エンドA


白尾海底水槽園。

 言わずと知れた日本有数の水族館の一角であり、太平洋はもちろん、大西洋、地中海、日本海からインド洋に至るまで、すべての海を網羅した巨大な水槽園である。白尾海底水槽園に潜む海洋生物は2万5000匹を悠に超え、館長のこだわりによって複雑な生態系を細部まで忠実に再現されている。また水族館の中では珍しく、クラゲに焦点を当てた水槽が多いのも魅力の一つだろう。

 年間パスポートを所持している人も多く、私もそんな人間の一人だった。日々更新される生物や、白尾海底水槽園ならではの企画はファンを増やし続け、ここ三、四年通い続けているにも関わらず飽きが来る事はない。

 すっかり職員の方とも顔馴染みになり、館長のなかむさんからこんなお誘いを受けた。

「今度お試しでナイトアクアリウムを営業してみようと思って。零魔さんさえよければ、最初のお客様になって頂けませんか?」

 彼の誘いに促されるがままに、私は夜の白尾海底水槽園に足を運んだ。すっかり日は傾き、辺りには夜の冷たい香りが漂っている。

「約束通り来てくれたんですね!では、こちらのチケットに署名をお願いします」
選択……『署名は必要?』『署名する』



……署名は必要?

「なんで?……そっか、水族館は気に入らなかったんだね。零魔のために、また別の舞台を用意しなきゃ」

 深海の底を這いずり回る様ななかむさんの声が響くと同時に、私の足元を起点に水族館が崩れ落ちていく。

 酷い浮遊感に飛び起きると、見慣れた薄暗い病室が視界に広がった。ネジを限界まで絞められるように、キリキリと頭が痛む。消毒液の香りをふんだんに含んだ空気を肺いっぱいに吸い込み、額を濡らす大粒の汗を患者衣で拭った。

 腕から伸びる点滴のチューブを辿ると、輸液バックの中身が既に底をつきかけていた。底をついてからでは遅いと怒られてしまうため、急いでコールボタンを押す。
 コールをしてから二分も経たないうちに、担当医のなかむ先生が替えの輸液バックを運んできた。

「零魔、顔色悪いね。手もこんなに冷えちゃって」

 カルテに独逸語を書き込んでいくなかむ先生の手の中に収まる万年筆に、夢の片鱗が浮かび上がる。

「私、水族館に…」
「水族館?外に出たいの?ダメだよ、ワイテル病が悪化したらどうするの?」

 「絶対外になんか出してあげない」、そう言ってなかむ先生は微笑んだ。


エンドA AquariumからEscape








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