設定C−3


「名乗っといてアレだけど、騎士団のキャスターって長いよな。うーん、キャスターでいいよ」

などと気まぐれに青年が言うものだから、立香は赤毛の青年を『キャスター』、黒髪の青年のことを『卿』と呼ぶことになった。アヴェンジャーと呼ぶと青年が睨むのだ。じゃあなんで名乗ったんだ、なんていう疑問を口に出してはいけない。後者の呼び名を思うと、やはり古代王コンビを思い出さざるを得ない。
みんな元気かなあ。立香はひっそりとため息をついた。

「君と一緒に来たサーヴァントがみんなカルデアに帰っちゃったのは、コストオーバーだったからさ」
「コストオーバー?」
「編成値が上限を超えちゃったってこと」

レイシフトには、誰も彼もが同行できるわけではない。安全な運行を維持するための編成値が存在するのだ。
たとえば、最大で6騎しかサーヴァントは連れて行けない。高い神格をもつサーヴァントや能力の優れた概念礼装はコストが高い。限られた枠の中で、誰を連れて行きどんな礼装を所持させるかも戦略のひとつとなっている。
でも、と立香は言った。

「編成値は上限を超えないようにしてたつもりだったけど…」
「この世界が、というよりは魔法界が特殊でね。君達のいた世界よりも魔力が濃いからかな?編成値の上限は変わらないんだけど…なんていったらいいのかな、サーヴァントや礼装の持つコストが2倍になってると思ってもらえれば」
「2倍!?」

思わず絶句する。それならば上限オーバーで、レイシフトそのものが遂行できるわけはない、
自分だけでもレイシフトできたのは幸いか、それとも。

「魔力の薄いマグルの町へ行けばカルデアに連絡くらいできるようになるんじゃないかと思うよ」
「ほんとう?よかった…」

ほっと息をつく。
武蔵と出会ったような夢の中であるならば、ただ目覚めを待てばいいだけだけれど、今回はレイシフト──現実だ。カルデアのスタッフやマシュ、ダ・ヴィンチちゃんと連絡がとれないというのはかなり心細かった。

「あくまで可能性の話だけどね」
「俺様は行かんぞ。貴様らだけで行け」
「またそういう非協力的なことを…」

黒髪の青年は、赤い目をぎらつかせた。

「誰が穢れた血の町へ赴くものか」






「そういうわけであいつ曰くの町に来たわけだけどね。マスターは絶対に穢れた血なんて蔑称を覚えなくていいからね」
「差別の言葉、なんだ」
「ああーまあ、そういう認識でいいよ。知らなくていいことは」
「ううん」

立香は首を横に振った。

「知らないなら、知っておきたいよ。無知はひとを傷つける」
「…そっか」

騎士団のキャスターはカツンと靴底を鳴らした。
誰もいない教会に二人は立っている。キャスターが言うには人払いをしたらしいが、立香にはその方法を教えてくれなかった。

「魔法の使えない人間を魔法使いはマグル、と呼ぶんだ。だから、魔法使いの両親をもたない魔法使いや魔女を指すのにも「マグル生まれ」っていう言葉を使う。穢れた血っていうのは、魔法の力を高貴なものだと勘違いしている奴らの上から発言さ。魔法の力を持っているだけで、偉いと思っている奴らのな」
「………」
「そのあたりは魔法使いも魔術師も変わらないのかな?古くから続く家は尊ばれ、もてはやされる。奴らはプライドが高くそれが当然だと思ってる。誇りを持ってるまともな奴らもいるけどな。そうだろう?」

立香はカルデアにはじめて来たばかりのことを思い浮かべた。
本物の魔術師と言葉を交わしたのはほんのわずかのことだったけれど、よく覚えている。

「そうだったように思うよ」
「素直でよろしい。さて」

キャスターは腕をさっと振るった。すると、整然と並べられていた椅子がガタガタッと動き出した。ひとりでに飛び跳ねると、椅子はすべて隅に重なり、大人しくなった。

「カルデアとの通信は君と正式に契約を交わしているシールダーのサーヴァントが持つ盾で行っていたそうだけど、それの形を正確に思い浮かべることはできる?」
「は、はい」
「それじゃ、手を伸ばして。マスター」

