか…いずれにせよ、よくないものを溜め込みすぎているな」
「呪い…」
「あと一度振るわれれば、折れてしまうだろう。本体の破壊はそれにとって、死と同義だ」

まじかよ。俺、ギリギリのところを振ってしまったのか。それでこの白いのの命を縮めてしまったんだとしたら、悪いことしたな。

「いったい何があったのじゃ?」

ダンブルドアに促され、俺とセドリックは昨晩の騒動について説明した。今振り返っても信じられないよね。俺達が真人間じゃない人生送った記憶がなかったら、白昼夢でも見たんじゃないかって思うよね。

「しかし、これは」

フリットウィックは顔をしかめたままだ。

「アディントンの家に置くのはまずい──今はまだ、アディントンの魔力が防いでいるが長くは持たないでしょう。よくないものを引きつける」
「何か、よい方法はないかの?フィリウス」
「本体の損傷を修復し、精霊の穢れを清めねばなりません。ただこれは、どうやら東洋の剣のようだ。我らの方法で適うかどうか」
「彼が助かる可能性が少しでもあるなら、やってあげてください」

セドリックが懇願した。

「呪われているのなら、彼はきっと苦しんでいるはずだ」





霧深い森の中を歩く。白いのをおぶったまま。

「俺、どうしてもこいつの傍にいないといけませんか?」

先を歩くダンブルドアは、朗らかに笑った。

「わしもこの手の事は門外漢でのう。分からぬ事は、専門のものの言うのに任せるのが一番じゃ」

ここはやはりプロの意見を聞くに限る。というわけで、俺はフリットウィックと一緒に小鬼の隠れ里に向かった。ダンブルドアとセドリックは留守番だ。曰く、小鬼は人間との関わりを拒む。俺も人間だよお。泣きたい。
嘆いてたらフリットウィックに、君が人間なものかと一蹴された。泣いていい?

小鬼の方も、フリットウィックと似たような意見だった。
本体は刀工が修復できるけど、精霊の穢れを拭う方法は知らないと語った。小鬼の見立てでは、精霊はヒトでいうところの魂のようなもので、本体を直しても魂が損なわれているのならば、輝きは戻ってこないらしい。俺にはよく分からない。
小鬼の里を離れ、俺は現代でも魔力が色濃く残るイギリスの山奥へ足を踏み入れていた。ここでなら、ヒトの力よりもヒトではないものの力が強くなる。こいつの回復力もあがるかもしれない、というのはダンブルドアの見解だ。

「こいつが目覚めるまで野宿しろって拷問じゃないですか?いま真冬ですよ?殺す気ですか」
「なにも野宿しろとは言うておらん。ほれ、君お手製のテントがあれば、暮らしにそう違いはなかろうて」
「よく言いますよほんと…」

ダンブルドアはいま真人間だから、こいつの体の中で蠢くものが見えていないんだ。
呪い、とはよくいったものだ。悲哀に嘆き、苦しみに憎しみ。吸魂鬼が好んで食らっていたものによく似ていた。傍にいるだけで寒気がする。
さっさと帰ったダンブルドアに恨み言を吐きながらため息をついた。白いのは、身じろぎすらしない。




刀そのものは思ったよりも早く修復できたらしい。見ていないのに修復できた、と思ったのは、白いのの体にあった傷が残らず消えたからだ。刀のダメージはそのままこいつの体に反映されるらしい。本体はよくなったのに、白いのは相変わらず目覚めない。

「目覚めることを拒んでおるのかもしれんのう」
「どういう事ですか?」

野宿まがいの事を初めて3日目。刀を届けるついでに様子を見に来たダンブルドアはアイスブルーの瞳をきらりとさせた。

「ケニー。呪いと、魔法をかけることとは違うのじゃ」
「…分かってますよ」
「ましてこれは精霊じゃ。本来清らかである存在が呪うとは…。呪わねば、その身を保てぬほどのことが、この精霊にはあったのじゃろうて」

環境の助けもあってか、呪いのエネルギーは少しずつ浄化されているように思う。
そうして白いのは、俺達の前に現れてから5日目にようやくその目を開けた。

「うわびびった」

素で口に出してしまったのは許してほしい。
目覚めのコーヒーを啜りながら様子を身にベッドへ行くと、なんと白いのが身を起こしていたのだ。慌てつつも中身をこぼさないようにカップを机の上に置いて、そいつの顔を覗き込んだ。なにもかも白いからてっきり目も白いと思っていたら違った。暗いオレンジ色をしている。

「起きたのか?具合は?どう──…」

俺はゆっくりと口を閉じた。
暗い、オレンジ色の目はなにも映していなかった。ゆっくりとそいつの目の前で右手を振った。またたきすらしない。
ゆっくりと両手を広げて、思いきり叩きつけた。高い音がする。白いのは、ぴくりともしなかった。

「…マジかよ」

目覚めたらすべてが解決すると思っていた、のに。
こういう患者を、遠い昔に診たことがある。体には一切のダメージの痕跡がないのに、心が壊れてしまった患者。体の傷は癒えているのに、心が悲鳴をあげている患者。この白いのは、そういうタイプだ。あまりに心が痛いから、自分を傷つけるすべてを遠くへ追いやってしまうのだ。

そっと手を握ってやると、少しだけ身じろぎした。感覚はあるらしい。
それでもこいつが、目も見えてなけりゃ耳も聞こえていないことに変わりはなかった。




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