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政府ってヤツはクソ。

だってさあ、審神者を統率する組織が国の管轄だっていうから、多少は期待するだろ。具体的には、宗三に言ったように鶴丸が治療を受けて、あのバカ──鶴丸の審神者──がしかるべき罰を受けるって、思うだろ。
これがことごとく上手くいかなかった。
政府ってやつは悲しいほどにダメな組織だったのだ。

まず、こんのすけがヘルプを送ったコンプライアンス担当部署からの返答なんだけど。
ここからもうクソだった。

「担当が休暇中のため対応できません」
「その案件は担当部署が一人のため他に対応できる者がいません」
「当該担当者は休職中のため回答日は未定となります」

いや、この時点でバカか?となるじゃん。
審神者がどのくらいいて、本丸がどのくらいの数存在するのか知らないけど、一人はダメだろ。どうなってんだよ。時と場合によっちゃ──まさに今──一刻を争う事態だってありうるのに、少々お待ちくださいはナイだろ。当事者意識がなさすぎる。現場の意見が本部には理解してもらえないアレを痛感した。俺まだこの世界じゃ学生だってのに、なんで社会に出た時のあのやるせなさをもう味わうことになってんだろうね。

お察しの通り、これじゃ終わらなかった。
審神者への沙汰が未定となってしまったのは遺憾の意。じゃあ分かった、それはそれとして、傷ついている刀剣男士をどうにかしてほしいので、誰か他の審神者を派遣してほしいって思うじゃん。審神者しか治せないなら尚更じゃん。

「それならば、審神者サポート部があります」

ってこんのすけが言うから、じゃあお願いねって、こんのすけに対応してもらおうとするじゃん。俺、完全な部外者だし。
お察しの通り、これもまたクソだった。

「コンプライアンス部の部長に代替審神者の派遣決定権があるため、先にコンプライアンス部に連絡をお願いします」
「代替審神者は審神者サポート部に登録申請している審神者以外の者を派遣できません」
「コンプライアンス部外の政府職員に決定権はありません」
「申請なしに審神者がこれを遵守しない場合審神者職職務規定違反となり相応の罰則の対象となります」

いやふざけんなよって感じね。難しい言葉を羅列するなってんだよマーリンの髭。
こういう万が一の事態になったとき、制度として救済措置を設けていても実際機能してないの、組織体制として終わってると思う。こっちは一秒後に鶴丸が力尽きて折れてるかもしれなくて、ストレスで胃に穴が空きそうだってのにさあ。
通信がぷっつりと切れる。ホログラム映像が消えて、本丸の壁で視界がいっぱいになる。
勢いで日本の伝統芸であるちゃぶ台返しをしてしまった俺は悪くない。

「ッッッふッッざけんなバカかふざけんなXXXX!!!」

ガッシャーン。
発禁発言はうまいことかき消えてくれたので問題なし。こんのすけが飛び上がって尻尾をふわふわに逆立ててしまった。ごめん。感情を最優先にして爆発してたらそんなのは外道と同じです。理性あっての人間。
とはいえ現状が八方塞がりなことに変わりなく。なんとか打開策を見つけなくてはならない。

「かくかくしかじか」

外側に助けが求められないのなら内側だ。
俺は宗三に口利きしてもらって、本丸にいた無事な刀剣たちに事情を説明した。過去からきた存在が未来にとってセンシティブだって分かってるけど、なりふり構っちゃいられない。
ここにきた初日に顔を遭わせていた刀剣。古株のうちの一振りである、紫色の雅な男。歌仙兼定。彼も本丸の刀剣たちの説得に一役買ってくれた。彼は一振りの刀を紹介してくれたのだ。

「私は太郎太刀。見た目の通り、とても人間には使えるはずのない大きさで、それ故に奉納された刀です」
「お、おう…」

デッッッカ。
身長二メートル超えてんじゃないのかなって錯覚するのは、たぶん彼が膝まで届く長い髪を高く結い上げているせいだろう。ていうか結んで毛先が膝まで届くってどういうこと?某ねずみアイコンスタジオ配給映画のプリンセス?
バグった脳みそではロクな返事ができなかったので、おそるおそる頭を下げた。こんな高さから見下ろされるのはそれこそ母校の森番しかいなかったもので。

「おおよその事情は聞いています。重傷の鶴丸国永を救ってくれたとか…」
「ああ、いや」
「私は神道に奉納されし身ゆえ…今回の件に役立てるかどうか分かりませんが、最善を尽くしましょう…」

