05


目覚めた鶴丸は、見たことのない世界に積極的に触れたがった。まあ、何もかもにビクつかれるよりは対応が楽でいい。お互いにストレス溜まるし。
ここがイギリスでよかったと思う。ヨーロッパは移民が多いから、鶴丸みたいにアルビノめいた見た目の男がふらふら歩いててもそう奇異の視線は集めない。着物はもちろん脱がせて、レグルスの服を貸した。ひょろりと背が高いくせに、ウエストは誰よりも細いからレグルスでさえちょっとウエストがゆるい。新しく服を買った方がいいんじゃないかなってちょっと思った。
テーブルマナーを必要としない、テイクアウトのサンドイッチをかぶり付きながら一息つく。寒空の下だと熱いコーヒーがおいしい。

「なんて言ってる?」
「泥みたいな味だ!君達はこんなものが好きなのか?驚きだな!って叫んでる」
「彼、わりとストレートにものを言うな」

鶴丸は、儚げな見た目をしてるっていうのに子どものような性格をしていた。まるで未就学児だ。あけすけにものを言うし、なんでも触りたがってとりあえず手を出す。火傷もしばしば。でも、そんな事をいちいち喜ぶ。チャレンジ精神は豊富すぎるほどだ。そしていたずら好き。父さんとシリウスを思い起こさせるほど、鶴丸の奇行には手を焼いた。学生時代の母さんはこんな気持ちだったんだろうねえ。

鶴丸が正気を取り戻して、しばらく経った。俺の風邪も治った。
鶴丸がもとの場所に喚び戻されるような気配は依然として、ない。とすれば、目を反らしていた問題に向き合わなくちゃいけない。俺達はダンブルドアに連絡をとって、鶴丸と話をする事にした。

「君に、この人から話がある」

鶴丸は表情を引き締めて居住まいを正した。分かるよ、このじいさん今はフツーの人間だってのに仙人みがあるよね。150年生きてきましたって顔してるよね。精神年齢は150歳でおつりがくる。

「五条が太刀、鶴丸国永。神となった貴公が人の世のために力を尽くしてきてくれたことに、まずは感謝を」

吹き出すかと思った。ダンブルドア、こんな丁寧な言い方してない。セドリックの趣味かな?鶴丸の中のダンブルドアの印象、ブレてないといいな。こんなカッコイイこと言っておきながら趣味は相変わらずボウリングです。
鶴丸はきょとんとした顔をしたけれど、すぐに微笑んだ。セドリックが通訳してくれた。

「"俺が神になれたのは、人の子の慈しみの心あってこそだ。思いやりに、思いやりの心で返すのは当然のことさ"」

思わず顔を手で覆った。なんでこんなに心が広いんだろう。お前さあ、もうちょっと怒り狂ってもいいことを人間にされてるんだよ?神になると心が広くなるの?鶴丸の代わりに俺が怒り狂いそうだよ。やっぱりサニワの金玉は潰すべき。

「では鶴丸、さっそく本題に入ろうかの」

ダンブルドアも微笑みで返した。うん、その口調でないとなんかこう、寒気がする。

「君の刀を研ぎ直したのが、こちら──フィリウス・フリットウィックの一族の者たちじゃ」

フリットウィックが手を差し伸べたのを不思議そうに見ている鶴丸に、セドリックが握手とはなんぞやって簡単に耳打ちした。鶴丸は「感謝する」と呟くと、しっかりと手を握り返した。一言くらいなら日本語は聞き取れるよ。

「本来、未来で刀を研ぎ直す時は審神者の力と精霊の力を借りるそうじゃのう」
「"ああ、そうだ。仕組みは俺もよく知らないが、審神者の力だけでは足りない。必要な素材を使わなければならないし、鍛冶場にいる精霊の力も借りる"」
「こちらの世にも精霊は存在する。素材も、まったく同じものではないが似たものを使った」

鶴丸は、納得した様子で刀を抜いた。

「"…意識が戻った時、以前と何かが違う感覚はしたんだ。そうか、研ぎ直す際に別のものを…"」
「君は、日本の皇族が所有している本体の付喪神ではなく、分霊であるそうじゃな」
「"ああ。だから、俺のこの刀身が破壊されても、皇物としての本体は傷つかないし、損なわれない。今ここに在る分霊の俺が消えるだけだ。経験と知識は本霊に蓄積されるらしいが…。そこを知らなかったとはいえ、ヒトではないものを助けた君達には驚かされる"」

鶴丸の金の目が俺の方を向いた。

「"特に、君だ。君は、最初から俺がヒトではないと気付いていたそうじゃないか"」
「彼は少々特別でのう──じゃが、君はそうではない」

ダンブルドアはアイスブルーの目をきらきらとさせた。

「君が本来の契約主である審神者の霊力の供給を受けずに顕現し続けていられるのは、いわゆる『異物』をその刀身に受け入れているからじゃ。それは審神者が持つ霊力ではなく、この世界に馴染み漂う魔力という、似て非なるもの。異物は異物。君を治しているわけではない」
「………」
「君が終わりを望むのであれば、このままここで過ごすとよいじゃろう。その身に宿る霊力はいずれ底をつき、君は眠りにつく。わしらは君を拾った責任をとる。最期まで見届けることを約束しよう。放り出したりは決してせん」

