03
本体だという刀の修復が終わっているんだからと、俺は少しずつ白いのについて調べることにした。見張るだけじゃ拉致があかないもんでね。あと暇。何度でも言うけど、何が悲しくてもの言わぬ男と同棲しなくてはいけないんだ。
心が傷つくのには、傷つくだけの原因がある。俺は白いのの体が、精霊でありながらヒトとそう変わらない構造をしている事に気が付いていた。だから、そうであってほしくないと願いながら、予想が外れていてくれと願いながら、そいつの体に手を伸ばした。
こいつの見目は、男である俺から見ても美しい。
「あいつの体に性的暴行を受けた痕があった」
椅子を蹴り飛ばしたのはセドリックだろうか。それとも、一週間遅れで事情を聞いたレグルスだろうか。あいつらの顔を見ている余裕がなかったから分からない。
「待ってくれ、彼は」
喘ぐように息をしたのはセドリックだった。
「傷だらけだったじゃないか。あんなに血を流して、それなのに…!」
それ以上は、とても口にできないとばかりに唇を噛みしめたセドリックには同情する。そんなに優しいから、ヒトではないものをヒトのように思って、傷つけるわけだね。ハッフルパフ優しすぎませんか。世の中にはトチ狂った奴もいるんです。
「彼は、精霊なんだろう?」
冷静ぶってるレグルスの声もだいぶん低い。
「ヒトを凌駕する力を持った存在だ。性欲のはけ口にされるようなものか?」
「契約で縛れば、どうという事もない」
意見を述べるのはフリットウィックだ。
「うまく取り引きをしたか、逆らわぬよう呪いをかけたか…。どちらにせよ、そんな真似をする輩が無事とは思えん。あの白い彼は、かなり力が強いからな」
今頃呪い殺されているかもしれん。物騒な言葉をつけ加えた。
「しかし、これで目的は定まった。ケニー」
「俺はカウンセラーじゃありません」
「まだ何も言うておらん」
「あの白いのの世話を続けろってタマでしょ!冗談じゃない」
今度は俺が椅子を蹴倒す番だ。ダンブルドアは涼しい顔をしている。
「しかし、フィリウスの言う通りあの白い彼はとても力が強いのじゃ。わしなぞが傍に居続けることはできぬ」
「じゃあ小鬼に預ければいいじゃないですか。本体ごとね」
「小鬼は面倒を押しつけられる対価を欲しがるだろうが、君にそれが用意できるか?」
フリットウイックの言葉にぐうの音もでなかった。
「なにより、小鬼に医者の真似事など期待せぬ事だ。岩肌に放置されるのがせいぜいだぞ。彼らが気にするのは本体だけだろうからな」
「君、さすがにそれはひどいぞ」
「ぐぬ…っ」
レイプ被害者だと発覚したことで一気に白いのの味方になった全員に、くやしさで歯を噛みしめることしか出来なかった。みんな、自分が何もしないからそんな事言っていられるんだ。おはようからおやすみまであいつの世話するの、俺だぞ。衣食住、風呂から下の世話まで!おっと下品だった申し訳ない。今がクリスマス・シーズンだからよかったようなものの。
いやほんと、クリスマス・シーズンに何してんだって話だよ。
イギリスの山奥で、俺と白いのは2人きりで本格的に生活を始めた。正直言って辟易している。フツーに要介護だぞ、こいつ。ほんと聖マンゴに放り込んでやりたい。この世界に聖マンゴなんてないけど。言うだけはタダじゃん。
とはいえ、白いのは本当に少しずつ、回復の兆しを見せていた。
恩着せがましく世話をやいている人間がいることの証明にと、毎日手をにぎにぎしていたら握り返されるようになった。あまりに無反応なのでどったんばったん、俺が動いているんだと主張してみると気配を追うように辺りを見渡すようになった。聴力も戻りつつあるらしい。俺の足音や生活音に反応するようになっていった。あちら、こちらとオレンジの瞳が動く。
