【空】さゐだーの水槽に口付けを


#引き続きEscapeパロ


「お外に行きたいです」

 ベッド横に腰掛けアナログなカルテにペンを走らせるなかむ先生に向け呟くと、忙しなく動いていたペンの動きが止まり紙にインクが滲んだ。

 最早なかむ先生ときりやん先生の交換日記と化した私のカルテは独逸語が使用されているため、私がカルテの内容を盗み見る事は叶わないが、精妙な筆記体の中で一際存在を放つインク溜まりは中々に不恰好だった。なかむ先生が古めかしいヴィンテージの万年筆を愛用しているせいで、無表情なエタノールと古い書庫の様なインクの香りが病室を包み込んでいる。

「ダメ、病気が治るまで絶対出してあげない」

 快晴のソーダ色をした先生の瞳が、ゆるりと細められた。タチの悪い悪戯をした幼子を叱るように、「めっ」と頬をつつかれる。なかむ先生の柔らかな雰囲気の奥に隠された、薄ら氷が張った冷ややかな視線が牙を剥いた。

 どく、と心臓が大きく鼓動する。

「…ごめんなさい」
「うん、ちゃんと謝れて偉いね。もう言っちゃダメだよ?」

 「キツく言いすぎちゃった、俺もごめんね」と、カルテを閉じたなかむ先生に優しく抱き締められる。気の抜けたラムネの様な甘ったるい香りがした。服用している液体シロップ状の薬と同じ、ただ焼け付くような甘さだけが存在する香りだった。

「ところでさ、きりやんから聞いたけどまた一人歩きしたんだって?どうしてそんなことしたの?」

 「ぁ」と情けない母音が漏れた。私の両手首を掴み意味の無い弁解を待つなかむ先生は、薄く微笑んでこてんと首を傾げる。曇り一つない澄清の瞳が恐ろしかった。どんなに手の込んだ言い訳の脚本を用意したとしても、彼の前では全て無に帰す。

「零魔?どうして約束破っちゃったのか、俺に教えて」
「え、と、お散歩したくなって」
「へぇ、俺もきりやんも呼ばないで散歩していいと思ったんだ」

 私を責め立てる彼の口調に、もう弁解をしようとは思わなかった。これ以上の言葉を紡ぐ事ができず黙りこくっていると、彼の溜息が病室に反響する。頬に伸びた手を振り払う事など許されず、こつんと額同士が密着した。

「外は零魔が思ってる以上に危険がいっぱいあるし、俺らは零魔に何かあったら嫌だからこうして守ってあげてるの。散歩に行きたくなったら俺を誘って?ね?」

 約束、と小指が絡められる。








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