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アルバス・ダンブルドアは疲れていた。
百年振りに開催された三代魔法学校対抗試合。中止されていた親善試合をもう一度、と話が出ていたのはずっと昔からだ。それでも話が進まなかったのは、ただひとつの懸念にあった──「おびただしい数の死者を出さないように、どう競技を行うか」。問題さえ解決できれば、永久の栄光を是が非でも手に入れたいと思う魔法学校は後を絶たない。
計画は入念に練られた。綿密に、密やかに、これでもかというほど執拗に対策を講じた。もちろん、ダンブルドア個人の懸念としては、ハリーポッターの存在も理由に挙げておきたい。寄宿学校という閉じた空間に、余所者を招くのだ。学校の警備を緩めざるを得ない一年を、ヴォォルデモートは好機と思うだろう。今は息を潜めている殺人鬼が再び魔の手を伸ばさないわけはない。ダンブルドアは迅速に動いた。
未成年の魔法使いは競技に参加する事ができない──この案を提示したのはダンブルドアだ。この案はすんなりと可決された。他の参加校も未熟な子どもを代表選手にするつもりはないようで、ほっと胸をなで下ろしたのだ。これで彼が万が一にも、競技の渦中に引きずり込まれることはあるまいと。
そうは問屋が卸さないとはどこの国の言葉だっただろか。
己だけではない、他の学校の校長が目を光らせているにも関わらず、ゴブレットは四人目の代表選手の名を吐き出した。
ゴブレットの選出は魔法契約だ。死のうが生き延びようが、競技が終わるまでハリーは逃れられない。カルカロフの冷徹な眼差し、マダム・マクシームの憤怒の形相。頭が痛かった。何もホグワーツが開催校のときにこんな問題が起こらなくてもよいじゃろうに。
しかし問題はハリー・ポッターに留まらない。
連日のように報道されている失踪者に、ついに著名人の名前が連なったのだ。バーティ・クラウチ。競技の審査員である彼は、ホグワーツで目撃されたのを最後に姿を消した。ダンブルドアは考えを巡らせる時間が増えているのを自覚していた。知らぬうちに、魔法界は深い闇の中に落ちてしまったのではないか。得体の知れない不快感。闇が手招いているようにさえ思えていた。
「君はどう思うかの?」
目の前で堂々と煙草を吹かす生徒を叱る元気もない。事情を知らない、知らせるべきでもない庇護すべき生徒にぽろっと疑問を投げかけるなど、決してするはずもない失態だった。
失態だ、と気付いても時すでに遅し。煙草をしまう気配がまったくないスリザリンの生徒は、驚くでも悩むでもなく、ただじっとダンブルドアを見つめ返している。
ダンブルドアは努めて微笑みをたたえ、誤魔化した。
「何がっすか」
「すまんのう。なんでもないのじゃ──」
「なんでもなくはないでしょ」
青年は毒を吸って吐く。
「先生が生徒に相談することがあってもいいと思いますよ。ガキの意見も意外にバカにできないって言うし」
「………」
「何が気になっているんすか?」
アルバス・ダンブルドアは疲れていた。
疲れていたので、言葉に甘えることにした。確かに、子どものひらめきは時に、天才的なほど的を射ることもあるのだ。
「君は、ハリーの名前をゴブレットに入れたのは誰じゃと思う?」
赤い瞳がこちらを向いて、ぱちぱちと瞬きした。
「…直球っすね」
「回りくどい聞き方が好みかね?」
ううん、と青年は首を傾げた。
「犯人がいるって前提で質問してますよね。自作自演ってんじゃなく?」
「君はハリーが自分でゴブレットに名前を入れたと?」
「いんや。あいつわりと不幸な身の上だけど、自殺願望者じゃないでしょ。あいつを殺そうと躍起になってんの、十三年前から一人だけですよ」
刻の中で葉たばこが灰になって落ちた。ジリジリと、ものの焦げる音がする。ふうっと空中に煙を吐き出した青年に、ダンブルドアは静かに問いかけた。
「君は、ゴブレットに名前を入れたのはヴォルデモートじゃと思っておるのかの?」
「さあ。今あいつ、誰かに憑依するのがやっとでしょ。手助けするような誰かがいれば別でしょうけど」
