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※本編読了後推奨
二度目のホグワーツの戦いの爪痕が未だ深く残る城内で、俺はマクゴナガルに呼び止められた。
「アディントン、ああよかった。まだいましたね」
「はい?」
せかせかと先を歩くかつての恩師に続いて、ガーゴイル像の前に立つ。修復されたばかりのそれをくぐり抜け、螺旋階段を登った先に広がるのは幾度となく通った校長室。ここもやはり戦いの衝撃の被害があったようで、並べられていた装飾品のほとんどが倒れたり、壊れたりしてしまっている。窓の傍の戸棚なんかはほとんどガラスがなくなっていて、枠だけが残されているほどだ。
外装や大広間、談話室や地下の厨房。温室や教室。生徒の生活区域や授業で使う施設はほとんど修繕が終わっている。一方で先生の私室なんかは現状後回しになっている。細かいところは瓦礫だけ隅に寄せて、そのままになっている場所が多い。
マクゴナガルは非常事態だったこともあり暫定的に校長の座に座っているんだけどスネイプがついこの間まで校長だったのもあって、自分の私室を別に持っている。校長室が戦い直後のままに放置されてしまうのは自明の理か。
「これをご存知ですか?」
ダンブルドアを含めほとんど出払っているらしい歴代校長の肖像画を眺めていたのでぱちりと瞬きする。マクゴナガルが持っていたのは、先端に大ぶりの宝石が埋め込まれた杖の装飾品だ。
「整理していた折に出てきたものです。ダンブルドアはあなたに渡せば分かると仰いました。私物なのか学校の用品なのか、彼が戻ってきてから聞いてもよいのですが、あなたがまだホグワーツに残っていると聞いて…」
マクゴナガルの言葉はほとんど俺の耳に届いていなかった。
記憶の針が戻る。頭の中でコチコチと音が響き渡る。
それはまだ、俺が世間に『ダンブルドアの後継者』の存在をひけらかし始めていたばかりのこと。
「なんですか?」
冬用の旅行マントかと思うほどずっしり重たい布を引っ張って床に落とす。現れたのは、豪華な装飾で縁取られているもののずいぶん古びている大きな鏡だ。
ホグワーツで鏡といえば、みぞの鏡。心の奥底にひそむ望みを──俺にとっちゃトラウマを──オブラートに包むことなく映してくれるはた迷惑な代物だ。天井に届くほどではないものの軽く二メートルはあろうかというそれは、古い記憶を呼び起こすには十分巨大だった。
「なんですか?これ」
少し声を張り上げてくり返した。聞こえていないと思ったからだ。
蜘蛛の巣だらけのタンスの中からひょいと顔を出したのはこの部屋の主であるアルバス・ダンブルドアだ。曇った半月メガネをローブで拭いてかけ直して、ダンブルドアは感嘆の声をあげた。
「実に懐かしいのう。まさかこんなところで布を被っておったとは」
「人の話聞いてます?なんですかって言ってんでしょさっきから」
「おお、すまんかった」
ダンブルドアは髭を震わせながら笑うと、アイスブルーの瞳をキラキラさせて言った。
「これはのうケニー、魔法の鏡じゃよ」
たっぷり三秒は沈黙してみせる。
「は?」
「いやじゃから、魔法の鏡」
「はあ?」
俺がドスの効いた声で唸ると、ダンブルドアはもう少しで鏡に届こうかという背丈を器用に折り曲げながら目尻をローブで押さえた。
「どうしてそうすーぐカリカリ怒るのじゃ。ティーン特有のあれかの、多感な時期、というやつかの?成人して二年、もう少し大人の余裕を身につけてもいいとわしは思うんじゃが、どう思う?ディペット」
「わしに振らんでくれダンブルドア。言うても彼はまだティーンであるからして、年寄りには理解できん感覚というものがあるんじゃろうて」
「次にティーンっつったら燃やすぜ、おい」
二人揃って器用に嘆いてみせるから交互に杖を突きつけてやる。「おうおう、最近の若者は怖いのう」と言うや否や、アーマンド・ディペットはくるりと踵を──額縁の中からじゃ踵は見えないんだが──返して、ふっつりと姿を消した。別の場所にかかっている自分の肖像画の中に逃げ込んだに違いない。
残されたダンブルドアはぽんと手を打った。
