06


「素に銀と鉄」

コンマ一秒後に殴られたので俺はきちんと抗議の声をあげておいた。
そうやって俺の頭をパンパンしばきあげる度に、俺の脳細胞がいくつ死んでいると思ってるんだ?殺意のこもった眼差しで睨まれたのですぐに口を閉じた。違う、違うよ。最先端のジョークだってば。召喚とかそういうファンタジーな文言を述べてみただけなのに、まったく冗談の通じない石頭はこれだから困る。

「そういえば」

俺の首に渾身の力でヘッドロックをかけながらレグルスが息を巻く。

「神を契約で縛る代償は何になるのでしょう」
「ふむ」

まるっと無視してダンブルドアが頷いた。鶴丸が心配そうに俺の背中を撫でている。これだよ。こういうのだよホント。

「『破れぬ誓い』を覚えておるかね?」

破れぬ誓い。破ると死ぬんだぜ。ひょうきんな双子の声が頭の中でリフレインした。
これは迷信でもなく本当にガチの話。破れぬ誓いは魔法使い同士が命をかけて誓約するときに使われるもので、誓約を守れなければ、その代償を命で支払うことになる。だから文字通り死ぬ。重すぎる代償を支払う代わりに、誓ったことは必ず果たされる。
たとえばある人物から何かを隠したいと思うなら、誓約が果たされているうちはその『何か』を『ある人物』は認識することはできなくなる。たとえ目の前に存在していても認識できないし、探そうとしても絶対に辿り着けない。
ただし、これをするには決定的に足りないものがある。全員が同じことを思い浮かべたらしく、レグルスとセドリックはしかめっ面だ。

「ダンブルドア先生。『結び手』がいません」
「結ぶにしても、魔法使い以外の者ができるものなんですか?」

俺もしかめっ面のまま首を傾げた。
『破れぬ誓い』は魔法使い同士の契約であるし、あれを結ぶためにはその証人とも言うべき第三者の魔法使い──『結び手』が必要だ。『結び手』は、誓いの内容を聞き届けることと、誓いを鎖として結ぶ魔法をかける必要がある。つまり、『破れぬ誓い』をするには少なくとも、三人以上の魔法使いが必要になるわけだ。

「そも、有効なんですか?」
「神に対し契約を持ちかけるのであれば有効ではない。しかし──」

ダンブルドアはちらりと俺を一瞥した。

「繰り返すがのう。彼を神として見定めるのではなく、従える魔の一種とするならばむしろ有効すぎるほどじゃ。こちらは命を差し出すのじゃから、魔法では、最も強い結びつきでお互いを縛ることになる」

ダンブルドアは俺と鶴丸を向かい合わせに立たせると、跪かせ、右手を握り合うように言った。鶴丸には刀を抜くように指示した。ダンブルドアは進み出て、俺たちの手の上に刀をそっと近付けて、それから手の下に桶を置いた。

「弱っているとはいえ、彼は人間の信仰によって神格化してある存在の分霊じゃ。もうひとつ手間をかける必要がある」
「どうするんですか?」
「血を媒介にした契約を行う」
「ヒエッ」

青くなる俺とレグルスとセドリック。ひとりだけ英語を理解していない鶴丸が、俺達の顔を見て怪訝そうにしている。

「血は、魔法を使う生き物が持つもので最も強い力を持つのじゃ。単純な契約であっても破れまい。たとえ術をかけた本人であってものう」
「…ああ」

なんか聞いたことあるな。
魔法使いはどうやって魔法を使っているって話だ。たとえば、魔法使いは箒に乗る時って呪文を唱えないじゃん?なのにどうやってダイアゴン横丁に辿り着いたり、箒で浮かんだりしてるっていう疑問ね。
答えを聞いた時に大人の魔法使いは口を揃えて言った。「血」で飛ぶものだって。
たとえば、マグルがアーチを潜り抜けようと杖で壁を叩いたとしても、びくともしない。箒にまたがってジャンプしても何も起こらない。そういうことだ。

「血を扱うのは古いやり方じゃ」

ダンブルドアはまるで講義をするような口調で続けた。

「彼はもともと魔法と縁のない存在じゃが、小鬼の一族の手によって打ち直されることで魔法道具としての力を得たと言っても過言ではないじゃろう。君の血の力で彼はさらなる新しい力を得る」

俺達は揃って顔を見合わせて、レグルスが質問した。

「なぜ、血である必要があるのですか?」
「血は、その人物を示す情報の塊じゃ」

ダンブルドアが言った。

「科学的にもそうじゃな。かつて、我々が生きた世界でもそうじゃった。癒者となり、現在も医者を志す君ならば、理解が及ぶはずじゃが?」

そうですね、と相槌をうつ。
一般人でも馴染み深いのは遺伝子学とかかな。最近は法医学や病理学なんかもスポットライトを浴びているようで。それらの研究の要となるのは、やはりヒトの身体を巡る血液だったりする。
血液を調べることで、本人も自覚してない病気の兆候が発見できることもある。定期的に血液を診てもらうのも健康の秘訣だ。閑話休題。
腕を捲る。