立香はどきどきしながら、令呪の刻まれた手をキャスターの掌に乗せた。
すると不意に、たくさんのことを頭に思い浮かべることが出来た。今日食べた朝食、マシュと交した言葉、ダ・ヴィウンチの手甲の形、スタッフの名前、サーヴァント達の顔──。

「"Defodio"」
「っ!?」
「静かに。盾を思い浮かべることに集中して」

立香は突然小さく揺れ始めた地面に驚きつつも、ぐっと堪えてみせた。
自分を先輩と呼んで慕ってくれる少女の姿を思い浮かべる。終局特異点でのことでこちらに来ることができずとも、しっかりとサポートしてくれる少女のことを。

『──ぱい、先輩!』
「え!?」
『やった、ようやく繋がった!』

懐かしい声が降ってきて、立香は目を開けた。
聞き覚えのある歓声と、機械の音。カルデアにいるはずのマシュやダ・ヴィンチの声が聞こえてきて、思わず息をついた。

「うっわこれ思ったよりも魔力もってかれる…カルデアつえーなおい」
「あっ、キャスター大丈夫?」
『キャスター?立香くん、そこにサーヴァントもいるのかい?」

ダ・ヴィンチの声が固くなったのを感じて、立香は慌てて呼びかけた。

「違うんだダ・ヴィンチちゃん!彼はオレを助けてくれたはぐれサーヴァントだ。仮契約もしてる。彼はいい人だよ」
『…そう。とにかく、連絡が断絶された26時間と14分、きみに何があったのか聞かせてもらうとしよう」

立香は語った。
気付いたら見知らぬ森にいて、吸魂鬼というエネミーに襲われたこと。ここにはいないもう一騎のサーヴァントが助けてくれたこと。彼と、ここにいるキャスターのサーヴァントの拠点に導かれ、難を逃れたこと。

「どうして今こうして通信が出来てるのかは…えっ!?」
『どうしたんだい立香くん!?』
「マシュの盾がある…」
『わたしの盾、ですか?たしかにそちらには、膨大な魔力反応が見受けられますが…』
「俺が説明しようか?」

立香とキャスターの足下で、ぼんやりと青白い光を発していたのは何度も自分を助けてくれた、マシュの盾だった。
重厚なつくりも輝きも、何もかもが記憶のものと一致している。

「マスターの記憶にあるシールダーの盾が通信の媒体になってる?って聞いたから、記憶を覗き見て擬似的に作らせてもらった」
『なんだって?仮契約のサーヴァントにそんな真似』
「できる。君達の世界よりも何倍も、この空気に満ちる魔力は濃いからね」

ダ・ヴィンチの言葉を遮ってみせたキャスターは断言した。

「俺は魔法使いだ」

誰かが息を呑む音が通信を通し、立香の耳に届く。

「サーヴァントという枠に嵌ってるからに便宜上キャスターと名乗っているけど、そもそも魔術師と魔法使いじゃ試み方やアプローチのやり方から違う」
『…それは、聖杯からの知識かい?』
「企業秘密」

機器越しに睨み合いをしているようだ、と立香は唾を飲み込んだ。

「レイシフト適性を持っている人間は彼しかいないんだろう?だからカルデアは応援を寄こせない。サーヴァントだって、マスターがいない世界には現界できないからね。彼からの連絡を待つしかない状況だった。そうだろう?」
『…立香君、昨日今日会ったサーヴァントに喋りすぎだよ』
「うっ、ごめんなさい…」
「カルデアの現司令官、レオナルド・ダ・ヴィンチ。君にとれる選択肢は2つ」

フードの下で、キャスターが不敵に笑った気がした。

「ひとつは、マスターである藤丸立香をここから強制退去させること。まあ、その方がいいかもね。彼はいまのところ一人きりで、はぐれサーヴァントとようやく仮契約している状態だ。いつ何が起こるかも分からない。この世界は魔力濃度が濃くて、場所を選ばないと、こうやって満足に連絡もとれやしない。ただ、強制退去には少年に多大な負荷をかけるだろうね。もしかすると、時空の狭間に閉じ込められてしまうかもしれない。しないよりマシだけど、したらもっと悪いことになるかもね、って感じかな」
『…もうひとつは?』
「このまま彼に聖杯探索を続けさせること」

