エンドB


選択……署名する必要は?/ 署名する


 → 署名する



手渡された上等な万年筆を握り、署名欄に自身の名前を綴る。箔押し加工が施されており、配色もデザインも何もかも完璧なチケットは、一切の妥協を許さない彼の性格が垣間見えた。

「半券を切らせて頂きますね。そのチケット、失くさないようにお気をつけて」

 「いってらっしゃいませ」と、胸に手を添え恭しく頭を下げたなかむさんを後にしヴィクトリアン様式のアーケードを潜り抜ける。夜間営業に合わせて制服も新調されており、ベルマンに似た日中よりも深夜の海底に映える衣装を身に纏ったなかむさんは、海底の案内人の名を冠するにはこれ以上無いくらいに相応しかった。

 アーケードを抜けると、多彩な珊瑚礁に出迎えられる。広々とした水槽には多彩な珊瑚が所狭しと鎮座しており、それでいて色が散らかる事なく繊細なコントラストを生み出していた。

「きれぃ…」
「ふふ、気に入ってもらえたかな?」

 珊瑚礁に見入っていると、真夏のラムネを彷彿とさせる涼しげな声が鼓膜を揺らす。水族館の美術面を担当されているきんときさんが、私と同じく水槽を覗き込んでいた。

「でも少し寂しいよね。何かが足りないと思わない?決定的な、何かが」


選択……『少し寂しい方が、夜っぽくて好きかも』/『熱帯魚がいないから…?』



 …熱帯魚がいないから?

「そう、主役が居ないんだよね。普段は熱帯魚が泳ぎ回ってるんだけど、言わば今のこの水槽は額縁だけ飾ってる状態みたいで」

 ベレー帽を被り直した彼は、小脇に抱えていたイーゼルを広げた。
 木製のパレットや筆を並べ、私の知識の及ぶ範囲では無い名も知らぬ画材を鞄から取り出したきんときさんは、私に水槽の前に立って欲しいと言った。彼に差し出された手を取りおずおずと頷くと、ひんやりとした冷気が漂う水槽の前に案内される。

「零魔ちゃんにはこの水槽の主役になって欲しくて。お願いできるかな?」
「主役…?」
「うん、零魔ちゃんならきっと素敵な熱帯魚になってくれると思うんだよね。だって、零魔ちゃんだけのために用意した特別な水槽だから」

 花笑みをたたえたきんときさんは、私の両肩をゆっくりと押した。刹那、背中に当たっていたアクリルの水槽が姿を消し、そのまま珊瑚礁の中に倒れ込む。口から酸素が漏れ出し、息苦しさに目が眩んだ。

「やっぱり、俺の見立ては間違ってなかったなぁ!ちょっと苦しいかもしれないけど、すぐ楽になるよ」

 最後を飾る光景は、水槽越しに私の頬を撫でるきんときさんだった。


エンドB 熱帯魚








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