「ケニーや、老いぼれが思いついたぞい。カルシウム不足じゃ。いまハチミツ入りのホットミルクを用意するからの」
「ひとの地雷の上でタップダンス踊るのが新しい趣味か?」
凄んでみせるとダンブルドアはやれやれと肩を竦めた。
「ちょっとしたジョークじゃろうに」
「ボウリングの球でそのメガネ割られたくなかったら若者にも分かるよう説明してくれませんかね?」
だいたい今は、ダンブルドアが長い校長生活の中で集めていた魔法道具コレクションの整理中だ。万が一何か害のあるものが見つかったとしても生徒に影響がないよう、校長室で広げてるっていうのに。その最中に出てくるものがただの鏡なわけがない。
「ふむ…」
ダンブルドアはローブをたくし上げて積み上げていた蔵書をまたぐと、俺の隣に立った。
「この鏡はただの鏡ではない。魔法のかかった鏡なのじゃ」
「で?」
「そう急くでない」
ダンブルドアは俺がイライラを顕わにしているのすら楽しむように続けた。
「この鏡は連絡通路になっておっての、ツイステッドワンダーランドという異世界に通じておる。この魔法の鏡は、こちらの世界とあちらを繋ぐ唯一の連絡通路じゃ」
たっぷり三秒も沈黙してしまった。
「…ツイス、テッド」
「ワンダーランドじゃよ。ケニー」
アイスブルーの瞳がまたキラキラしている。
「似て非なる世界。マグルと魔法使いが共存する世界──あちらは、マグルという呼び方をしていないんじゃったか。魔法を使える者も魔法士と呼ぶようじゃ。才能がなければなれないようじゃが、どうもこちらの世界とは違い技術職の側面が強そうじゃったかのう」
また遊ばれているんだろうか。ものも言えず立ち尽くしている俺を尻目に、ダンブルドアは杖を振った。机の上の羊皮紙と羽根ペンが飛び出して、さらさらと文章を綴っている。
「…はじめて聞きました」
「国交がないからの。ツイステッドワンダーランドの存在すら、ごく一部の人間しか知り得ぬ」
「連絡通路はこれ以外にあるんですか?」
「分からぬ。実は譲り受けたときに壊してしまおうかと考えたのじゃが、まあ、いろいろあってのう」
動いていた羽根ペンが止まって、ダンブルドアの手元に落ちてきた。しっかりとサインを綴られた羊皮紙はパタパタと綺麗に空中で折りたたまれて、どこからともなく飛んできた便箋の中に収まる。
「さてケニー。わしの名代としてあちらの学園長に挨拶しに行っておいで」
「なんて言いました?」
「いつもはフォークスに手紙を運んでもらっておったんじゃが、『ダンブルドアの後継者』のことはややこしいので口頭で伝えておかねばならんからのう」
「………」
大した説明もなく鏡の中に放り込まれた俺は光のない暗い道を歩きながら「学園長ってナニ?」と首を傾げたものだ。
ただの挨拶だけで終わるところが、あれやこれや、事件に巻き込まれたことは昨日のように思い出せる。俺やフレッドとジョージ、リーがやらかすイタズラなんてかわいいもんだ。フレッドとジョージで思い出した。そういやめちゃくちゃデカい双子ってあっちにもいたな。ぜんぜんかわいくない双子が。
「アディントン?頭を押さえて…どうしました?」
「すみません思い出したら頭痛が」
思いきり深呼吸する。マクゴナガルから装飾品を受け取ってくるくると回した。綺麗なもんだよな。
「ダンブルドアは生前杖を飾る趣味を持っておりませんでした。それにしては傷もあり、使いこんだ跡が見受けられるので、愛用品だったのかと」
「うーん」
口が裂けてもドンパチの結果刻まれたものだとは言えない。
「…預かっててもいいですか?心当たりはあるので」
「そうですか」
マクゴナガルはほっと胸を撫で下ろした。気に掛かっていたのかもしれない。
校長室を後にして、廊下を進む。動く階段に乗って城の上階へ。
八階の一番奥の突き当たり。『ばかのバーナス』が描かれていた巨大なタペストリーは悪霊の呪いの業火に焼かれてしまったようだ。なんの目印も残っていないけれど、幾度となく通った身としてはなんの目印もなくたって問題ない。
思い浮かべながら三回往復する。
「(俺はナイトレイブンカレッジに通ずる鏡を隠した物置が必要だ)」