キャスターは説明しながら、立香の手を離した。

「俺と、もう一人のサーヴァントは彼と契約した。できる限りマスターの力になり、彼がもとの世界へ戻れるように尽力しよう。過去の特異点では、聖杯を見つけたら帰還できたんだろう?君たちは聖杯を手に入れ、オーダーは完了する。そうすれば彼もそちらへ帰ることができる」
『君たちが、彼の味方である保障は?今はそうでも、裏切らない保証は?』
「ある。俺達はサーヴァントだから、マスター無しじゃ現界できない。これひとつに尽きる」

残念ながら、とキャスターは続けた。

「この世界には魔術師というものがただの一人も存在しなくてね。マスター適性のある人間も、もちろんいない。彼がいてくれなければ魔力切れを起こして、まもなく座へフライアウェイってなわけだ」
『解せないね』

ダ・ヴィンチは突き放すように言った。

『君たちの協力は願ってもない申し出だ。だがろくに魔術のことを知らない君たちは、我々の事情なんて知ったことじゃないだろう?なぜ立香くんの──我々の味方をする?メリットは?』
「この世界が破滅するのは見過ごせないくらいの愛国心は持ち合わせてるんだよ」

キャスターは肩をすくめた。

「敵は聖杯を手に入れた魔法使いだ。魔法使いはともかく、そいつが聖杯を使ってサーヴァントを召喚したら?サーヴァントは人間じゃ太刀打ちできないんだろう?まさかマスターに殴りかかれなんて言うんじゃないだろうな?」
『…まさか』

ダ・ヴィンチがマイクの向こうでため息をついたのが聞こえた。

『立香君』
「はい」
『君にはこのまま聖杯探索を続けてもらう。そこのサーヴァントと一緒に』
『ダ・ヴィンチちゃん!?危険です、真名も明かさないサーヴァントと一緒になんて…』
『モリアーティも最初はそうだったろう』
「モリアーティ?えっ、ジェームズ・モリアーティがカルデアにいんの?え?」

妙に食いついてきたキャスターの声を遮って、ダ・ヴィンチとマシュがマイクの向こうで言い合いを始めた。

『それは、そうですが。ですが我々は、キャスターの彼についてなにひとつ情報を得ていません。先輩がいらっしゃる場所についても、魔力値が高すぎてサーチがうまく働きません。そんな場所に先輩をいつまでもひとりきりで…』
『だからこそ、だ。一刻も早く帰還してもらうためにも、現地に協力の手があるなら私は使いたい』
「なあ、なあ。もしかしてカルデアにシャーロック・ホームズとかいんの?」
「えっ、いますけど…」
「すげえなカルデア。他にはどんな偉人がいるんだ?物語の人間だけなのか?」
「いろんな国の人が。クー・フーリンやアンデルセン、ダビデやエウリュアレ、牛若丸…」
「ワールドワイドかよ」

キャスターはぱちぱちと瞬きした。

「偉人ってのはさ、みんな一癖も二癖もあるような人間ばっかだろ?よくやるなマスターも」
「でも、みんないい人ですよ。楽しいし」
「…そっか」

キャスターは手をぬっと伸ばすと、立香の髪をクシャクシャと乱した。

「おーい、キャットファイトは終わりか?」
『誰が何だって?この天才を捕まえて猫呼ばわりとは』
「うるせーよ。おい聞け!そこにいるカルデアの全員!あとマシュとかいう子!」
『は、はい!』

パンパンと手を打ち鳴らしたキャスターは、虚空に向かって声を張り上げた。

「マスターはいい奴だな」
『…は、はい。先輩はいい人です。とても』
「俺もそう思ったわ。だから、少年のことは俺が責任持って守るし、ちゃんとカルデアに還してやるよ」

守ると言った声が思いのほか優しくて、強くて立香は目を見開いた。きっと、カルデアのマシュやダ・ヴィンチもそうだろう。

「カルデアの事情は少年から聞いて分かった。次はこちらの事情を説明しよう」




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