なんかちょっとテンポ崩される喋り方するなあ。とはいえなんとなく、厳かというか。神々しいナニかを感じないわけではないので、大人しく口を噤んでおいた。

「鶴丸は、既に主の手を離れつつあるようです」
「え?」
「貴方が彼と異物を鍛結したのではないのですか?」

お互い頭の上にはてなマークを浮かべて首を傾げる。異物とは。

「確かに、俺の知人のそのまた知り合いが鶴丸を研いだらしいけど。それだけで?」
「研いだだけ…」
「鶴丸の本体を研いだのは誰だい?火事場の妖精もいないというのに、どのような技法で?」
「どのようなって言われてもねぇ」

そのあたり門外漢だから説明のしようもない。魔法使いどころか小鬼の技法なもので。
ん?

「ゴブ…なんだって?」

未来の世界には存在しない種族の名前を未来型翻訳ビームは変換しきれなかったんだろう。歌仙が訝しげな顔をする。
その質問に俺は答えられなかった。

「いづッ!?」

バチン!とものすごい音がして背中に激痛が走る。魔法で綺麗さっぱり新品同様に整えた畳に俺の鼻先がめり込むのと、無作法な多くの足音が部屋に飛び込んできたのはほぼ同時だった。

「総員、動くな!」

動けませんが!?
俺の腕は両脇にピッタリ貼り付いてびくともしない。青白く光る輪っかが俺の胴体と手首をぐるりと囲んでいて、それがジリジリとした痺れを身体中に与えていた。悶絶するほどの痛みじゃないけど、できるなら長く味わってはいたくないレベル。
和装の、でも動きやすい格好で入ってきた連中は全員顔を隠している。全員が大小さまざまな武器を構えているけど、刃物じゃない。青白く輝く警棒のようなものや、銃のようなものが多い。確かに刀剣相手だと銃とかの方が圧倒的に有利だ。
奥から顔を隠していない、これまた輝かんばかりの美形の男が現れた。銀色に輝く髪とスミレ色の瞳。しかも帯刀している。ありがとうどう見ても刀剣男士だね。人間じゃ絶対に持ちようのないカラーリングです。

「山姥切長義…!」

やまんばぎり!?
脳内の僅かな日本の知識によって警戒レベルを上げた。物騒な名前すぎる。
俺はなんとか頭を物理的に回転させて、頭上のやり取りに耳を澄ませた。

「午後十四時四十一分、被疑者確保。制圧終了だな」
「被疑者!?」
「動くなと言ったはずだ。歌仙兼定」

山姥切長義と呼ばれた刀剣男士は冷ややかに言った。どこをどう見てもこちらの言い分に耳を貸しそうにない。

「報告と現場の様相がどうにも食い違っている。本丸の刀剣全振で共謀したのか?」
「それは、」
「審神者が刀傷が原因ではない重傷を負い、意識不明のまま転がっていて、審神者でもない人間がここに居座っている。君たちは被疑者を拘束してもいない。何か弁明があるなら聞こう」

ぐうの音も出ねぇ〜。歌仙だって悔しそうに唇噛んでるもんね。太郎太刀も俺と歌仙を見比べてどうしようか迷ってる顔をしている。
ため息をついた。これは大人しくドナドナされた方がよさそうな気配。






どうやら政府のクソ対応はブラフだったらしい。
外部からの接触ができないように防衛措置が施されている本丸が直接急襲されたとなれば、まず内部からの侵入を疑うんだそうな。
防衛措置は政府お手製。電脳犯は本丸のシステムもろともクラッシュするようトラップが複数仕掛けてあるのは当然として。実体のある犯人が侵入したとしても、一度中に入ってしまえば侵入経路は塞がれ、脱出が不可能になるようになっているらしい。犯人が慌てふためいている間に突入班が編成され、お縄にするのが通常だそうな。
通常、って言葉が出てくるほど本丸って急襲されてるんだね。もしかして定期的に避難訓練とか行われている感じですか?