今、この青年はなんと言ったのか。ダンブルドアは瞠目したまま耳を傾けるのがやっとで、、青年が好き勝手喋るに任せる形になってしまっていた。
「でも、あいつの仕業にしてしまうには殺意が足りない」
「…どういうことじゃ?」
「犯人が誰なのかは分かんねえですけど、そいつはハリー・ポッターを手助けした」
青年は煙草の煙を吐き出して、鷹のように目を細めた。
「第二の課題で、ポッターが鰓昆布使ったの覚えてます?」
「うむ」
「長時間潜水するとき一番簡単で便利なの、泡頭呪文だけど、あいつ四年生だからまだ習ってないでしょ。クラムみたく、人間の身体の一部を変える変身術も習ってない。どうすんのかなって興味ありましたけど、それにしても、鰓昆布はねーよなって」
煙草をもみ消した青年はもう一本を取り出して火をつけた。
「鰓昆布は希少です。効果は単一、応用がきかない薬草で、魔法薬の調合にも使わない。だから薬草学の温室にも、生徒用の薬棚にも置いてない。事前に課題の内容を知っておいて、校外に発注でもしない限り、試合前にあらかじめ用意できるわけがない。スネイプがマジキレしてたの知りません?ポッターが私物を盗んだとかなんとかって」
「…知っておったのか」
「よーく覚えてます」
赤い目がすうっと細くなる。
「絶対ポッターが盗みに入ったんだって言い張ってんの。めちゃくちゃ機嫌悪くて、ニコチン臭いってだけで減点くらいましたからね俺」
そっちじゃない。ダンブルドアは一瞬口にしようか迷って、黙って耳を傾けることにした。薬草学に精通していること以外で、彼を知る必要があると思ったからだ。
「横暴すぎじゃないっすか?俺の何が悪いって言うんでしょうね」
「はて、なぜかのう。老いぼれにはとんと分からん」
「校長センセのそういうとこ好きっすよ」
青年は猫のように笑みを深くした。そして、急に笑みを消した。
「でも俺、誰かがスネイプんとこから鰓昆布を盗んだのは確かだと思うんすよね」
青年はほとんどフィルターだけになった煙草をもみ消すと、ポケットからもう一本取り出して火をつけた。
「潜るのに一番適した対応は泡頭呪文、これ一択です。でもホグワーツの四年生が知るわけない。知らないということを知ってた奴がスネイプの薬棚を荒らして、俺から間接的に三十点も減点したんすよ。分かります?俺の怒り伝わります?」
「…うむ」
「つまりその盗っ人はハリー・ポッターのファンか何かです。なんにせよ、どうにかしてあいつに優勝してほしいわけだ。あの野郎がポッターのファンなわけない。ので、犯人は奴じゃない別の誰か。証明終了」
優勝かあ、と青年は言った。
「次の課題、迷路じゃないっすか。あれゴールしたらどうなるんです?」
「優勝杯を迷路の中心に置くという話は聞いたかね?」
「ああ、あのおっさんから聞きましたよ。あの陽気なおっさん」
「バグマンじゃよ。アディントン」
青年はちょっと笑った。
「判定争いになった時のために、優勝杯を最初に掴んだ者が誰なのか分かるようになっておるとは聞いておるよ。そのように仕掛けを施す、とも」
「へー」
「これは秘密じゃが」
ダンブルドアもちょっと笑った。
「どのような仕掛けかはわしや他の校長先生に知らされておらん。公正性を欠くからのう」
「…へえ」
青年は深く息を吸った。
「それじゃ、優勝杯がどこに置かれるかは誰にも分からないってことっすか」
「おう、もしやわしを当てにしておったのか?」
「まったく」
青年はもみ消した煙草を地面に落とした。
「ああ、そうだ。ポッターのファンがヴォルデモートの手下だったらヤバいなあとは思いますよ」
「…意外じゃ」
「何がです?」
「君が、まだヴォルデモートが生きておると信じていることがじゃよ」
十三年前、ヴォルデモートは当時たった一歳の赤ん坊だったハリー・ポッターに滅ぼされた。脅威は去った、彼は死んだと専らの噂である。
アディントンは信じていないと確信できた。彼のまなざしは、目の前の標的をひたと見据えたまま、獲物に狙いを定める蛇のように見える。
ケニー・アディトンはぞっとするほど酷薄な笑みを浮かべて呟いた。
「だってまだ死んでないでしょ」
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