鶴丸は長いこと黙りこくっていたが、やがて口を開いた。

「"…終わりを、望まないのであれば?"」
「君の身に残った審神者の霊力と、君自身の霊力だけでは遠からず限界がくるじゃろう。だから、彼と」

セドリックはダンブルドアの視線に従って、俺を指し示した。

「彼の使い魔となる契約を交わせば、霊力の代わりに魔力の供給を受け、顕現し続けることができる」

使い魔との契約──これは俺の知識にないものだ。とても古い魔法だというのは聞いている。ホグワーツができる以前、創設者の時代より昔。魔法史の中でも埃をかぶったさらに古代、まじないの一種として使われていたものだ。
まじない。つまり、部類としては呪いに近い。魔法使いが対象を契約という呪いで縛り、意のままにするというのが正しい契約の内容だ。動物やヒト、術者の力量次第では精霊も従えてしまえるものすごい技だ。
でも、意のままに、ということはつまり、一度契約した後は鶴丸の意志なんて関係なくなるわけだ。神だ精霊だって言っても、俺が契約主だからな。鶴丸がやめたいって思ってもやめられない。生かすも殺すも俺次第。当然、俺達は疑問に思ったし問いただした。神様を呪うなんて、人間にできるわけもない。ついでに俺は言い足した。バチ当たりな。

ダンブルドアの見解はこうだ。
付喪神っていうのは、神の座にあるといっても末席も末席。むしろその有り様は妖怪に近いのだという。ヨーロッパにおいて、日本の妖怪は精霊ではなく悪霊のカテゴリに属する。ダンブルドアはそこに目をつけたわけだな。神様ではなく、悪霊を従えるのだと考えれば、いにしえの呪いだって効果を発揮するだろう──と。
もともと、この時代に鶴丸を棄てたのはクズ審神者の方だ。どういう意図があったにせよ、契約主が被契約者を捨てたのだから、もともとの契約は既に綻び始めている。ていうか、そんな糸口がなくたって、俺の魔力でもとの契約なんざ消し炭にしてやるし。ここでドヤ顔。
でも。だからこそ。

「異国の神である君に魔力が馴染むのかは分からん。なにせ、前例のないことじゃ。受け入れられたとしても──受け入れてしまったら、君はもはや本霊の君とは違うモノに成り果てる。経験や知識も、受け入れざる別物。魔力の馴染んだ鶴丸国永は、これから先朽ちても本霊に戻ることは叶わんじゃろう」

つまり。腹立たしいことに──鶴丸は、クズ審神者に顕現されている分霊だ。まじないで縛るということは、その契約を上書きし、俺との契約に塗り替えるということだ。塗り替えてしまった時点で、『審神者に顕現された鶴丸国永に宿る付喪神の分霊』ではなくなり、『魔法使いのまじない契約に縛られた鶴丸国永に宿る付喪神の分霊』になってしまう。在りようが変質するのだ。
ダンブルドアは目を伏せて髭を撫で始めた。話は終わりらしい。セドリックが息をひとつ吸って、ゆっくりと日本語で言った。

「"だからあとは、君次第だ"」

鶴丸が折れてしまっても、本霊に還ることができなくなってしまう。ダンブルドアは言わなかったけど、それだけじゃない。
鶴丸との契約が消えるのは、"俺"が死んだ時だ。分かる?死ぬっていうことは、俺が絶命するってそういう意味じゃない。前世から魔法使いから、紆余曲折経た現在までずっとを記憶してる"俺"のこの意識が死ぬことを指す。
だから下手をすると、レグルスやセドリックよりもながーいお付き合いが待ってるかもしれないんだよね。なんせ、魂レベルで縛っちゃうわけだからさ。
ダンブルドアが言わないから、言わないけど。

「ケニー」
「ん?」

考えに没頭してたらセドリックに袖を引かれた。鶴丸が俺に呼びかけていたらしい。なんだなんだ、俺は日本語がわかんないだぞ。

「君はいいのか、だって」
「何が?」

鶴丸はなにかを言い淀んだ。視線を彷徨わせながら唇を動かしている。そうしているさまは人間のようであるのに、彼は人間ではないのだ。鶴丸が言い淀んだ言葉を正確に理解したらしいセドリックが顔をしかめる。

「なんて?」
「いや…」
「セドリック」

強く言うと、友人は迷いながら通訳してくれた。

「主とはいえ、汚された刀を、呪いを溜めた覚えのある刀を未来ある若者が背負うものではないと──ケニー!?」

まあ突然しゃがんでキャメルクラッチ始めたら誰でも驚くかな。俺は驚かない。行動の前に何があったかをよく見てほしい。自分サゲ発言を俺は認めません。

「セドリック!このもやしに俺だって現実を呪ったことあるし爛れた人生送った覚えもあるから汚れてるって意味じゃ大差ねえって正確にオブラートに包む事なく言っとけ!」
「オーケー。任せてくれ」
「鶴丸」

俺という存在から遠く離れた日本語の読み書き。その中で、最近ようやくネイティブに発音できるようになった名前を口にする。呪いのように。

「悪いけど、このまま壊れちまった方がお前のためになると思う」
「ケニー!」
「だってそうだろ。俺と契約させるって、そういう事だよ」

ただでさえ人間に振り回されて汚されて呪いを吐くほどだったというのに。これ以上、まっとうな道理から外れた存在に付き合わせる必要なんてない。分霊だろうが関係ない。神様は神様らしく、穢れのない存在でいた方がいい。何度死んでも殺されてものたれ死んでも生まれ変わり、ずっと昔の記憶を忘れないままでいる、ことわりから外れた人間の行く先は地獄に決まっている。
知らず握りしめていた手を、鶴丸がそっと引っ張った。セドリックが言う。

「君がいい、ってさ」

雛鳥のように俺の手を握りしめた精霊は子どものように笑った。
お前さあ、絶対分かってないよな。




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