【赤】命短し恋する乙女の捌き方



「零魔、今日もかわいいねぇ」

 校則の範囲内でゆるりと巻かれた黒髪に、桜唇に引かれた少し背伸びしたらしい色付きのリップ。彼女が髪を揺らして歩くたびに、熟れる前の苺の様に柔らかな甘い香りがふんわりと広がる。零魔のスカートの左ポケットが少し膨らんでいるのは、きらきらのパッケージが可愛らしいリップクリームと、折り畳み式の櫛が入っているから。

 恋する乙女は可愛くなると言われるが、全くもってそうだと思う。

 僕とお付き合いを始めてから、零魔が一層可愛くなった気がする。以前はキッチリと結ばれていた髪を巻き始め、保湿の機能しか果たさない薬用リップは色付きの物へ。香水や制汗剤などでは無く、彼女自身から香っている様に錯覚する甘い匂いは、絶対僕に恋しているからだと思う。

「んー!本当にかわいい。全部僕のためって思うと、今すぐ零魔抱きしめたくなっちゃう」
「あれ、ぶるーくと零魔さん付き合ってたの?」
「うん。あ、かわいいからって取らないでよ!零魔はもう僕のだから!」

 自販機のいちごミルクを啜ったなかむに「はいはい」と適当にあしらわれてしまったが、彼女さえ取られなければ何でもよかった。零魔がどんどん可愛くなってしまうから僕の心臓はずっとばくばく高鳴りっぱなしだし、彼女に注がれる男子生徒の視線が、日に日に熱を持っているように感じる。

 やめてよ、僕のなのに。零魔が一生懸命おしゃれしてるのは僕だけのためなんだから。

 彼女が恥ずかしがった為、校内ではちゅーは勿論手を繋ぐ事だって、抱き締める事だってできない。僕のだって見せつけたい気持ちは山々だけど、可愛い彼女のお願いだから我慢する他なかった。

 机に伏せて項垂れていると、「ねぇ」と先程まできりやんのノートを黙々と写していたきんときの声がした。因みに、割と真面目な方に分類される彼がきりやんのノートを写しているのは苦手な化学の授業をサボったせいだ。

 顔を上げると、彼が眉間に皺を寄せてこちらを見ていた。いかにも「深刻です!」という顔をしていたから、大人しくきんときの言葉を待った。

「その、朝友達と喋ってたの聞いちゃってさ…零魔さん、俺の部活の先輩に告るとか言ってたんだけど…」
「いやいや!僕の零魔がそんなことするはずないって!」

 そう、零魔は僕のなんだから。
 そんな事ない、と両手を振って否定した


「私、ずっと前から先輩のことが好きでした!」

 夕暮れ時の香りが漂う、人気の無い旧校舎裏。先輩の顔を見るのが怖くて勢い良く頭を下げてしまったが、頑張ったヘアセットは崩れていないだろうか。リップは塗り直したし、前髪だって入念にチェックして、友達を連れ回して購入したハンドクリームだってばっちり香ってる。できることは全部やった。大丈夫、と心の中で呟いていると、「はぁ?」と聞いた事のない呆れた様な声が響いた。

「君さぁ、何だっけ…あー、きんときと仲良い、あの背の高い奴。その子と付き合ってんでしょ?何?浮気?それとも罰ゲームかなんか?」

「どっちにしろ最低だろ、無いわ」と足速に去っていった先輩に伸ばした手は、虚しくも宙を掻いた。先輩の言葉が頭の中がこんがらがって、彼に届けと発した否定の声は酷く小さい。
きんとき君と一緒にいる人?もしかしてぶるーく君のこと?違う、彼とお付き合いなんてしていないし、誤解を招く程彼との距離は近くない。本当にただのクラスメートで、関わりがあった時と言えば、五月の席替えでお隣になった時くらいだ。

 とにかく、彼の誤解を解かないと。徐々に小さくなる先輩の背中を追いかけようと足を踏み出した時、誰かに骨が軋む程の力で腕を掴まれた。

「もう、だめじゃん零魔〜!なぁに?僕のこと飽きちゃった…?」
「ぶるーく、くん」

 特徴的な間伸びした口調と、ふわふわの綿飴に似た声。ギギ、と硬直したままの体を無理矢理動かしゼンマイ仕掛けの人形の様に振り向くと、むすっと片頬を膨らませたぶるーく君が私の腕を掴んでいた。

「ね、答えて?僕のこと飽きちゃった?」
「…違う、ちがうよ、まず私達お付き合いなんてしてない」
「んー?もう、零魔はほんと忘れっぽいんだから。ウチらは付き合ってるの!零魔の大事な彼氏は僕なの!」

 ぽこぽこ、そんな音が聞こえてきそうな程可愛らしく怒りを見せるぶるーく君は、この場には不釣り合い過ぎた。「もう学校でもくっつくから!」とぎゅうぎゅう抱きしめてくる彼を引き剥がす力など持ち合わせておらず、ぶるーく君にされるがままになる。苦し紛れに呟いた離しての声は、ファーストキスで掻き消された。

「ぶるーく君、まさか」
「…えへ、気付くのがちょっと遅すぎた?でもだいじょーぶ!僕がいっぱい幸せにしてあげるね」

「お詫びにデートして!」と私の手を引く夕焼けに照らされた彼は、桜が咲いた様な満面の笑みを浮かべていた。








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