「黙れ」

バチッと背後で火花が散る。手首が熱くてジリジリした。たぶんこれ、絶対に火傷以上の状態になってる。
クソ審神者の本丸はものものしい雰囲気に包まれていた。襖という襖は開け放たれ、同じデザインのマントに身を包んでいる刀剣男士や顔を布で覆っている人間が出たり入ったりしている。
俺はというと、豪奢なしつらえの机の前に座らされていた。訂正、取り調べを受けていた。
目の前には顔を布で覆った人間。背後には刀の柄に手を添えている臨戦態勢の刀剣男士。
乱切りの黒髪は、毛先がちょっと血に染まってるかのような色をしている。着ている服も破れかぶれだし、俺を睨みつけている視線すら攻撃的だ。普通に怖すぎる。冗談アウトラインを一ミリでも踏み越えたらドスッとやられそう。

「もう一度訊こう。誰の手引きで本丸に侵入した?」
「………」
「単独で本丸に侵入できるわけがないのは分かっている。どこの組織の手引きだ?」
「………」
「黙秘するのは結構だが、その行為が君の罪を軽くするとは思わないことだ」

汗が滴る。だって熱いんだもん、この拘束ビーム。
奇妙なことに、服は繊維一筋焼け焦がしていないのに、当たっている場所ばかりが熱くなっていた。未来のかがくのちからってすげー!
と、脳内でボケてる場合じゃないのは分かってる。
ちなみに俺、とんでもないとばっちりを被っているかと思えばそうでもない。

この本丸は長らく政府との定期連絡を怠っていたようで、政府側からなんとかコンタクトが取れないかどうか、試行錯誤している最中だったそうな。そんな中、突然審神者の生命維持困難による本丸のシステム再起動が発生。非常時でもなければ、審神者の許可なしに本丸の座標にアクセスできないため、この再起動による機能停止の隙をついて強引に割り込んでしてきたらしい。
で、いざ突入してみれば。審神者が肉達磨の状態で転がってて。審神者のコントロール下ではくなった本丸は荒れ果て、刀剣男士の中には刀剣破壊に陥っているものが複数。生き残っている刀剣男士もみんな手入れされておらず、極度の疲労状態にあり、また中には性的虐待を負ってショック状態のものもいて。
そんな中に、ただひとり五体満足で立っている人間がいたとなれば。

…つまり、もう状況証拠だけで被疑者が確定。
だって肉達磨は喋れる状態じゃないし。いや、これは俺が拳でもって喋れなくしたんだけどね。哀れな被害者刀剣男士達から供述の記録をとろうにも、時間がかかるってわけ。俺にとっての役満。
マーリンの髭!

「マジで複雑極まってて」

唾と一緒に痛みを飲み込む。マジでいてえ。

「こんのすけとか、宗三くんとか歌仙さんとかに聞いちゃくれませんかね…」
「審神者に危害を加えることは重罪だ」

顔も分からない政府の人間は俺の頼みをまるっと無視した。黙秘するなって言うから喋ったのに。

「はっきりさせておこう。君は既に歴史防衛非常措置法、顕現制限及び統制法違反で禁固刑が確定している」
「!?!?」

ナニその国家防衛法と同じ臭いのするヤバい法律名!?
いや、待てよ。このまま黙秘を続けていれば、たとえお縄になったところで魔法でササッと脱獄すればいいのでは。あのクソ審神者の罪をひっ被るのは腹立つけど、このまま勘違いさせといて、黙秘しとけばずっとやり易いのかもしれない。
後継者時代に鍛えた表情筋を総動員して無表情を貫く。余計なことを喋って墓穴を掘るよりも、きちんと捜査してもらえばあのバカ審神者に非があるのは明らかなことだ。だって別に綺麗にして転がしてないからね、アイツだけは。
ん?

「…審神者だけ?」
「なんだって?」
「刀剣男士たちに危害を加えても罪にはならないのか?」

沈黙。
顔に布をしている男──これは声で判断した──はなんにも言わない。後ろの刀剣男士も沈黙を貫いている。
ちょっと待て。
俺が罪に問われないのなら。俺が罪に問われるのが、審神者に危害を加えたこと、本丸に不法侵入したこと、ただそれだけに限られるのなら。あのクソ審神者だって、自分の召喚した刀剣男士に何をしようが裁かれないってことになるんじゃないのか。
それってつまり、刀剣男士には審神者には当然にある人権のような権利がなくて。嬲られようが何をされようが泣き寝入りするしかないってことになるんじゃ。
頭の中が真っ赤になった。最悪すぎる。政府に助けを求めたことが、そもそもの間違いだったんだ。

ふと顔を上げる。なにやら外が騒がしい。
ちょっとだけ首をもたげると、廊下の向こう側がなんとか見えた。噂をすれば影。歌仙くんと一緒にチラッと顔が見えた、美少年が何かを叫んでいる。俺の聴力は平均的なので、何を言ってるかは分からない。
目を凝らす。青い大きなビニール袋を顔布連中が抱えていた。美少年はそれを止めようとしているようだ。青いビニール袋。まるで瓦礫を運んでいるようにさえ見える。その隙間からだらりと垂れ下がっている手。見間違えようもない。
連れて行かせるか。

