【空】心模様、雨上がりのち雨模様
#ほてぺとTrailer要素アリ、首吊りロープ表現注意
Trailerのみなので本編その他一切のネタバレないです、動画楽しみだね
ペトリコール、雨上がりのあの匂いのこと
正面の入り口から外へ出ると、生温かい梅雨の空気が頬を掠めた。薬を抱える背後に聳え立つ、十字と心臓の象徴が張り付いた病院を後にする。二度と足を踏み入れてやるかと何度も誓った大学病院で、今日も時間を浪費した。
先生は私に、『心の病気』という曖昧な病名を付けて、病院から追いやった。人の名前を聞けばその人にあった色や、香り、もう少し頭を働かせれば、人柄、人相まで、ある程度はイメージすることができる。病名も同じで、医師や看護師の会話を盗み聞けば、その病名からどんな病気かを想像することができた。しかし、『心の病気』という酷く抽象的な病名からは、何も想像できなかった。その病名はゆっくりと自身の体を蝕むと同時に、私の周りの人が全員、私に後ろ指を指しているような感覚に陥らせた。「あの子は病気なの」「心が弱いからね」と、ぶくぶくと太った蛆虫が二つ並んだ様な唇を唾液でてらてらと濡らしながら、私を嘲り笑っているような気がした。みんながみんな、私に錆びた刃物か安物の鈍器を向けていると思った。
どこか遠くに、逃げたい。
私を知っている人などいない土地で、沢山の他人とごく少数の友人に囲まれながら、毎日を過ごしたい。そんな事を考えながら近道に使用しているいつもの公園を横切ると、見慣れない道がぽつんと佇んでいるのに気がついた。湿った土の匂いに満ちた、山奥へ伸びているらしい道だった。
「おいで」
柔らかな声。私へ向けられた、招待の声。嗚呼、こんなんだから『心の病気』だなんて言われてしまうのだと自身に嘲笑を向けながら、雑草と小石だらけの魅力的なその道を通る事にした。
生い茂る木々の隙間から漏れる曇天の空の光を頼りに、迷う事なくその道を進んだ。足を進めるたびに、山奥へ吸い込まれているような感覚がした。山奥特有の薄暗さが増すたびに、不法投棄物の数が増えていく。壊れた点滴台に、酸化と劣化によって曲がったレール、寂れたサーカスの看板なんかも落ちていた。私もその一部になったような気がした。
立ち入り禁止のパイロンを横目に、さらに奥に進んだ。山奥への執着は持ち合わせていない筈なのに、進んだ。おろしたての真っ白なスニーカーが汚れても、何とも思えなかった。
「こっち、早くおいで」
声に誘われるままに数分ほど進むと、見たことのないトンネルがあった。大口を開けているトンネルの中に身を滑り込ませると、腐った血液の匂いに満ちた暗がりの中に、ぼんやりと輪のようなものが浮かんでいた。私の瞳に、その得体の知れない輪っかは、とても魅力的に映った。
「零魔、こっちだって」
恐る恐る輪の中を覗き込むと、微かに列車の音が聞こえた。輪の中は水鏡の様になっていて、英国式の古めかしい路面電車が、しとしとと降り続ける五月雨に包まれた街中を横切る様子が見えた。朧気な頼りない光を飼い慣らすガス灯と、蒼玉と紫水晶に似た無数の紫陽花の向こう側で、荘厳な扉が開く。私はその様子を食い入る様に見つめた。
「ようこそ、ホテルPETRICHORへ」
恭しく、完璧な角度のカーテシーに魅せられた。そっと顔を上げたホテルマンは、厳かな雰囲気のホテルに似つかない甘いサイダーの様な声色で、「ずっと呼んでたのに、どうして気付いてくれなかったの」と片頬を膨らませた。
「呼んでた…?」
「うん、ずっと。はぁ…やっと気付いてくれたぁ…これからお客さんを迎えなきゃいけないし、忙しくなるよ。あ、ちゃんと零魔用の制服も用意したから!ほら、こっちにおいで零魔。怖いなら俺が引っ張ってあげる」
輪の中から、手が伸びてきた。白昼夢かな、と思った。私の頬にそっと撫でる冷え切った掌に、血液が凍りついていく様な感覚を覚える。
「ね、俺の名前を呼んで。この前教えてあげたでしょ?」
「……なかむ」
「ふふ、いい子。やっとホテルが完成したんだよ。これで零魔の居場所も、俺の居場所も、アイツらの居場所もできた。あとは零魔がこっちに来て、俺と一緒にアイツらを出迎えれば完璧。だから早くおいで」
私は大切に抱えていた、薬の束が詰まったビニールの袋を落とした。故意ではなく、今更怖くなって腕に力が入らなくなっただけだった。数週間前、私は薄暗い部屋の中で、輪の中に手を入れなかむと交わした約束を思い出した。小指と小指を絡ませて、ちょん切った記憶が蘇った。友人だったか、両親だったか、はたまた通りすがりの他人だったか、そんな誰かに取り押さえられて、精神病棟に突っ込まれた。
「ぁ、なかむ、私ね、でも、でも、病気だから、違うの、なかむはいないって、お医者さまがね、もうしちゃダメだって、お薬ももらって、」
「零魔、零魔は病気なんかじゃないでしょ?間違ってるのは零魔の周りの人でしょ?俺たち以外信じちゃダメってあれほど言ったのに…ううん、強く言ってごめん。零魔は悪くないよ、悪いのは全部、俺らと零魔を引き裂いたあのヤブ医者だもんね。拘束されて、変な薬も飲まされて、鉄格子に囲われて、零魔はすっごく頑張ってたよね。もうあんな思いはしたくないでしょ?もう苦しまなくていいんだよ?誰にも見つからないところに用意したつもりだけど、早くしないとまた見つかっちゃうかもよ?」
なかむに捲し立てられる度に、胸の奥で熟した柘榴が弾けるような痛みに襲われた。医者の憫笑や、周囲の冷ややかな視線が脳内を土足で踏み荒らす。早く逃げたい、楽になりたい。もうなかむにしか縋れない。
「そんなに苦しんでかわいそうに。早くおいで、抱き締めてあげる」と、なかむは手を広げた。あと数十センチで彼に触れることができるのに、輪が邪魔で仕方が無かった。でも、誰の邪魔も入らない今ならば、私はこの異世界への水鏡を容易に潜ることができる。
花笑みをたたえるなかむに微笑んで、荒い編み目の縄に首を通した。
#あの世につながる首吊りロープってとても性癖で…
首吊りロープ、1回目は失敗した夢主と、夢主をお迎えに来た彼岸のホテルマン
つったかたーに乗っけたやつです 今はリクいただいたの錬金してます 大変長らくお待たせして申し訳ありません…!