ぱちりと目を開く。もぞもぞ動いていたであろう壁はすっかり落ち着いて、小さな戸が現れたときは正直ほっとした。最後に必要の部屋を目の当たりにした時、その機能が失われていてもおかしくなかったからだ。
戸をくぐり抜けると、それ以外はなにもない小さな空間が現れた。もう一度これを目にするときが来ようとは。
杖を一振りしてローブをたぐり寄せる。これは『ダンブルドアの後継者』モードの時の、ちょっと値段の張るいいローブだ。羽織った瞬間、右の肩に炎が燃え上がった。愛くるしい鳴き声ですり寄る不死鳥を撫でながら、鏡に指を沈める。抵抗なく腕まで埋まる。ひとつ息を吸って、俺は懐かしい闇の中へ足を踏み入れた。
もったりとした空間に意識が沈んでいく。
この鏡を通るときに閉塞感がないのは個人的に大助かりだ。暗くて狭い空間に押し込められるのは苦手だからな。トラウマまでリーチ一歩手前だし。
暗闇はすぐに遠ざかる。ぱちりと瞬きすれば、俺が入った鏡とそっくり同じ鏡がぽつんと置かれている。
「さて…」
ローブを翻す。灯りを遮断する重いカーテンを引くと、ぱっと視界が明るくなった。
広い部屋でただ一人、机に向かっている人間がいる。相変わらずだ。ちょっとした悪戯心が芽生えてしまうほどに。
「わっ」
「ヒイ!?」
お手本のような転げ方で椅子から落ちた男に笑いながら手を差し伸べる。
「…おや、おやおや!?」
「お久しぶりです」
「そうですか。ダンブルドア校長はお亡くなりになられましたか」
「連絡が遅くなって申し訳ありません」
頭を下げると慌てた声が降ってきた。
「とんでもない!大変だったでしょう。戦いが無事に終わってほっとしておりますよ」
仮面の向こうで光る目を見つめ返す。男は鉤爪のついた手を差し伸べた。握り返しても不思議と痛くないのはこの人もやはり魔法を扱うからだろう。
「その様子では、勝利も勝ち取ったようですし」
「恐れ入ります」
男の名はディア・クロウリー。ナイトレイブンカレッジの学園長だ。
ツイステットワンダーランドは俺たちの世界と同じく、魔法士を育成する教育機関がいくつか存在しているらしい。特にここ──ナイトレイブンカレッジは、そういった魔法士養成学校の中でも名門だそうだ。うっかり「知りませんでした」と口を滑らせ、クロウリー学園長のありがたいお話に数時間は付き合わされたのを昨日のことのように思い出す。
「鏡の管理はアディントン君が引き継いだのですか?」
「一応は。ダンブルドアは、俺以外の誰かにあれの存在を伝えていなかったようですし」
首から下げた『GUEST』のプラカード。それを指先でいじりながら学園長の案内で校内を歩く。
こっちの世界も魔法学校は城を改装して作ってんの、興味深くてあちこちを見てしまう。
「そのままでよろしい」
「はい?」
「以前あなたがいらっしゃった時も言いましたがね、世界を飛び越える手段なんてものは存在しません。存在してはならないのです」
金色に光る目が猫のように細くなる。
「その鏡も何かの偶然か、たまたまあなたの世界にある鏡と繋がってしまったに過ぎません。それも一方的に」
「…そうでしたね」
俺たちの世界では、鏡と鏡を繋いで遠距離移動の交通手段にするなんて技術はない。代わりにあるのが『移動キー』だ。逆に、ツイステットワンダーランドには『移動キー』も、その技術もない。
なのに俺たちの世界にはあの鏡があり、こちらの世界に来ることができるし、帰ることができる。けれどツイステットワンダーランドの住人は、どんな鏡を使ってもどんなに新しい鏡を製作しても、こちらの世界に来ることができない。俺の世界とこの世界を繋ぐのはたった一対の鏡だけだ。
不思議なことに。
「あなた方の魔法技術は多岐に渡ると聞いています」
学園長はぴたりと歩みを止めた。
「魔法石を使用する必要もなければ、オーバーブロットを引き起こすリスクもない」
「………」
「実に羨ましい」
学園長の鉤爪がカチカチと小さな金属音を奏でる。不死鳥が羽毛を逆立てた。
「俺たちはユニーク魔法なんてもの、使えませんけど」
音が止む。
「それに、俺たちの魔法は科学技術と相性が悪い。魔法を使えない人間が、魔法の代わりに頼る技術だと毛嫌いする連中がいるほどだ。そのぶん、こちらの科学技術はずいぶん発達しているようですね」