「フンッ!」

一生で一回か二回しか口にしなそうな、渾身の脳筋セリフを言い放つ。
俺を拘束していた光ビームが吹き飛ぶのを確認しつつ、自分の手首が吹き飛んでいないのかもそっと確認した。血まみれだけど両腕くっついていたのでよし。

「てめぇ!っざけんな!」

刀剣男士が怒鳴ったけど無視。激痛が追いかけてくる前に魔法で痛覚をシャットダウンする。魔法使いであり癒者でよかったね。相手が刀剣男士じゃなくて人間ならいくらでもやりようがあるのだ。全員が呆気にとられているこの瞬間がチャンス。机をひっくり返して後ろに魔法でぶっ飛ばしたら、瞬きの間に真っ二つになった。刀で。見えなかったけどそのくらい察するわ。次に真っ二つにされるの、俺かな?
青い顔のまま走り出す。二歩目で掴んだ襖を掴んで、妨害の呪文を唱えた。襖は回転しながら外れて背後に飛んでいったけど、無事に妨害してくれたのかどうかを確認している暇はない。
五歩目で地面を蹴ると、鶴丸を運んでいた顔布に飛び蹴りをかました。続いてもうひとりにアイアンクロー。美少年が目を丸くして叫び声を上げたのがスローモーションで迫る。ひっくり返る視界。その中で、マジの顔をした刀剣男士くんが、こっちに刀を投擲したのが見えた。
重い衝撃。

「ッぐぶ」

喉から、体に受けた衝撃そのままの声が押し出される。危うく壁に突撃するところだったけど、すんでのところで踏みとどまって、壁に手をついた。俺の腕がもう少し短かったら、きっと壁に縫いつけられていただろう。この、胴体から突き出た刀によって。
胴体から刃物が突き抜けてるのを見下ろすのなんて、これまた一生で一回か二回に違いない。訂正。

「(やっぱ一回にしてほしいかも)」

喉奥からせり上がってきた血が勢いよく勝手に押し出された。俺は癒者なので分かる。肺に穴が空いた。最悪だ。こうなると、たとえ魔法使いだって一分一秒を争うことになる。苦しいから、息を吸おうとしてるのに、口から出るのは泡みたいな音だけだ。
湿性ラ音。
喘息や気管支炎にあるような、気道が狭くなった時に出る音とは違う。肺の中に痰や血といった水分が溜まっているせいで発生する、異常な呼吸音。自分の容体が一刻を争うと理解しているから、この場でできる最善の対処法だって頭の中にある。せめて、なんとか仰向けにならないように意識を総動員して、ゆっくりしゃがみ込んでうつ伏せで崩れ落ちた。追撃はない。そりゃそうだ。誰がどう見たって今の俺は文字通りの瀕死。

「が、ッげほ」

なんだこれ歴代のスプラッタ事件を凌駕するレベルで痛い。いや嘘。記念すべき初撃である磔の痛みに比べれば──という無駄な思考回路が、呼吸困難のせいでかき消えていく。えっちらおっちらほふく全身した。青いビニール袋から青白い鶴丸の顔がちょっとだけ見える。
痛いよりも呼吸しづらくなってしまったことによる苦しさで、意識が持っていかれそうだった。激しく瞬きした。視界を暗くしている場合じゃないのだ。

「づ、る」

口の中も喉の奥も血まみれでまともに喋れたもんじゃない。それでもなんとか、手を伸ばして。血まみれの手をなんとか伸ばして、鶴丸の真っ白くて無骨な腕を握りしめた。
次の瞬間、むせかえような独特の香りがそこら中に広がった。
視界が真っ白い花びらでいっぱいになって、それでちょっとした風圧まで起こったような気さえした。うっかりバランスを崩した俺の体を、なぜだか青いビニールでくるまれていたはずの鶴丸が支えてくれている。瞬間移動した?
黄金色の瞳の中に、鼻から鎖骨までべったり血まみれの俺が映っている。鶴丸は驚愕に目を見開いていた。そして、顔を歪めた。とても苦しげに、辛そうに。なんだかこっちが痛いほどだ。
なんでお前がそんな顔するんだよ。そう言いたかったのに、俺の意識はそこでぶっつりと途切れてしまった。





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