エンドH


選択……通常の道を/寄り道を


 →通常の道を


頭にこびり付く歌声に耳を塞ぎ、薄ら寒い風を吸い込むその奇妙なトンネルに背を向け出口を目指した。トンネルを抜け、幾つかの水槽を通り過ぎ、展示物の冷ややかな視線を全身に浴びながら歌の届かないところまで、一心不乱に走った。

「な、何これ…」

 乱れに乱れた息を整えつつ壁に埋め込まれた水槽を見回すと、全ての水槽に等しく、人体のパーツが転がっていた。目を凝らし顕微鏡を覗くように注意深く観察してみると、水槽に飾られた人間の腕や眼球に海洋生物が住み着いている事が分かる。皮膚にはイソギンチャクやポリプが固着し、親指程の小さな魚が肉の断面を啄んでいた。

「ここ、立ち入り禁止って書いてたけど」

 突如として響いた声に心臓が跳ね上がるも、高まる焦燥を抑えつけ入り口に目を向ける。予想通り、一切の感情を悟らせない表情を浮かべたスマイルさんが、腕組みをして扉を塞いでいた。肩に掛けられた白衣が、余計に彼の存在を大きく感じさせる。

「ごめんなさい、その、立ち入り禁止って知らなくて」
「へぇ…別に零魔だし怒らないけど。嘘をつくのは感心しないな」

 鋭いアメジストの眼光が、暗闇で一際威圧ともとれる輝きを放っている。

選択……「歌声から逃げて」/「好奇心に負けて」


 →好奇心に負けて

「へぇ、そう。好奇心旺盛なのも考えものだな」

 かしゃん。と、スマイルさんが後ろ手に鍵を閉める音がした。
 人形の様な血色感の無い薄い唇は弧を描き、態と影を落とすように笑ったスマイルさんから一歩距離を取ると、彼はその倍足を進める。羽織っていた白衣が床へと落ちるも気に留めず、ジャケットの内ポケットから細身の試験管を取り出した。

「薬、漸く完成したから飲んで。ここは失敗作しかないけど…零魔は成功させるし、こんなちっぽけな水槽じゃなくてメインホールに飾ってやるから」

 言い終わるのと同時に試験管の中で揺れる菫色の液体を自身の口に含んだ彼は、私との距離を一思いに詰め口付けを落とした。咄嗟の事態に、自分の身に起こった事を傍観するしかできなくなってしまう。生ぬるい液体を注ぎ込まれ、私が嚥下したことを確認した彼に両肩を押された。

 バックヤードは、生物に給餌をするための設備が整っている。つまり、水槽の上部に位置する部分に床は無く、足を滑らせれば落ちてしまう。私は大水槽に突き落とされたのだ。紛れもない、彼に。

「息はできるし平気だろ。こんな奴に好かれて、零魔も難儀だな」

エンドH 水槽園の標本箱








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