08


目覚めるとそこはリトル・ハングルトンの墓地でした。

「…ふざけんなバカ野郎」

うっかり独白しちゃったじゃんよ。なぜか横になっていたので、ツッコミもそこそこに起き上がった。
伸び放題の草むら。苔むした岩。針山のようにそびえる枯れた木々。底の浮き出た池も枯れていて、暗い穴を空に向けている。とても暗い。今が夜なのか昼なのか、朝なのかも分からない。目の前に広がる光景を、今や懐かしい思い出のひとつ──ヴォルデモート卿が復活を遂げたリドルの墓場に喩えたのは寝起きのうっかりだったんだけど、これかなり的を射た表現じゃないかな?時間がたてば経つほどに思う。喩えでもなんでもなく、藪から蛇が出てきたら卒倒する自信があった。悪夢の再演かよ。
ほふく全身でこそこそ移動すると、近くの大きめの岩の影に身を潜めた。誰もいない。何もいない。鳥の声も風のざわめきも感じられない。代わりに、じっとりとまとわりつくような悪寒があった。
気味が悪い。ほんとにリドルの墓じゃんよ。頼むから死喰い人も蛇もあの野郎も草むらから飛び出してきてくれるなよ。杖もポケモンもモンスターボールも持ってないんだからよ。
本人に失礼だけどポケモンではたと思い出した。

「(...鶴丸はどこだ?)」

勘だけど、ここは鶴丸のしんいきとやらじゃないと思うんだよな。もしかして審神者のいる未来の世界だろうか。未来の世界ってこんな荒れ果ててんの?やばくない?そりゃあ過去を変えようだなんだって戦争も起こるわな。
早いとこ鶴丸を見つけて審神者の股間を蹴り飛ばして帰ろう。改めて心に誓うと、俺は移動を開始した。いつまでも縮こまっていてはいられない。
俺は掌を上に向けると、呪文を唱えた。

「“ルーモス”」

ふはははははは杖はないが魔法は使える俺の血の滲むような努力を!見よ!!
学生が授業で習うような簡単な呪文なら杖なしでいけるようになったんだよ!一年生で習う呪文の中でも常用してたやつなら無言呪文でだっていけるぜ!
ならなんで今唱えたのかって?ここは敵地──かもしれない──だぞ…油断するなって心の中のレグルスが忠告したんだよ…。
歩くこと数分。時計なんてものは身につけてなかったので体感。ようやく屋根らしきものが見えてくるにつれて、嫌な予感がビシバシしていた。袖で鼻を覆う。やだなあこれ、腐臭だよ。

「う…」

思わずえずく。蝿と蛆がまとわりつく生きものの死骸が屋根の下に二体。ここは未来の世界ではなくラクーンシティだった…?ホラー耐性はゼロどころかマイナス値なので頼むから起き上がってきてくれるな。
息を殺して柱の陰に隠れること更に数分。馬の死骸は特に嘶きもせず襲いかかってくる様子もない。胸を撫で下ろしていいやら分からず、先に進む。不穏レベルが上がった。茶化せる空気ではない。
荒れ果てた畑と蔵。屋敷のような家屋。建物の造りは脳内イメージにある日本っぽいなと思うので、やっぱりここはバイオでハザードなワールドじゃなくて鶴丸のいた未来の世界なんだと思い直すことにしておく。頼むから、なんでもいいからホラーよりも現実をくれ。
ぐるりと角を曲がると、誰かが家屋の壁に背を預けて座り込んでいるのを見つけた。人がいたのか。思わず駆け寄ろうとして、立ち竦んだ。
大きな黒ずんだ染みの上に男は座り込んだまま死んでいた。右腕がない。その跡が、流れ出たおびただしい量の血でできていることは火を見るよりも明らかだ。蝿も蛆もたかっていないのは、男が死んですぐだからかもしれない。ショッキングなものを目の当たりにした衝撃がひどい。俺は今度こそ平和な世界で生きてたんでね。すみませんね。

