【青】恋の弁明くらいは聞いてあげる
人間、渦巻く感情に相応しい表情とは真逆の顔を貼り付けられると、問答無用で三つ指をつき相手に許しを乞わなければならないと思うものである。
張り詰めた金氷の空気に似つかわしく無い花笑みをたたえたきんときさんは、微笑みを絶やす事なく私の言葉を待っていた。彼の部下らしい男性が運んで来た時には、薄らと柔らかな湯気を漂わせていた上品な白緑色の新茶は既に冷め切っている。深海の色で染め上げられたスーツベストの上に、腕を通す事なくジャケットを羽織っているせいで広がった裾がきんときさんの威圧を一層増していた。
「何で俺が怒ってるか分かんないって顔してる、心当たりない?」
不意に言葉を紡ぎ出した彼は、ゆったりとした口調で私に問い掛けた。心当たりは痛い程にある。私が彼との縁談にお断りの返事をしてしまったため、彼の逆鱗に触れてしまった事は容易に想像できた。
しかし喫茶店の常連の方から唐突に告白されて、良いお返事をすることができる女の子は存在するのだろうか。少なくとも私には、一切の素性が不明な男性とお付き合いする勇気も度胸も、リスクを負う必要も無かった。それに当時の私には恋人が居たし、彼だって笑って納得してくれた筈なのに。
「俺なりに優しくしたと思うんだけどなぁ…」
「何がダメだった?」とふんわり笑った彼は、頬杖を付いて私の返答を待った。きっと、きんときさんは理由なんて分かりきた上で質問をしている。背中を伝う氷水の様な冷や汗ですら見透かされていると感じてしまう、夜の帳の様な瞳から逃れようとひたすらに茶器を眺めた。
「だ、だって、私の、恋、びとを」
「そうだね、俺が秘密裏に処理させたよ。でもこれで零魔ちゃんは晴れて自由の身、彼奴に縛られる事なく俺と付き合えるね」
自身の手でオモチャの銃を作りこめかみに当てがった彼は、迷う事無く朗らかに言い切った。裏社会で生きる彼に倫理や法律を求めた事自体、全くのお門違いであったと思い知らされる。独自の恋愛観を語り終えた彼は、「俺ね」と再び話を切り出した。
「零魔ちゃんと喫茶店で話してる時間だけ、自分は案外普通の人間なんだなって思えたんだよね。でもさ、今更堅気に戻ろうだなんて思わないし、零魔ちゃんは普通の女の子。一回振られちゃったし諦めるかぁって思ったけど、俺だけこんな想い募らせて、零魔ちゃんは平凡で何の取り柄もない男と付き合ってる。そんなの認められるはずが無いでしょ?」
「だから、私の彼氏を…?そんなの、」
「間違ってないよ。好きな女の子のためだからね、俺は何だってするよ」
全ての表情が崩れ去りスッと瞳を細めた彼は、また手遊びで銃を作り私へと向けた。裏社会の住人、その上一組織をまとめ上げているきんときさんに向けられた銃口は、私を畏怖させるには十分過ぎる材料だった。
「忘れないで、俺は零魔をどうにだってできるんだから。戸籍ごと買い取っても良い、あの男の殺人の冤罪だって被せられるし、零魔の周りを徐々に消して孤立させてあげる事だって容易いよ。あぁ、別に好きな子を甚振る趣味はないけど、零魔が望むなら調教だって厭わないしね」
「零魔ちゃんはどうして欲しい?」となけなしの選択肢を無慈悲に与える彼に、息が詰まった。二者択一、お付き合いするか、しないか。どちらを選んだとしても辿るレールは同じだと、議論に終幕。
震える体を抱き締めた私に、きんときさんは今日初めて、彼の感情に沿った歓喜の憫笑を浮かべた。
今なら命乞いくらいは聞いてあげる。
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命鯉の動画好きです。
命乞い…命鯉…命恋…