けれど、こいつの感覚が戻れば戻るほど、戻らなくていいものも戻ってくる。
感覚をシャットダウンしてまで忘れようとしていたもの。意識の外に追いやっていたもの。寝汗をびっしょりかくほどに白いのは毎晩うなされるようになった。必死に何かを訴え、もがき、苦しむ様子は見ていて気持ちのいいもんじゃない。
ここで気が付いたんだが、どうやら失明、失調だけでなく失声症まで患っていたらしい。いったいどんな目に遭ったら三重苦を背負い込むほどなにかを拒絶するんだ。そこまでして追いやったもの──考えるまでもないね。やり場のないヘイトが溜まるね。考えるのをやめた。
こいつは一応、俺が自分を汚したモノとは違うのだと認識できているらしい。俺の手がへし折れるんじゃないかってくらいの強さで握りしめては落ち着きをみせている。訂正、何回か折れた。どうなってんだこいつの握力。
日々を過ごすうち、白いのの中に溜め込まれた呪いが、薄まってきたんだなと思うのは、こいつの体にまとわりつく黒い霧がほとんどなくなってきているからだ。
暗くよどんでいた瞳も、濃いオレンジ色から薄い黄色になっている。どうやら呪いの濃さのパラメーターのようなものだったらしい。
きれいな瞳の色をしていんたんだなと知る頃にはこいつの聴力はほとんど戻っていて、目が見え始めていた。もどかしそうに喉を擦ってはしきりに視線で何かを訴える。言葉を発する方法を忘れ、途方に暮れたように俺の姿を探しては手を伸ばすこいつは、どうにも親に見捨てられた雛鳥のように思えた。
こいつは所詮ヒトではない何かで、俺や俺の友人の生きることわりの外に座すもの。ふと納得した。だから俺は、こいつと関わり合いになることを避けたのか。ヒトが、ヒトでないものと交わってはならない。本能みたいなものだろうか。
それでもいつかは、こいつが血まみれで倒れ伏していた原因に帰さなくちゃならない。
「(…それは)」
それは、とても。
呪いが薄まったと言えど、所詮は薄まっただけ。
この白いのの中で確実に呪いは蠢き、心を蝕み、苦しませ続ける。
幾晩ののち、一番ひどい夜がやってきた。
苦しみを訴える口ははくはくと息を吐き出すだけで言葉を紡ぎはしない。
俺はぶらん、と垂れ下がった右手に新しくできたひっかき傷から滴る血を見下ろして舌打ちした。伸ばした手を振り払われただけで腕が折れた。
ふうふうと唸る白いのが、乱暴に本体を掴む。ひやっとする。遠くに置こうとすると、見えていなくとも分かるらしく泣き出すので手の届くところに置いていたのが裏目に出た。月明かりに抜き身の刀が閃く。
「…っ!」
俺がプロテゴを唱えるより速く白いのは刀を一閃した。見えなかった。見えない代わりに、斜めに斬り裂かれた俺の胴体から血が吹き出した。咄嗟に後ろに飛び下がっていて良かった。もう少し手前に出てたら、間違いなく胴体を斬り飛ばされていたと思う。
「ぁ、う」
とても、とても小さな声が聞こえた。
がしゃんと、大きな音をたてて血まみれの刀が床に転がる。どうやら正気に戻ったらしい白いのは、自分が俺の血を浴び、自分の手も血にまみれている事に愕然としていた。
もう少しできれいな黄色になっていたであろう瞳が、みるみる黒く汚れていく。それは、だめだ。唯一雄弁だった変化を、わりと楽しみにしていたんだ。
「いいから」
どうせ言葉が通じないのは分かっている。
体中に黒いのを纏わりつかせ始めていた白いのを、安心させるように抱きしめてやった。細く、薄い体のどこにそんな力が残っているのかわからないほどの力で抵抗されて、斬り裂かれたばかりの体が悲鳴をあげる。そんな無様は晒したくなくて、俺は歯を食いしばった。