「あれ?」

俺は男の死骸が無事な方の左手で剣を握っているのに気がついた。イギリス社会はそうそう凶器を目にする機会がないんだけど、衝撃が以下略で気付かなかった。
首を傾げる。
鶴丸は人間だったら失血死してもおかしくないほど血を流しても死ななかった。もしもこの男が鶴丸と同じ刀の付喪神だとしたら、審神者からの霊力の供給切れで気絶しているだけかもしれない。

「…おい。生きてるか?」

ぺちぺちと頬を叩いてみた。くっ、片目が眼帯で覆われててもイケメンだということが嫌ってほどに分かるぞ!神ってのはみんな造形が整ってるもんなのか!?
まあ…神を不細工だと想像することの方が難しいな…。刀って俺の時代でさえ“美”術品として扱われるほどだもんな…。
揺さぶってみると、男がゆるゆると目を開けた。鶴丸と同じ、かつては金色だったに違いないオレンジ色の目だ。
ところが男が何かを呟いてすぐに頭を抱える羽目になった。鶴丸と言葉が通じたから日本語が分かるようになったと思ったのに!あれはあれか、鶴丸のしんいきってやつだったからか!

「アー、えっと、くそなんて言うんだっけこういう時…“だいじょうぶ?”」

カタコトすぎる日本語がどうにか通じてくれていればいい。くっそなんで魔法界は自動で翻訳と通訳してくれるまかふしぎなコンニャクとか開発しなかったんだよ!機械とは無縁の文明でしたね。すみませんでした。
男はめちゃくちゃ驚いている様子で、ひとつしかない目をこれでもかと見開いていた。なんでだろうね。

「!!?!?」
「待って待って待て待てまくしたてんな!言葉わっかんねーんだよ!ストップ!!」

驚きと共にたくさん言葉を浴びせてくれたけれど申し訳ない。なにひとつ理解できない。言葉の壁しんどい。鶴丸えも〜〜ん!あらゆる言葉を変換してくれるまかふしぎなコンニャクの代役を務めてくれよ〜〜!!

「…つる、まる?」

男は雷に打たれたように硬直した。そしてひどくゆっくりと言葉を紡いでくれたので、俺のイギリス脳は、幸いにもその単語を拾うことができた。男は、ひとつしかない目で俺をこれでもかと、穴が空くんじゃないかと思うほどに見つめている。
きっとこの男は鶴丸を知っている。なるほど俺の見込み通りだ。この男はきっと刀の付喪神で、鶴丸と同じ審神者に召喚された可能性がある。そういうことにしておく。
手を伸ばした。

「ごめんな。あんまり見ないようにはする」
「  」
「“レジリメンス”」














ぶつぶつと、まるで壊れたビデオテープのように雑音が混じる。映像がひどく乱れる。
テープを無理矢理巻き戻す。

宙に舞う右腕。翻る刀の閃き。涙を流し、自らを破壊する脇差の青年。命が砕ける音が虚しく響く。“あるじ”はこちらに見向きもせず、本丸へと踵を返す。
男が叫んでいた。泣いていた。同胞への慟哭だ。

つるさん。どうして。
せっかく逃れられたのに、どうして戻ってきたの、鶴さん。

虚しく目の前で閉じられた障子。結界を張られては助けることもままならない。割っていることはできなかった。ただの一度も。

見目麗しい刀たちはみな囲われた。
屈強な刀たちは出陣を強いられた。

選ばれる基準は“あるじ”にしか分からない。選ばれたくもないが、選ばれなければ、折れるまで出陣を強いられる。貯まるばかりの資材のほとんどは売却され、“あるじ”の私腹を肥やすことばかりに使用された。他の本丸の目に触れる演習の直前、運良く選ばれれば手入れしてもらえる。だからみんな必死に生き延びた。折れることを悟った者は、進んで鍛結の礎となった。

どうして。
どうして。

願えども願えども、誰の目にも留まらない。誰の耳にも届かない。いつしか願うことも諦め、最高練度にまで達した刀たちはみな考えることを止めた。“あるじ”は賢く巧妙に、自らの所業を隠し通した。

たすけて。

ぶつりと、テープが千切れ飛ぶ。









「“コンフリンゴ”」




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