「一方、血というものは歴史の中で長く忌み嫌われてきたもののひとつじゃ。穢れたものとしてのう」
「宗教観念のひとつですね」

セドリックがすらすらと簡潔に答えを述べてみせた。

「血を媒介にした契約は強固にふたりを縛るじゃろう。血は付喪神を穢し、その分霊としての神格を堕とす意味もある。それともうひとつ」
「…補強ですか?」

レグルスの問いかけにダンブルドアは頷き返した。

「彼の依り代となっている刀は小鬼が打ち直した。小鬼製の貴金属は悪い者を寄せず、強いものを吸収する──打ち直しただけでも、力は宿っておる。魔法使いの血を吸えば、刀としても付喪神としてもより強力な力を持つじゃろう」

なるほど分かった。全員が頷いた。ゴブリン製というものに絶大な信頼を置いているのが俺達元・魔法使いってやつだ。打ち直したものだからゴブリン製とは言えなくても、その素養は獲得している可能性が微レ存。ダンブルドアはそこに賭けているらしい。

で。
果たして、力量を超えたものを審神者は従えられるのか。

従えるってのもおかしな話なんだよな。審神者は聞く耳があるだけでその実、なんの力も持っていない。神様の方が快く協力してくれているから、審神者と刀剣の契約は成り立っているようなものだ。
もともと審神者というものは、神様のご神託を伝える者の総称らしい。神様の言葉を聞くことはできるけど、実際にその力を振るってみせるみたいな神通力を持っているわけじゃないそうだ。伝説とかで語られる聖人とは違うわけだな。セドリックのうんちくが炸裂したところで、鶴丸の説明も入る。

「未来でもそれは変わっていないそうです。刀に宿る霊の力を起こすのは審神者の能力によるもののようですが、刀剣は敵との戦場で発見したり、本丸と呼ばれる審神者の拠点で精霊が鍛刀したものを用いるみたいですね」
「なるほど」

審神者が実際に神降ろしをするわけじゃない。刀そのものが特別仕様なんだな?
だとしたらますます不安になった。審神者と刀剣男子って、あまりにも神様の方にウェイトが寄りまくりな関係じゃなかろうか。神様が愛想尽かしたら終わりじゃない?

「(愛想尽かさないって自信があるのかね)」

傲慢の極みって感じだな。
ふと鶴丸と目が合った。しまった、俺達だけでずっと喋ってた。

「どうした?」

なにかを言い淀んでいるらしい鶴丸は視線をさ迷わせて、唇を噛みしめていた。
俺達は待った。ようやく鶴丸が何かを呟いて、それをセドリックがくみ取る。

「頼みがあるみたいだよ」

鶴丸は躊躇いながら、つとつとと語った。
要は、かつて自分がいた場所にいる仲間を助けたいという願いだった。クソ審神者はまだしも、同じように顕現されて同じように踏みにじられて、そして今も苦しみに耐えている仲間のことが、頭から離れないのだと。彼らを忘れて、自分だけ苦しみから切り離される事の方が、耐えがたいのだと鶴丸は吐露した。

「ふむ」

俺は顎を撫でさすりながら考えた。

「どうやったら未来に行けるんだろう?某猫型ロボットを開発すればいいのかな」
「バイクに追突されて死ねばいいんじゃねえかな」

大真面目なのに今度はセドリックから締めあげられた。ギブギブ。

「心当たりがあるのか?」

レグルスが口を開いた。

「君は、夢物語なんて口にしないだろう」

それは、鶴丸が神様に片足突っ込んだ悪魔だからだろうか。それとも、長くも短くもないひとときを共に過ごして、レグルスなりに感じて、口をついて出た言葉なんだろうか。
俺は、後者だと思った。鶴丸は子どもみたいにふざけるし、冗談も言う。一方で、俺なんかよりもずっと長い時を生きているモノでもある。俺よりも、俺達よりもずっといろいろな事を知っている。きっとダンブルドアよりも。
鶴丸が話す言葉を、セドリックはいったん飲み込んで通訳した。

「…彼は、まだ審神者と契約してるんだよね」
「ああ。腹立たしい事にな」
「だからこそなのかもしれないけど、なんていうか…えーと、糸って言えばいいのかな?それを辿れるみたいだ」