「落ち着け。頼むよ…」
幼子にそうするように、ぽん、ぽんと手を叩く。
少しずつ抵抗する力を引っ込めた白いのは、取り戻したばかりの声を張り上げてわんわん泣いた。ほんとに幼子か。
白いの頭を撫でながら自分に癒やしの呪文をかけるのは至難の業だった。白いのが泣き疲れて眠ってしまったのをいいことにそのまま床へ倒れ込む。ガン、といい音がした。起き上がる気力もない。
もういい。俺の腕の中で泣き疲れて眠るような存在が、ヒトではない何かなはずはない。こいつはただの、図体のでかい迷子のガキ。そう思って受け入れてしまった方が、気が楽だ。
とりあえずレグルスに連絡を入れてすぐに床で寝落ちした。極寒の真冬の夜、風邪をひいたのは言うまでもない。
「なんて?」
「ツルマルクニナガだって。彼の名前」
ツルマル。しわがれた声で繰り返すと、白いの改めツルマルは嬉しそうに金色の目を細め、微笑んだ。鶴丸、と書くらしい。画数多いな。アルファベットを見習え。
あの日の晩以来すっかり調子を取り戻したらしい鶴丸と、あの日の晩以来すっかり風邪を引いた俺。風邪がうつるってのにてこでも俺から離れない鶴丸は、今までのアレはなんだったのかっていうくらいぴーちくぱーちくうるさかった。目をきらきらさせながら何かを喋りかけられてるのは分かるんだけど、その一切がまったく分からない。予想通り、彼が操るのは日本語だった。
「僕の出番じゃないかな!?」
日本語と聞いて興奮したセドリックが通訳をかって出てくれたので、今まで分からなかったあらゆることが判明した。
まず第一に、鶴丸は精霊ではなく、神様だった。頭の中でウィーズリー家の六男が言う。おっどろきー。
「付喪神って言うらしいね」
難しい日本語は辞書をめくりながらのセドリックが呟く。
「付喪神、か。大切に扱った品物には長い年月を経て神や精霊が宿る──さすがは八百万の神が住まう国、日本だな」
調べ上げたばかりの日本語をスマホで検索かけるレグルスが感嘆の息を吐いた。もちろん、感心しているわけじゃない。フツーに嫌味だ。
「この刀剣、今は日本の皇室が所有しているらしい」
「国際問題どころじゃねーな」
真顔でツッコミを入れた俺が咳き込むと、鶴丸が慌てて何事か言って俺の背中を擦った。力が強すぎて俺の背中が丸くなる。
セドリックが顔をしかめた。
「国際問題で済んだらいいけどね」
スマホの翻訳アプリと、鶴丸の言う事を一生懸命翻訳してくれたセドリック、曰く。
鶴丸は、今からおよそ200年後の未来から来たらしい。冗談はよせ。
「神様が冗談は言わないと思うよ」
「そりゃそうか」
ヒトではないという事はとっくに分かってるので、俺達は鶴丸が神だということを早々に受け入れていた。
話題を軌道修正して、次。
200年後の世界は歴史の改変を企む輩と戦っていて、付喪神としてヒトの形を審神者という能力者に与えられ、日々歴史の改変を阻止していたらしい。
…最初の頃は。
「与えられ、ってことは」
セドリックが俺達に視線だけで確認して、日本語で尋ねた。
君を傷つけたのは、そのサニワってのでいいんだね?
尋ねた瞬間、鶴丸の顔がら笑顔が消えた。サニワという単語を出すのはいいのに、自分を召喚した人間のことを考えるのはダメらしい。震えだした鶴丸の手をそっと握ってやった。痛いくらいの力で握り返されたけど、鶴丸はもう力加減を間違えることはない。
「…ああ」
やっとのことで鶴丸が肯定した瞬間、俺達はアイコンタクトで会話した。
よーし、サニワの金玉潰す。
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