「………」
「ええ、実に羨ましい。違いありません」
甘えた声で鳴く不死鳥の羽毛を整えてやりながら、わざとらしく首を傾げてみせる。
異なる世界の技術を文明の発達のために用いようと正義感ふりかざしたら最後、戦乱や滅亡の火種になったりするのがファンタジーでも現実でも最もありがちな破滅ルートだろ。もはや常設だろ。
ちゃんと生き残りルートが用意されてなきゃ危ない橋なんて渡りません。
「ふふ」
鴉が器用に笑みを浮かべた。茶番は終わりらしい。不死鳥が羽ばたいて、もとの位置に落ち着いた。
ところで不死鳥って最大サイズまあまあでかいから肩に乗ると顔が埋もれるんだよね。この間『燃焼日』を迎えたばかりの成長期だから、半分サイズだし大丈夫なんだけど。
「ところであなた、アレはちゃんと持ってきましたか?」
「アレ?」
金の目が剣呑な光を帯びる。
「魔法石のレプリカです。あなたに合うよう装飾具にあつらえたでしょう?ほら私、優しいので」
「ああ、もちろん」
ポケットから取り出したのは、マクゴナガルに手渡された杖の装飾品だ。杖の持ち手部分に嵌めて使うタイプのやつ。
かちりと音をたてて嵌めると、なかなかに鬱陶しい。俺もまたダンブルドアと同じく、杖を飾る派じゃないからだ。ていうか俺の周りってあんまいないよね。杖を飾るかどうかって、流行り廃りがあるって聞いたこともあるけど。
「ツイステットワンダーランドでは魔法石が必須です。持ち運び忘れのないようお願いしますよ」
「肝に銘じます」
念を押されたので肩を竦めておく。
とりとめのない話をしながら廊下を進むうち、学園長が首を捻り始めた。
「うう〜ん…」
「どうかされました?」
「いえね、私、貴方が次に来たらお願いしようと思っていたことがあったんですけどねえ」
いったい何でしたかねえ。
悩む学園長には申し訳ないが、俺も忙しい。帰ってやることは山ほどある。もともと挨拶だけしに来たんだし、お暇しようか。
「忘れてしまったってことは、大して重要なことじゃないですよ。たぶん」
「そうでしょうか?そうかもしれません」
「久しぶりに来れて楽しかったです。そろそろ──」
ガシャーン。
ナイトレイブンカレッジ中に響き渡るかと思うほど、激しい炸裂音がした。
「いったい何事です!?」
学園長が走り出したので、俺も慌てて後に続いた。
この学校って、トップだろうと姿くらましみたいな特権ってもらえないんだなあ。
歩いてきた道順を逆戻りしていると気付いたときからだんだんと嫌な予感が膨れあがってきた。こういう時の勘は、外れてほしいと思うときほど当たるものだ。
近くにいたらしい学生が、事件現場を取り囲んでいる。学園長はそれをかき分けかき分け中心部に近付き、悲痛な叫び声をあげた。
「ああーっ!?」
学園長室は見るも無惨な有り様だ。
月と星が散りばめられた豪奢なカーテンはズタボロ。この学校の寮のモチーフとされている『グレートセブン』と呼ばれる偉人の肖像画も地面に落ちて、額縁が壊れている。格子の窓ガラスのほとんどが粉々になっていて、学園長の執務机に何かが突き刺さっていた。大きな円盤からはきらめく炎のようなものがあがっている。不思議と熱くはないけど。どうやらあの燃えている円盤があの音の原因のようだ。
「…はっ!?」
俺は人混みを押しのけると、学園長室の奥に向かった。普通の生徒が立ち入れないよう、この部屋の奥に俺の通ってきた鏡が隠してある。
「ああーっ!?」
思わず学園長と大差ない叫び声をあげてしまった。
なんせ、俺の通ってきた鏡は。この世界と俺の世界を繋ぐ唯一の通路は、粉々に砕け散ってしまっていたのだから。
++++++++++++++++
そんな感じで長すぎる導入。
初訪問がツイステ本編より一年前。こちらでは謎プリ。ツイステ本編がこちらでの本編終了後の9月以降、という感じです。
幾人かの上級生とは既に面識があったりなかったり。
学園長には当然にアディントンの姓を名乗っています。
☆唯一の通路である鏡を破壊されたお兄ちゃんは無事に元の世界に戻れるのか──!?
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