セドリックの中でこれずばりという単語が出てこなかったらしく、首を捻りながら通訳してくれた。それは審神者が持つマジカルパワーなのか。それとも、未来の知識を持つ付喪神を万が一にでも過去に置いてけぼりにしてしまわないための、未来の技術なのか。これも後者だと思った。たぶん俺はサブカルに触れすぎてる。

「でも、危険だよ」

セドリックが心配そうに言った。

「彼をその──こんな目に遭わせた元凶のところに送り返すってことだろう?」

俺達は揃って顔を見合わせた。鶴丸以外の全員が渋っていた。送り出してしまったら、鶴丸とはそれっきりになってしまうかもしれない。なんの保障もないまま、文字通りの地獄に送り返せるか。
さて、渋るはいいがどうしたもんか。俺の中の知識を総動員しても、次元を超えて繋がりを保っていられるような呪文を俺は知らない。そんな魔法薬だって知らない。ない頭を捻ったところで答えは出てこないので、俺は隣を見た。

「僕らはついて行けないのか聞いてみてくれ」

セドリックが通訳した。鶴丸は首を横に振った。鶴丸はけっこう長く喋った。セドリックが面食らう。

「未来の技術が影響を与えないように過去に行けるのは刀剣だけだって。審神者も過去へは飛べない。過去のものも一切未来へ持ち込めないらしい。タイムパラドックスを防ぐためだって」
「うーん」

そりゃそうか。過去と未来、何が影響を与え合うか分かんないもんな。小石のひとつだって、池に投げ込めば大きな波紋を生む。

「俺との契約が先じゃダメなのか?」
「契約を上書きするためにやろうとしているんだ。無理だな」

レグルスがバッサリと切って捨てた。

「そも、人間が過去にしないようにするために、神を過去に派遣して戦わせているんじゃないのか?」
「ありえる!」

パッチーンと勢いよく指を弾いた音だけが虚しく響いた。全員が沈黙。そうだとしたらマジでどうしようもないぞ。

「ふむ」

静観していたダンブルドアが髭を撫で始めた。

「日本には素晴らしい諺があるのう。虎穴には入らずんば虎児を得ず、という」
「どこの虎穴に放り込もうとしてます?」

ブルーの目がキラキラしている。胡散な目で睨んでおいた。これは、ろくでもないことを考えているときの目だ。

「ダメ。却下!こっちは既に虎にボロボロにされてるんですよ!?」
「なんと、驚きじゃ。実に情け深くなったのう」

ちくしょう倫理観が邪魔しなけりゃ俺もこのじじいの首にヘッドロックかましてやったのに!マーリンの髭!

「現実を見るのじゃ。鶴丸が、単独で未来に飛ぶしかない。我々は神ではないのじゃから」

はい、そうですね。
そうですねって納得できないから、今こうやって頭突き合わせてるんですけどね。

「セドリック。彼に聞いてほしいのじゃが」
「は、はい」
「刀剣男子が過去の事物を未来へ持ってはいけないというのは、審神者との契約で定められておるのかね?」

セドリックは言われたとおりにした。鶴丸は首を横に振って、セドリックに何かを伝えた。

「いいえ。モラルの問題だそうです──過去に問題が起こってそう定められたものだと、彼は個人的に考えているようですが」
「ありがとう、と伝えておくれ」

ダンブルドアは目をキラキラさせた。

「ならば問題解決に至る方法は単純かつ明快じゃ。鶴丸が未来へ飛び、未来でケニーを呼ぶのじゃ」
「俺を?」
「鶴丸は神であり、我々よりも上位の存在であることを利用するのじゃ」

ダンブルドアは続けた。

「まず鶴丸の刀身──本体じゃな──これにケニーの血を吸わせる。刀剣そのものも、神としての力も強化される。そして鶴丸自身は、ケニーの魂の情報を得る。そして破れぬ誓いをするという話じゃったが、何もしない。この状態を維持する。未来に到着した鶴丸に呼んでもらうのじゃ。魂を引っ張ってもらうようなものじゃな」
「ケニーがうまく未来に飛んだ場合、どうなるのでしょう?」

セドリックが質問した。

「聞く限り、審神者の能力はあくまで神の声を聞くだけのようじゃ。ケニーにとってはなんの障害にもならん。契約を破棄させることは可能じゃ」
「おう。後悔するまで締めあげてやるわ」

ドヤ顔をキメてみせる。俺のモラルが邪魔するので許されざる呪文は使わない。使わなくったって、言うことを聞かせる方法なんていくらでもあるのだ。自慢じゃないけど、人生経験ならそんじょそこらの奴には負けない自信がある。

「駄目だ」

レグルスが静かに反論の声をあげた。

「仮にすべて事がうまく運んだとしましょう。未来に行き、審神者との契約を解除し可能であれば再起不能にする──ええ、上出来です。それで、こいつはどうやって帰ってくるんです?」

顎でしゃくられたけど反論できなかった。





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